27.聖女にとっての理由
「とにかく!男と二人きりなんて嫌と言われようと着いていくから!!聖ッ、エンヴィー一人の方が百倍マシ!!」
「い、いえその………えええアクセルとは途中まで一緒なだけで……。それに、私に何か悪いことなんてアクセルに限って絶対」
「するかもな?」
ッッッッアクセル!!!!?
思わず、今度は心だけでは止まらず声でも叫んだ。本当、無音魔法大正解だった。
せっかく弁護したのにまさかのアクセルがここで否定するとは思わなかった!あれ?!アクセルはラウナ連れて行きたいの?!ラウナと話してるの楽しそうだったもんね?!
風を切る勢いで顔を向けたら、ニヤリと悪い笑みを向けてきたアクセルは格好良いけど全く意図がわからない。
更にはラウナがやっぱり「ほら!!」と大きな声でアクセルを指差して私を見た。
「エンヴィーは若くて可愛いんだから!!もっと警戒心持たないと駄目!!聖女だからって無事でいられるとは限らないの!!」
ラウナに可愛いって言われた!!!!?
どうしよう可愛いの言葉が嬉しくてその先の言葉が頭に入ってこない。顔がぶわぁと熱くなったまま頬を両手で押さえてしまう。途端にラウナが「わかった?!」と叫んだけど、どうしようわからない。そんなことよりラウナに可愛いなんて生まれて初めて言われたよ。
いつもラウナは自分が綺麗美人とかは言うしその通りだったけど、こんなお世辞でも可愛いとか私に言ってくれるなんて思わなかった。「聖女は素材は良いんだから」とか「聖女だって顔は悪くないんだし」とか「まぁ似合ってるんじゃないの」が最上級くらいだったのに!!
そんなに年齢も変わらないのに若いって言われるのもちょっと子ども扱いみたいでくすぐったいけどやっぱりラウナに可愛いって言われたのが一番嬉しい!!!!しかもこんなにさらっと当然みたいに!!
ふにゃりと表情まで嬉しくてふやけてしまえば、気持ち悪い顔になったのかアクセルの目が怪訝に開かれた。更にラウナまで顔をヒクつかせて、私とアクセルを目で見比べる。
「もしかして……既にそういう関係とか?」
「いんや。この妄想聖女がわりと変態なだけ」
「?!変態じゃないですよ!!?」
急に冷静な口調になったアクセルに、慌てて否定する。
アクセルが口悪いのはいつも通りだけど、まだ初対面みたいなもののラウナにまで誤解されたくはない!!嫌われるにしてももうちょっとまともな嫌われ方をしたい。そもそも逆行前には一度もアクセルに変態なんて言われたことないのに、今回はなんだかアクセルにもすごい誤解されちゃっている。
否定しても二人とも納得していないといわんばかりの眼差しを静かに私に向けてくる。なんでだろう、さっきまでラウナとアクセルの方が喧嘩していたような気がするのにいつの間にかまた仲良くなっている。二人とも私の方が先に出会ったのにまた距離が離れてきていて寂しい。
一週目でもそうだったし、二人とはやっぱり仲良しになれない運命なのかなと思ったら疎外感も手伝ってなんだか泣きたくなった。舌唇を噛みながら堪える中、アクセルが呆れたように溜息を吐いたと思ったら席から立ち上がる。
「……出るぞ聖女」
「ちょっと?!それで私の同行は?」
「ごっ、ごめんなさい………わた、私から皇帝陛下にはきちんとお伝えするので……」
アクセルに合わせて立ち上がりながら、ラウナに何度も頭を下げて謝る。顔を強ばらせるラウナの表情を見るのができなくて目を逸らしたまま早足のアクセルを追いかけるようにして代金をテーブルに置こうとしたら、………ラウナにその手を掴まれた。話の途中だから引き留められたのかと思って顔を上げたら、険しい表情のラウナと至近距離で目があった。聖典の旅中と同じ険しい表情で睨まれて、懐かしいと同時に身体が強ばった。叱られる時によくこんな顔をさせてしまっていたなと、記憶の中で蘇った。
「お代は払わせて」
「………えっ?………でっでもラウナは食べてないですし……」
「せめて払わせて。代わりに明日、ここで待ってるから気が変わったら来て」
「行くぞ聖女。払ってくれるっつってんだから払わせとけ」
強い口調に反して、お金を払ってくれるだけのラウナに虚を突かれた。
戻ってきたアクセルに腕を掴まれてそのままずるずる引き摺られる間も、ラウナの険しい眼差しから目が離せなかった。すごく怒ってる時の顔なのに、なんでか言葉は強いだけで怒っていない。しかも代金を引っ込めたらするりと手も放してくれた。「あ、ありがとうございます」と消え入りそうな声でお礼は告げてから無音魔法も解いた。やっぱり嫌われちゃったかな、でもわざわざ二人分傲ってくれたラウナに、どっちなのか想像ができない。
お店を後に、アクセルの大股について行けるように私も早足で隣に並ぶ。後ろをチラッと見て、まだラウナが付いてきてたりはしないことを確認してから息を吐いた。ちゃんと断れたかなの不安と、嫌われたかわからない状況がもやりと胸に雲がかった。
「……ラウナに、嫌われちゃったでしょうか……でも、仕方ないですよね。善意をお断りしちゃったんですから」
「いや嫌いなやつに食事は奢らねぇだろ」
「けど!すごい怒ってましたし、ラウナは以前も私によくあんな表情をしていたので、……たぶん、また……」
「いやアレはどう見ても─……。……お前、以前っていうのは〝戻る〟前のだよな?」
下に俯きながらぽつぽつ話す私に問いかけるアクセルに、頷く。ああ本当に嫌われちゃったなと、後々思い出すと倍増して思う。ラウナとまた仲間になれなくても良いとは思ったけど、できることならこんな風に嫌われたくはなかった。
途中まではラウナともっと仲良くなれた気がして一生分の思い出貰えたような気持ちにもなれたのに、結局嫌われたら意味がない。それでもラウナが死なないで済んでこれから平和に過ごしていけるんだからと思えば安いものだけど、それでもじわじわと毒みたいに傷口から広がっていく。ラウナが始めて向けてくれた笑顔と褒め言葉が、最後に見せた怒った顔と交互に頭に蘇って泣きたくなる。どうせ時間が巻き戻すならラウナが任命される前に戻れれば良かったと思うけど、強欲過ぎるとすぐに自分に叱咤する。
こうして生きているラウナ達と出会えただけで充分だし、これからラウナが幸せに過ごせるならそれで良い。だって以前の旅でもラウナにとってお荷物だったに決まっているんだからそこはマイナスじゃなくて当然の関係に戻っただけだ。
「前は、旅にも同行して貰いました。だけどラウナは辛い事情もあったのに私は気付かなくて、結局最後まで仲良くなることはできませんでした。なので、さっき呼び捨てでも良いよとか可愛いってお世辞でも褒められたりすごく嬉しくて……」
「なら同行させりゃあ良いって言ったろ」
昨日も、と。アクセルの言葉はその通りで、私もまた昨日と同じように否定の意味を込めて首を横に振る。
ラウナを連れて行っちゃいけない。いくら故郷のことで感謝してくれていても、たった一回の魔物退治でラウナの人生全部を台無しになんてできない。ラウナは私と違って羨ましいくらい魔法の才能もあって頭も良くて未来を生きることのできる女の人なのに、私の為に無駄遣いして欲しくない。
私の返答にアクセルは横目を向けた後、歩きながらも音に出して大きくまた息を吐いた。ハァァァァ………と肩を丸めてから自分の後頭部に両手を回して視線を空へと上げる。食事をちゃんと食べたからか、日光の下でも今はそこまで辛そうじゃない。
「お前の妄想、時々死ぬほど雑魚いからなぁ……」
「妄想じゃないです。アクセルは、私のそのっ……本のこと、信じてくれたんじゃないんですか?」
「それはそれ、これはこれ。じゃあ聞くが〝前〟の俺との関係は?」
ここまで来て信じてくれていないのかと不安になれば、まさかの質問返しに困惑する。えぇぇ……と声を漏らしながら、さっき仲間と言ったのにと思う。
もしかして仲間って信じて貰えなかった?……そうかも。だってアクセルにとって私の印象、回帰する前よりも悪いみたいだし、仲間って言ったら普通仲が良いのが当たり前だから余計に信じられないよね?
ちゃんと信じてもらえるように、ここは私の希望的関係より妄想じゃない本当の関係を教えて信じて貰うしかない。「仲間、でしたけど……」と、やっぱりアクセルに仲間という言葉を言うだけでくすぐったい。アクセルは一度も私を「仲間」と呼んでくれたことないのに、私が一方的に仲間だと思っていただけかもしれないから。それでも私にとっては格好良くて頼れて本当に大事な仲間だったからそれを本人に偽りたくない。
歩きながらまた下を向いて首も肩も内側に入ったまま、口の中の苦さに負けず言葉を続ける。
「アクセルにも、…………迷惑ばっかりかけてました。私は大好きでしたけど、私はいつも役立たずで、旅の途中で仲間になってくれたアクセルにも助けられてばかりで、……いつも睨まれてたし、呆れられて、怒られて…………本当私ってずっと役立たずでアクセルの足も引っ張ってばかりでした……」
言いながらなんだか哀しくなってきた。
本当にだめだめな自分を再認識して、今こうして並んで貰っているのも申し訳ない気分になる。だからこそ、アクセルには今度こそ故郷で幸せに過ごしてもらいたい。正直、故郷までの道中もまたアクセルに迷惑かけることになるのも考えるだけで気が滅入る。あはは……と枯れた笑いを最後には溢してしまった直後、……その倍量の音で溜息を吐かれた。
はああああぁぁぁぁぁぁあ……と、内蔵も出ちゃうんじゃないかと思うくらい低い音の混ざったアクセルは、魔眼にはなっていない黄金色のままだけど、目が遠い。
疲れたような表情で、私に顔どころか目も向けてくれない。あんまりにも私が駄目過ぎて早くも嫌気が刺してしまったのかもしれない。「ご、ごめんなさい」と謝りながら頭を繰り返し下げる。すると今度は下げようとする頭をがっしり鷲掴みされて、無理矢理上げられた。ぎりぎりと指の力が強いアクセルに頭を引っ張られながら歩けば、十歩目くらいでポンと手放される。
「もう良い、続きは部屋で聞かせろ」
「部屋?って……あの、どこの…………」
「お前の以外ねぇだろ」
えええええええぇぇぇっ……と、大聖堂に向かうアクセルに思わず足が止まりそうになる。
それって私の部屋にアクセルが来るってことだよね?!どうしよう、全くお持て成しできる用意できてないしベッドも起きたまま全然散らかっている。確かに私達が帰る場所なんてそこしかないし、他の部屋は教皇様がいつ来るかわからない。
こうなったら扉の前でアクセルにちょっと待って貰って急いで掃除しないとと、頭の中で部屋を掃除する順序を考えながら歩く。大聖堂に近付いて、聖女の私よりも堂々とアクセルが正面から入っていこうとしたその時。
「ヴィー!!無事か!!?!」




