53.聖女にとっては変わらないものと、
「身体の方は大事ないか聖女よ」
大丈夫です、と。皇帝陛下に言葉を返しながら私はまた頭を下げる。
昨日の大騒動から一夜明け、謁見の間に訪れた私に今回はアクセルも付き添ってくれている。
「本当にご迷惑をおかけしました」と言いながら、自分でも昨日のことはまだ現実味がない。今朝見た夢すら聖典の効果か私の願望だけの夢なのかわからないせいで夢見心地なところもある。
『本ッッ当なに考えてんの?!!!!』
まず、一番に大変だったのはラウナだった。
アクセルにモイを託した後、次に目を覚ました時には状況が大きく変わっていた。私はアクセルの声で目が覚めた気がするけど、ラウナは役に立たない私と動かないアクセルをよそに魔物相手に大戦闘中だったらしい。私も意識が朦朧としてて、ラウナに怒られるまで全然気が付かなかった。
私にかけられた継承魔法の負荷を無くすためにラウナが阻害魔法をかけて動けない間、アクセルが何か色々勝手なことをしちゃっていたらしく、私が見た時には顔を真っ赤にして怒ってた。
でも私が助かったことは本当に大喜びしてくれて、私はあんまり身体が動けなかったけど、アクセル押し退けてまで抱き締めてくれたのは嬉しかった。ラウナに抱き締めてもらうなんて、本当に何年ぶりだっただろう。
「お前が謝罪する必要はない。ニーロが城に飛び込んできた時は耳を疑ったが……今回の件、本当にすまなかったと思っている」
『ヴィー!!無事か?!』
皇帝陛下の言葉を聞きながら、思い出すのはニーロの顔だ。
魔物を掃討したラウナがアクセルと口喧嘩を始めて少し経ってから、今度はニーロが宮廷魔導師を五人も連れて来てくれた。教皇様にかけられた魔法を解く為と救命処置の為に駆けつけてくれた宮廷魔導師だったけれど、結局お願いしたのは……ほぼ全壊になっていたお店の修繕魔法と、私とラウナへの回復魔法だった。
私が気がついた時には天井もなくなって空が見えていた店は、ラウナの攻撃魔法で殆ど原型も留めていなかった。
継承魔法を解かれたお陰で魔力は戻ったものの身体への負荷が酷かった私と、一人で大量の魔物を相手に戦ったラウナを回復してもらった後もまだ店の修繕には時間がかかった。
わざわざ私の為に城まで走ってくれたニーロに無駄足させてごめんねと謝ったけど、ニーロは私が助かったことを理解することの方が大変そうだった。
魔法が苦手なニーロに、アクセルの闇魔法と神聖魔法の相殺関係から説明するまでずっと「魔力も教皇から取り返すぞ!!」「まだ魔法がかかってるんじゃ!?」「無理するな!!」と心配され続けた。
魔族もびっくりのアクセルの魔力に、禁忌と呼ばれる継承魔法の方が抹消された。もともと継承魔法は私の魔力や命を吸いあげるというより教皇様に移す魔法だからその魔法が相殺された時点で全部戻ってきたんだよと、説明してようやくニーロも、それに一緒に話を聞いてくれてたアクセルも納得してくれた。
ニーロにまで抱き締められて泣いて喜んでくれて、……喧嘩別れみたいなのをしたばかりのニーロだったからつい私まで嬉しくて泣いた。
しかもニーロが私を助ける為にわけもわからずアクセルに協力してくれたと聞いた時はまた私一人で泣いた。
あんな何度も断ってニーロの優しさ踏みにじった私を見限らないでいてくれたニーロはやっぱり子どもの頃から変わらないニーロなんだと改めて思った。
「アクセル・アーロ・コティペルト第一王子殿下。其方に関しても教皇と一部の神官から確認が取れました。百年もの間大聖堂で監禁されておられたなど。この国の皇帝として心より謝罪いたします」
「……とんでもないことでございます、アーノルド・ヘンリ・エルヴァスティ皇帝陛下。貴殿がこの一件に心を砕き、力を尽くしてくれたことこそ我々にとって何よりの誠意でございます」
感謝いたします、と。猫背も伸ばして綺麗に一礼をするアクセルは、本当こういうところは王族だなぁと思う。敬意を払うに値する相手にはきちんとするところ大好きだよ。
隣に並んで一礼するアクセルのお辞儀は、未だに私には真似できないくらい所作も綺麗だった。
昨日、ニーロのお陰で皇帝陛下にも宮廷魔導師達にも色々なことが公になったことで、事情聴取と一緒にアクセルのことも私から説明した。……アクセル一人だと、全然誰もエルフの王子が我が国に百年監禁されてましたなんて信じてくれないからすっごく説明がんばった。
アクセルが闇魔法を暴走させちゃったことは言わないでくれたラウナも、魔物が大量に現れて戦ったことは店をほぼ全壊させた理由の為にも話さないといけないから、半魔のアクセルは最初魔物じゃないかって疑われちゃって……ニーロが、アクセルが私を助けようとしてくれたことから一緒に弁護してくれたお陰でなんとか疑いも晴れた。実際はアクセルが魔物出しちゃったのは多分事実なんだろうけど。
そのことについては、偶然魔物が発生したというだけで話はついた。
実際、魔物は自然発生するのは本当で、……魔族が持つ闇魔法を帯びた高密度の魔力からも発生しますと判明するのはまだずっと後のことだ。
アクセルも殆ど意識がなかったのか、あんまり当時のことは覚えてないらしい。
『こんな雑魚梟押しつけんな』
バッコン!とモイを投げつけてきたアクセルは、すっごい元気だったけど。
ニーロ達と大聖堂に向かう途中で、アクセルから召喚魔譲渡魔法をやり返されてモイも聖典ごと私のもとに戻ってきた。アクセルがずっと欲しかった聖典なのに良いの?と聞いたけど「まともな神経で所持できるか」と断られた。
そんなに精神に影響するようなものなのかちょっと私も不安になったけど、アクセルは「お前は既に変だろ」と……取りあえず私は大丈夫だよということらしい。アクセルは闇魔法の才能あるし、また魔力が上がって暴走しちゃったら困るからが本当の理由かなと思う。
アクセル、聖典の旅中も殆ど闇魔法は使いたがらなかったから今も慣れてないのも仕方ない。アクセルは半魔の自分が嫌いで闇魔法もできる限り使わないようにしてたから勝手も慣れてないだろうし、百年間は結界の中で魔法も使えなかった上に聖典がなくても
実際に闇魔法を暴走させたこともあるから。
逆行する前、あの魔法陣の結界の中で。
故郷が滅んだことを知って闇の魔力を暴走させた。あの結界封印を内側から破壊しちゃうアクセルなら、聖典を手に入れて魔力が急激に上がって暴走させたのも仕方ないと今は思う。正直、私は聖典を持っても魔力が上がった感覚とかは全然わからなかったから、アクセルがそんなに大変なことになるなんて思わなかった。本当にごめんなさいアクセル。
闇魔法と神聖魔法の相殺関係は知っていたけど、……教皇様の使ったあの継承魔法、まさか本当に神聖魔法だったなんて。
私、神聖魔法は全部覚えたつもりだったのにあんな魔法は知らなかった。アクセルの話によると、大昔の禁忌魔法だったらしい。
そして大聖堂では秘密裏に教皇を引き継ぐ神官が、秘術として継承魔法で前教皇の全てを引き継ぐごとが習わしになっていて……と、そこだけは逆行する前の教皇様の言った通りだった。
ニーロが皇帝陛下に騒ぎを教えてくれたお陰で、昨日行うはずだった公表は急遽中止された。皇帝陛下も公表よりも私の救助を優先してくれた。
地下聖堂で気絶していた教皇様の手に禁忌魔導書があったことと、宮廷魔導師が皇帝陛下の許可のもと教皇様と私に掛けられた魔力残留を鑑定して、教皇様が私に禁忌魔法をかけたことも証明された。
お陰で教皇様の話していた神託も嘘で、来たる脅威も嘘だという私の証言も信じて貰えて、そこから尋問で教皇様からも昨夜に証言が取れた。
お陰で一日経った今、来たる脅威も聖典の捜索使命も撤回された。皇帝陛下は今日、改めて民を広場に集めて教皇様並びに大聖堂の悪事と処罰について公表すると言ってくれた。本当、流石ニーロのお父さん。
ニーロは夢の中で皇帝陛下に期待されてないみたいに思ってたけど、絶対そんなことないって私は知ってる。旅が終わった後の私を迎えてくれた皇族はみんなニーロが死んだことを悲しんでくれてたし、皇帝陛下なんてニーロの遺した部屋そのままにしてたんだから。
「しかし聖女よ、……昨日の話、意思は変わらないか。我が国としては新たな教皇として……いや、せめて新たな教皇が決定するまでは、聖女である其方に代理を担って貰いたいと考えている」
「す、……すみません……。私にはどうしてもやらないといけないことがあるので。……あああ、アクセル王子殿下を故郷までお連れしたいですし……」
ごめんなさい私に大聖堂とか教皇とか絶対無理です!!!なんて言えない。
でも、それは本当に絶対絶対無理。はやくアクセルを故郷に送り届けたいのも本当だし、逆行前の旅の出発日から一日も遅れちゃっている。皇帝陛下にも身体を休める意味でも出発を遅らせた方がと言われたし大聖堂の神官や修道女にも引き留められた中で今日も特別室貸してもらえちゃったけど、これ以上出発遅れたら全部が全部もっと手遅れになっちゃいそうで怖い!!!
聖典の旅も、来たる脅威から救う使命も、もう教皇様の嘘に付き合う必要も私自身が偽装工作する必要もなくなった。それでも、……やっぱり聖典の旅で助けた人達もできるだけは助けてあげたい。
ニーロの剣闘士のお友達のマリウスみたいに、今の私だから助けられる人もいるかもしれない。
教皇様の来たる脅威は大嘘だけど、まだ魔族の存在も認知されていない。旅の途中でも色々魔族と関わったし、出る芽は早めに摘んで浄化したい。どれをとっても、やっぱりこれ以上この国に留まるわけにはいかない。
「そうか……。引き留めたい気持ちは大いにあるが、……教皇に欺されてお前に使命を託すつもりだった私に言えることはない」
厳しそうに顔に力を込めて額を押さえた皇帝陛下だけど、最後には昨日と同じように許してくれた。私達からも深々と改めて感謝を伝える。
ハルティアにアクセルを送り届ける任と教皇様についての説明と謝罪を承るという名目で、聖典の旅に出す為だった援助金もそのまま貰えた。いつでも何かあったら戻って来いと言って退室を許してくれた皇帝陛下に、何度も頭を下げながら私は謁見の魔を後にする。お金だけで結構重くてふらついた私に、アクセルが代わりに持ってくれた。
旅立ちの準備も終えて来たし、あとは食料と用事を済ませて出発するだけだ。
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