46.教皇にとっての最適解。
「ッッ離れろ聖女!!!!」
そう、アクセルは扉の前で声を張り上げる。
自然魔法で気付かれず尾行を続けていたが、長年自分が封じられていた魔法陣の中にまでは踏み入れなかった。そして、今はそれが半分正解で、半分は失敗だったと思う。
聖女の手により結界が張り直された今、半魔である自分は魔法陣の内側に入ることは叶わない。
教皇が本を開いた時から聖女と違い、早々に嫌な予感はしていた。聖女をわざわざ人の目に触れない地下聖堂にまで連れ込み、さらにはわざわざ魔法陣の内側から結界を張らせたところまで怪しさしかない。もし、半魔である自分の妨害を防ぐ為ならば、結界を張られたところで開き始めた分厚い本が何かしら聖女への攻撃の為の詠唱が記された魔導書だと考えるのも当然だった。
一度はじりじりと距離を取っていた聖女が、急にのこのこと教皇に近付けば流石に声も張る。思わず手を伸ばしたが、結界は光の壁のままアクセルを固く拒んだ。
〝継承魔法〟
その言葉に、アクセルの目が黄金から赤と黒に見開かれる。
教皇が唱えた直後、回避に動いたエンヴィーもそれ以上は叶わず膝から崩れ倒れた。召喚魔がピィピィと起こすように彼女の傍を飛び回り騒ぐ。
まるで糸を切られた人形のように倒れ込むエンヴィーに、教皇は歩み寄りながらも本を閉じ息を吐く。
アクセルの声が聞こえたことに、やはり付いてきていたのかと肩を落としつつ、こうして結界の内側で行って正解だったと自分を褒めた。今日までどこまでもエンヴィーに付き纏い何故か加担するアクセルが、邪魔に入ってくることは読めていた。
そして今自分が使用した神聖魔法は特別で、一文字でも間違えるわけにはいかない秘術だった。
〝継承魔法〟と呼ばれるそれに、アクセルは結界を叩きながら歯噛みする。
自分の半魔の呪いを解く為に神聖魔法関連の本は全て読み込んだ。その魔法が同じ神聖魔法の中でも〝禁忌〟であることも、そして本来は生きた人間相手に使用しないものであることも知っている。
「おいクソジイイッ!!!どういうつもりだ!!」
「アクセル王子……。失礼ですが、これは我が国の問題です。これ以上の干渉は控えて頂きたい。貴方は部外者であり、王族である証拠も今はどこにもない」
存在を主張されたことにより、結界越しにとうとうアクセルの姿を視認できた教皇は初めて正直な冷ややかな眼差しを送る。
穢らわしい魔の者の血が流れている異分子に、本来敬うことすら教皇には不本意だった。
これが本性か、とアクセルは理解しながらもギリギリと牙を鳴らす。ハルティアから王子である自分を秘密裏に預かったのは前教皇と大聖堂だ。今まで城下を歩き回ろうと、闘技場に出ようと誰もその正体に気付かなかったように、自分がハルティアの王子だと気付ける者はどこにもいない。ただでさえもう百年が経っている。人間が生まれて死ぬまでの年月だ。
ガン!ガン!!と怒りのままに結界に拳をぶつけるが、なにをやろうとも自分には傷一つつけることができないことは誰よりも知っていた。
教皇がのろのろと倒れた聖女に歩み寄るのを、結界越しに怒鳴りつける。聖女からの微かな呻き声も拾う余裕がなかった。
まだ生きてはいるのかと、教皇は彼女の顔色を確認すべく膝を折る。
本来、死体に使うべき禁忌魔法を生きた人間に使用するのは教皇も少なからず緊張した。しかし神聖で清らかな自分が、この手でわざわざ聖女を殺すのは気が乗らなかった。
本来死体にしか使用が不可である理由も、その相手の命ごと全てを〝継承〟するからだと知れば、このままでも効果には問題ないと考えた。横たわった彼女の顔を自分に向けるべく触れれば、次の瞬間にはガシャンッ!!と破壊音が聞こえた。部外者が他にも入ってきたのかと一瞬顔を上げた教皇だが、見れば扉が壊れただけだ。
アクセルの姿もまた見えなくなっていたが、今さら自然魔法を使おうとこの内側には入って来れない。そして出て行ったとしても、彼に助けを呼べるわけがないことを知る教皇はほくそ笑み、またエンヴィーに触れる。
するりと指で聖女の柔らかな頬を撫でながら「良い子だ」とようやく無抵抗になった彼女に呟いた。
「大丈夫だエンジェラ。約束通り、伝説の聖典は諦めよう」
自分がわざわざ考えに考えて与えてやった相応しい名を紡ぎ、苦しみ息を荒くする彼女の頭を撫でる。
ピィ!ピィ!!と、エンヴィーの周りに飛び回っては自分の手を突き敵意を露わにするモイを、蝿かのように手のひらで床へと乱暴に叩きつけた。たかが召喚魔の白梟をエンヴィーが召喚成功したことを思い出す。
彼女が十六歳になり、召喚魔の一匹でも釣れればそれだけでも聖典の旅の戦力になるだろうと思い召喚魔法を試みさせたが、それがこんな矮小な白梟だった時は心の底で落胆した。
エンヴィーがいくら「可愛い!」と喜ぼうとも、力が無ければ召喚魔など生まれてきた意味もないと教皇は思う。それでも、表面上は聖女の喜ぶように褒めてやった。
聖典の旅を成し遂げさせる為に、自分を決して裏切らない為に聖女には自分への良い思い出しか与えなかった。伝説の聖典を手に入れなければ、〝教皇〟である自分は完成しない。
いつ、自分よりも魔力を持つ神官達に立場を追われるかもわからない。だからこそ、持ち主に無限の魔力を与えるという伝説の聖典が必要だった。
「そのようなものに頼らずとも、私にはお前がいた。……数人の神官でようやくの魔法陣を一瞬で展開できるような魔力さえあれば、私には充分だ」
二大権力者である自分が、いつまでも教皇の機嫌を伺う必要もなくなる。教皇の名に相応しい神聖魔法の使い手となれば、批判など恐れず堂々と意見もできる。神聖魔法の最高峰のこの国に、自分が必要不可欠の存在になれるのだから。
神聖魔法は異国を制圧するほどの破壊力もなければ、元素魔法と比べて利便性も低い。しかし、その神神しいまでの奇跡の技はそれだけで価値がある。
教皇である自分が、代理として神の言葉を紡ぐと共に奇跡の技を見せれば民衆も全員が理解する。神に尤も近いのは教皇である自分だと。
〝継承魔法〟
大聖堂に伝わる秘術はその名の通り、対象の全てを自分に継承する魔法はその魔力も技術も生命さえも継承する。そして聖女がまだ生きているということは、継承も全てではないのだろうと、教皇は彼女の息遣いに耳を傾けながら理解した。
聖典の旅にはどこまでも反抗されたが、しかしこうして最短で自分の力に育ってくれた聖女に今まで以上に慈しみの心が沸いてくる。
彼女が息を引き取った時、同時に自分は彼女の神聖魔法も魔力も全てを継承する。……その瞬間までは、可愛がった彼女の傍にいてやろうと自己満足のまま教皇は苦しむ聖女の傍らに、腰を下ろした。
この場所であれば、いくら聖女が苦しみ断末魔の叫びを最後に上げようと、駆けつける者はいない。
半魔であるエルフは結界内に入ることも叶わず、そしてここは教会最高峰の大聖堂だ。
教皇が禁忌魔法を使用し聖女の魔力を奪い取ろうとしているなどそんな戯れ言を半魔のエルフがいくら吠えようとそれを信じる者も、大聖堂に乗り込む暴挙を犯す者もいるわけがないのだから。
苦悶に歪む聖女の表情が早く安らかに終わるようにと神に祈りながら、鼻歌が混じらせた。
「ヴィー!!!」
教皇にとって半魔の次に煩わしく馴れ馴れしい第四皇子が飛び込んでくるまでに、三十分もかからなかった。
02.大聖堂に伝わる秘術




