29.聖女にとっての必要。
「ごごごごめんなさいアクセル!!みみみみ見ないで見ないでください!!!」
いやあああああ!!と、大慌ててアクセルの目を隠せば良いのか部屋を掃除すれば良いのかわからない。
アクセルを部屋の前で待たすべきだったと今更後悔する。まさかアクセルを招くとは思って居なかったから、部屋は今朝起きたままのもみくちゃ状態だった。
ベッドの毛布は起き抜けにひっくり返されたままだし、枕の位置も傾いて、しかも今朝魘されたせいでシーツも捲れている。窓も開けていないから換気されていないで籠もっている気がするし、椅子も出したままで机の上にも足下にも神聖魔法の魔導書の山が崩れたままになっている。脱いだ寝衣もひっくり返したままベッドに置きっぱなしで、クローゼットも開けたままだった。しかも大事な物入れにしていた箱も中身がはみ出している。
あまりの散らかしように唖然としてしまったらしいアクセルが棒立ちになるまま、私は訳もわからないまま最初に換気に走ってしまう。もっと隠さないといけないもの色々あり過ぎてどれに手をつければ良いかわからない!
モイもピィピィ鳴きながら目隠ししようとしてくれているのか、アクセルの顔の傍で羽ばたいてくれるけど、アクセルの丸い目は完全に部屋を見回している。
「………大聖堂が誇る〝聖女〟の部屋……?ここが??冗談だろ」
「あああぁあごめんなさい本当に汚くて!!ここ最近掃除どころじゃなくって……!」
「いや聖女が掃除って…………」
大聖堂で暮らしていた頃は、朝食の後にはきちんと毎日部屋の掃除もしていた。ただ、逆行してからはもうそんなのんびり掃除なんて暇はなかった。ただでさえ私は他の修道女と違って色々免除してもらっているのにこんな怠けている部屋を見られるなんて恥ずかしい!!アクセルが来ると最初からわかっていたら掃き掃除も拭き掃除もしてピカピカにしたのに!!
ゴン、って音がして見ればアクセルが天井に頭をぶつけた音だった。本当に一国の王子様をこんな狭いところに呼んで申し訳ない。
また泣きそうになりながらとにかくベッドから整頓に動く。窓の傍から走ったら足下の本に躓いて魔導書が余計に散らかった。脱いだ服もベッドの中に隠してシーツもしまって、宝物入れも蓋を押し込んで無理矢理閉じる。
振り返った時にはもうアクセルは待ちくたびれちゃったように、明らかに大きさの合わない机前の椅子に腰掛けていた。
「お前、ずっとこの部屋なのか」
「いいえ!最初は孤児の共有部屋でした。修道女になる前に私は聖女に選ばれて、それからは個室を頂けるようになりました!」
「個室は個室でも屋根裏部屋だろここ」
はい!と返事をしながら床に散らかった本を積み直す。途中でクローゼットが開けっぱなしなのを思い出して、慌てて閉じに走ったらまた本の山を蹴り崩した。
アクセルには狭いのも当然で、天井が普通よりも低い。私は不便もないけれど、背の高いアクセルには窮屈でしかない。今も椅子に座っていても背中を丸くしないと頭を天井にぶつかってしまうアクセルに、椅子よりもベッドに座らせてあげた方が良い気がしてきた。本を積み直しながら、ベッドの中に隠した服も片付けようと決める。もう一度ベッドに駆け寄ろうとすれば、今度は彼の長い足に躓いた。真正面に転びそうになったところで、アクセルが腕で掴み助けてくれた。
ありがとうございます!とお礼を言おうとした途端、……顔を鷲掴みに「落ち着け」と怒られる。
「部屋の汚さなんてどうでも良いんだよ……!お前も俺の部屋見たろぉが。手ぇ止めて質問答えろ雑魚聖女」
「はい…………」
ああそうだった。いつの間にかお客さんの筈のアクセルをずっと放置していた。モイも目隠しは諦めたようにアクセルの頭の上に止まっていた。ぎゅむりと顔をアクセルの方に強制的に向ければ、引き攣った笑顔なのか怒っているのかわからない顔で見るアクセルはちょっと目がまた赤い。
外でラウナやニーロと話していた時は怒らなかったのに、掃除は嫌だったのかな。確かに私もアクセルの掃除してない結界内の暮らし何度も見たし、お互い様じゃないとずるかったかもしれない。……アクセルの部屋、好きだったなぁ。結界に囲われただけの範囲だけど、アクセルらしい場所だった。
ポンッと、そのまま今度は背後に押し飛ばされてベッドに倒れ込むように座らされてしまう。部屋を目だけで一周確認すれば、ひとまず見苦しくなくなったかなと思う。
もう一度アクセルに目を合わせる。身体の大きさに合わない椅子はもともと大聖堂で使っていた古い椅子だから、アクセルが座ると壊れてしまいそうに見える。
ちゃんと話す意思を見せる為に無音魔法をかける。窓が開けっぱなしでも扉に耳を澄まされても、これで話を聞かれる心配がない。
「えっと……ごめんなさい何の質問でしたっけ……。ラウナとかニーロとかお食事とかいろいろあって忘れちゃって……」
「その前に、一つ。……お前聖女なんだよな??聖女っていうのはこの国の教会じゃあ昔から〝教皇〟に次ぐ権威だろ。んで、なんでココ?俺のいた実家の馬小屋以下だぞ」
コンコンッ!と靴の爪先で床を叩きながらお説教口調になるアクセルに、私も首が垂れて肩が丸くなる。
やっぱりアクセルを招き入れるのにこの部屋じゃ不十分だった。アクセルは王子様だし結界内もここほどじゃなくても狭かった筈だけど、やっぱりお客さんを迎えるならもっと広い部屋にすべきだった。
「仰る通りです……」とアクセルの認識が間違っていないことはちゃんと認める。百年以上前から我が国の体制は変わっていない。聖女は教皇様の次に偉い誉れ高い役職だと私も言われてきたし、だから聖典を持ちかえった時に犠牲になった仲間達だけでなく生かされた私も神様みたいに英雄視された。
「ごめんなさい……でも私この部屋しかなくって……。教皇様にさっきの特別室借りるわけにもいきませんし……」
「いやあの部屋一つくらいお前のもんにする権利があるっつってんだよ。うちの騎士達にこんな部屋使わせたら暴動起きるぞ。……。……なんかお前が旅に出たい気持ちだけはわかった」
あのクソジジイ……と、そこで舌打ちをするアクセルは、いつの間にか黄金色の目に戻っていた。
忌々しそうに窓の向こうを睨むアクセルに、もしかして待遇改善とかを心配してくれたのかなと思う。でも私は聖女は聖女でもお飾りみたいなものだし、神聖魔法を使える女性というだけだ。いくらあの教皇様でもこんな何もできない私を聖女にするだけでなくそんな良い部屋まで渡すのはおかしいとわかっているんだと思う。
そんなことよりも、アクセル今のもしかして心配してくれたということなのかな??私のことで怒ってくれた???あれ?!そっちの方がずっと今嬉しいよ?!!アクセルやっぱりこっちでも優しいね!!!
嬉しくなって自分でも笑顔になっていくのがわかる中、アクセルは「まぁいい」と話を切ると、足を組み直した。「で?」と、そこで私へ前のめりに首を伸ばす。
「……さっきのラウナとニーロ。お前が昨日言ってた奴らなのはわかった。結局、あいつらを旅に連れて行けねぇ理由は?」
昨日は曖昧なことしか言わなかっただろと言うアクセルに、口の中を飲み込む。あの時はアクセルにも聖典のことも話していなかったから、上手く説明もできなかった。
「弱いのか?」と言われ、そこだけは激しく首を横に振って「強いです!」と断言する。あの二人は羨ましいくらい強くて頼れて頭が良くて自慢の仲間で、むしろ役立たずは私だった。……そう、私が役立たずだったから。
「二人とも、旅に同行したせいで道中、命を落としているんです。だから今度こそ巻き込みたくないですし、そもそも旅の目的である聖典も私が所持しちゃっているので旅の必要がありません」
「……。…………まーー、想定内ってとこか。次の問いは三つ。まず一つ、あのラウナは?前がどうだったかは知らねぇが、今は聖典よりもお前の親衛隊みたいなもんじゃねぇか。今度は自分から配下に加わりたがってんなら問題ねぇだろ」
「ら!ラウナは配下じゃないです仲間です!!…………いえ仲間、でした。だけど、本当に旅は大変なものなんです。私は、なるべく同じ旅をするつもりで、そうなればラウナはまた死んでしまうかもしれません」
もう、今は仲間じゃない。以前よりも仲良くしてくれたのは嬉しかったけど、それも最後は怒らせてしまったし嫌われたかもしれない。だけど、やっぱり私にとってラウナは大事な仲間で、今度こそ平和に好きなことをして生きていてほしい。
私と一緒の旅じゃ、危険も避けられない。聖典の旅で助けた人達もいるし、ハルティアみたいに間に合わなかった国や人もいる。できるだけの人達を助けて回りたいから、危険も同じになると説明すれば、アクセルも故郷のことを思い出したのか、眉の間をぐっと狭めた。
「二つ目。……お前。その〝危険な旅〟を仲間無しの一人でやって、生き延びれる自信は?旅の最後まで上手く助けて回れると本気で思ってんのか?」
「多分……?くらいでしょうか。私は起きることもわかっていますし、魔物とか相手なら神聖魔法もあります。もちろん、私はこんななので死んでしまう可能性も皆無ではありませんけれど……」
アクセルはやっぱり頭が良いなぁと思いながら頬を掻いて言葉を返す。まだ自分でも考えきれなかったことも、アクセルは先に提示してくれる。旅でもアクセルがこうやって考えてくれたから聖典のもとまで辿り着くことができた。
これからのことも覚えてはいるけど、何年も全部詳細に覚えているほど私は頭も良くない。聖典のもとにどうやって辿り着いたかも、一個ずつ辿ってようやく次の1コマが思い出せるかなくらいだ。
神聖魔法は術者一人にしか機能しない魔法も多いけど、だからこそ私一人ならなんとかできることも多いとは思う。
言われてみれば仲間の足手まといだった私が一人で行って全部を解決できる保証はない。もしかしたら道中で盗賊に殺されるかもしれないし、獣に食べられるかもしれない。そうなったら、それ以降の町や人を誰も助けられない。ニーロ達と一緒に旅しないと、私だけじゃなくて助かるはずだった人達も犠牲にしてしまうかもしれない。…………けれど
「それが私の大好きな人達を犠牲にする理由にはなりませんよね????」
アクセルの目が、僅かに大きく開いた。
「へぇ」と最後には頬杖をついて緩ますように笑んだその顔を見つめながら、やっぱり私はアクセル達を助けられればそれで良いと思う。
私なんかじゃ全部は助けられるなんて思わない。あくまでなるべくだ。この世の命は全てが尊いものだってわかっている。それでも、どの命も全ては選べないなら私は私の一番好きな人達を選ぶ。
…………今度こそ、絶対に。
ニヤッとどこか楽しげに笑うアクセルは、黄金色に目が光っているようだった。組んだ足先を前後に動かしながら、そこでどうでも良さそうに背中で伸びをした。
「ま、どうせお前らが信じる〝来たる脅威〟が来たら皆死ぬけどな」
「それは大丈夫です。聖典が欲しい教皇様の嘘なので」
「へーまぁそんな……、……。…………は?」
ハァ?!!!!!!と、直後にはアクセルの大声が響き渡った。
さっきまでの愉快そうな言い方が一転して、魔眼が光って私の机を手が付いた瞬間破壊した。




