深層 5
涙を止めようと両手で目をゴシゴシ擦すりながら、私は首を縦に振る。
そして、藤井さんを見上げ、唯一の思いを口にする。
「藤井さんが好きなんです。
どんなに酷いことをされても、好きなんです。」
直球を投げた。
私に負い目のある藤井さんが何も言えなくなることを知ってて、別れたくなくて、投げた言葉だった。
…… 卑怯だと言われても構わないと思うぐらい必死だった。
案の定、藤井さんは私を責めることを止めた。
「俺は…… 」
藤井さんの声が途切れる。
「キツイな、」
そう言って、寄りかかっていたドアから身をズルズルと沈め、そのまま、私の前にしゃがみ込む。
「………
それを持ち出されたら……
…… 何も言えなくなる。」
苦しげな表情。それでも、藤井さんは、水の入ったグラスをゆっくりと床に置き、両腕を広げ、私を抱き締めてくれた。彼の温もりが直に伝わってきて、余計に泣けてきた。藤井さんは涙が止まらない私の背に両手を回し、子どもをあやすようにポンポンと背中を軽く叩く。その優しさにつけ入っている気がして、心の中で、ごめんなさいと何度も謝った。
随分と時間が経ち、ようやく落ち着くと、流石に大泣きしたことが気まり悪く、藤井さんの胸から顔を上げられない。モゴモゴと動き始めた私に気づいた藤井さんが腕の力を緩めてくれる。ほぉっと息を吐く。
茶化すように藤井さんが言った。
「すごく泣いたね?」
「……… うん」
恥ずかしい。こんなに泣いたのは久しぶりだ。
また、藤井さんが言う。
「こんなに大泣きされると、保護者気分になる。」
「……… うん」
保護者じゃないし、と思う。
分かってるよと藤井さんが続ける。
「娘でも妹でもないけれど、ね。」
「……… うん」
お父さんやお兄さんだったら困るよ。
そんなユルユルな会話を続けていたら、突然、
「ヘックション!」
変なくしゃみが出た。恥ずかしい!
顔に血が上る。
ククっと笑った藤井さんは
「耳まで真っ赤だ。」と、
耳を撫でて、
「コーヒーを入れてた。リビングに行こう。」
と、私の手を取った。




