30.聖女にとっての本当。
「ふっっざけんな!!これだから凡族はァア!!!」
「アクセル落ち着いて!!悪いのは人間族じゃなくて教皇様一人ですっ!アクセルが殺すくらいなら私が教皇様殺しますからアクセルは手を汚さないでくださいぃぃ!!」
アクセルを罪人にするわけには!!と魔眼を真っ赤に怒ったアクセルが今にも教皇様を殺しに行こうとするのを胴回りに掴まって押さえる。ずるずると私ごと引き摺って歩いたアクセルだけれど、扉に手をかける前に止まってくれた。
〝来たる脅威〟教皇様が聖典を手に入れる為についた嘘だったこと。そして、その嘘を信じた仲間達全員が道中で死んでしまって私一人が生き残り教皇様から事実を聞いたと、そう話し終えたところだった。
私だって教皇様は害悪だけど、それでも今は教皇様が嘘を吐いたという証拠もないのに殺したら大罪人になってしまう。教皇様は皇帝陛下と同じ権威を持っているんだから。教皇様が死ぬのは良いけど、アクセルが罪人になるのは絶対阻止しないと!
「俺が死んでるのは百歩譲ってハルティアが滅んだ後だから許してやる!!だがなんでクソジジイの為にこの俺が死なねぇといけねぇんだ?!」
「違っ違います!アクセルは教皇様の為ではなくてあくまで世界を来たる脅威から救う為で!さっ最初は伝説の聖典を見たいからで私達の旅に同行してくれていたけど最後はっ……」
ああもう良い!!と、訂正をしようとする私の腕を掴みほどくアクセルに、私も唇を結ぶ。
アクセルだって未来の自分の死に方なんて聞きたくもないに決まっている。旅の間は聖典への興味だったけど、最終的には世界を救う為に犠牲になってくれたことは間違いない。それにアクセルが死んじゃったのは私のせいだ。そこまで教皇様のものするのは嫌だ。
そう考えるとこうしてアクセルに生きてもう一度会えるのはもうそれだけで奇蹟だなぁと実感して、なんだかまた泣きそうになった。表情にも出てしまったのか、私を睨んだアクセルが直後には牙を剥きだしに顔を諫める。「なんでそんな顔すんだ」って言われて、慌てて顔を背けて隠すけど、それでもまた泣きそうになったから唇を噛む。
ああ本当にこの反応とかもアクセルだ。アクセルは本当は優しいし子どもにも優しいから泣かれるのも嫌なんだよねごめんね。
「伝説の聖典が欲しかったから国の聖女に何年も旅させましただあ?んなもんに一国の王子が巻き込まれて良いわけあるか!」
「そうなんですだから私も誰も巻き込みたくなくて……あ、あとニーロもこの国の皇子なので正確には二国の王子です」
「あの剣闘士が?!!!」
ハァアア?!と、またアクセルが声を上げたのも束の間に、直後には自分の額に手を当てて天を仰いだ。頭の良いアクセルにもこんな事実一度に受け取れるわけがなかった。しかも一国の王子でも大事件なのに実際はハルティアとこのサデュット帝国での二国だ。
それにニーロが皇子なのが驚くのもわかる。アクセルにとって初対面のニーロは誰がどうみても剣闘士だ。装備していた鎧も武器の槍も短剣も全部剣闘士のもので、多分アクセルが封印される百年前ともそう格好は変わっていない。
ニーロは皇子様だし人気剣闘士だしお金はたくさんあるけど、新装備よりも昔からの剣闘士の衣装がお気に入りだった。話し方も私相手だからすごく砕けていたし、闘技場でも最近じゃニーロのことを皇子と知らないで応援しているファンも珍しくない。
「に、ニーロはすごく立派な皇子なんですよ。皇位継承権から降りて大分経ちますけど、闘技場では剣闘士として名を馳せて、民からの評判と人気だけで言えば現段階で第一王位継承者の皇子も上回りますし。実力で闘技場優勝を連続していてすごいんです。皇帝陛下もニーロのことはちゃんと一人の戦士として認めていて、だから今回も大事な聖典の旅と信じていた教皇様はその大任をニーロに……」
「お前はどういう関係なんだあの剣闘士と」
なんとかニーロのことを弁護しようとしたところを途中で遮られる。関係……?と自分で言いながら首を傾げてしまう。さっきも幼なじみと話したつもりだけど、言い忘れたのかもしれない。
魔眼の色は落ち着いて黄金色に戻ったアクセルだけど、それに反して声はさっきよりも低かった。ジトリとどこか据わった眼差しに、私も照準を合わせて口を開く。
「ニーロは私の幼馴染みです。教皇様が皇帝陛下と謁見する際に子どもの頃からお城で一緒に過ごして面倒をみてくれて」
ニーロの方がちょっと年上だけど、聖女になってから歳の近い子と話す機会もなかった私にとっては唯一の大事な友達だった。……ニーロにとってはどうだったかは自信がないけれど。剣闘士になったニーロは毎日いろんな人と飲み明かして行きつけの酒場もたくさんあってファンもいる人気者だから。
子どもの頃からニーロに元気を貰ったり面倒を見てもらった私にとって、ニーロと旅に出ることになったのはすごく心強かった。そう、ニーロの良いところも含めながら説明する間、アクセルは椅子に座り治すと頬杖をついたままそっぽを向いていた。「へー」「ふーん」と言って聞いていないほうにも見えるけれど、ちゃんと真面目なアクセルは毎回しっかり聞いてくれていることを知っている私は気にせず話しを続ける。
「子どもの頃からニーロにはすごく元気もらってばかりで、旅でも本当に私は面倒ばっかりかけて迷惑かけて足手まといで……だから、今度こそこの城下町で自由に、ニーロには自分の為に好きに生きて欲しいんです」
「だ〜から好きに生きてる結果があのしつこさだろ……」
はぁ、と。最後のアクセルは溜息混じりだった。
狭い椅子の上で器用に足を抱え畳んで座って、まるで不貞腐れてるようにも見える態度にまた私は首を捻ってしまう。しつこい……と言われれば確かにニーロにしてはしつこいとは思う。話した最後も、怒ってるというか傷ついたような顔をしていたのも気になる。皇帝陛下に何か言われたのかもしれない。
やっぱり皇帝陛下にもう一度きちんとお願いしよう。ニーロにとっては旅なんかより、闘技場で自由気ままに活躍する方が幸せに決まっているんだから。旅中だって何度もニーロは闘技場を懐かしんでた。
きっと今は私が勝ったとか、足手纏い扱いとかして最強の剣闘士としての誇りが傷ついただけ。嫌われちゃったのは悲しいけれど、これでずっとニーロは平和に、この城下で過ごせると思えば苦じゃない。
「きっとニーロは事情があるんだと思います。だってニーロはずっと剣闘士になる為に子どもの頃から本当にすっごくすっごく頑張っていてニーロは……」
「あーーーもーーー良い、どうでも良い。で?じゃあもう一人のラウナは??」
眉間を摘んで顔を顰めるアクセルに、ちょっとうるさくし過ぎたかなと一度口を覆う。
聖典の旅中もニーロの話とか心配とかすると、ついつい私の声が高くなるのか大きくなるのかアクセルは鬱陶しそうにしてた。ラウナの話題に今度こそ私は声の域を抑えながら口を開く。
「ラウナは聖典の旅を任命されてから知り合ったので、出会いは一緒です。ラウナも旅を始めてから暫くは不機嫌で、神聖魔法の使い手である私にも、男性のニーロにも壁を作っていました。だけど昨日知ったのですけれど他にも理由があって……」
故郷の町の全滅。以前は気付いてあげられなかったラウナの事情。……つまりはそんな辛い過去を教えてもらえないくらい、私達は信用されてもいなかった。ううん、もしかしたら知らなかったのは私だけかもしれない。暫くしたらラウナはニーロやアクセルとは喧嘩口調だけど話もしていたから。
アクセルにラウナの事情を話しながら、だんだんまた気持ちが沈んできた。さっき名前で呼んでくれたのは本当に嬉しかった。けど、あのラウナがまた時間を無駄にしないようにここは絶対揺らがないようにしないと。
「ラウナは、本当に皇帝陛下に任命されるまでは他人で、私もラウナのことは全然知らなくて、そんな私達と何年も過酷で無意味な旅をやらされるなんて……。ラウナは天才で元素魔法の権威で叡智そのものなんです。だから、だからこそ今度はラウナを巻き込みたくないし巻き込んじゃ駄目なんです」
町の恩だって、旅中のラウナの言葉を借りれば「ただ居合わせただけ」だ。私がラウナの言葉借りちゃうとかその時点で烏滸がましいけれど!!
ラウナをまた巻き込むかもと考えるだけで眩暈がした。あんなちょっとした恩の為にラウナな人生を棒に振るなんて絶対間違ってる。聖典の旅中にラウナが助けてきた人の数の方がずっと多いし、その全員にラウナは一度も恩を着せなかった。なら今回だってラウナが私に恩を感じる必要なんかない。
へーー、と。気のないとわかる返事がアクセルから溢された。だけどちゃんと聞いてくれてるアクセルは、今は膝を片方しか抱えていない。顔をこっちに向けて、唇が少しとんがっていた。
「……取り敢えずお前のその変態性が素なのはよくわかった」
「なにがわかったんですか?!!!!」
わけのわからないアクセルの言葉に思わず声が裏返りかけながら叫ぶ。
私達の間にノックが飛び込むのはそれから間も無くの事だった。




