第七話 咆哮の主
第七話 咆哮の主
咆哮が、広場の空気を震わせた。
落雷した場所には、まだ青白い放電が走っている。その向こうで、ゆっくりと大きな影が立ち上がった。
最初に見えたのは、額から伸びる一本の角だった。
一本の角を生やした、巨大なライオンだ。
青黒い体は五メートルほどもあり、首から背にかけて青紫の長いたてがみが逆立っている。太い前脚の先には鋭い爪がのぞき、長い尾の先で房になった毛が揺れていた。
全身にまとった電気が、たてがみの間で絶えず弾けていた。
見たことのない魔獣だ。
五歳の俺から見上げると、壁が四本の脚で立っているみたいだった。しかも、その壁は雷をまとい、さっきからこちらを睨んでいる。
刀の柄を握る。小さく魔力を流すと、引かれることなく、すぐ手元へ感触が返ってきた。
「大きいね」
「見れば分かる。集中しろ」
魔獣が前脚で地面を打つ。
爪の周りから放電が広がり、浮いた岩の表面を青白く照らした。
「アリス、ウルスナ、カリーナ。里の者を近づけるな。イーサックは人家側を守れ」
ディアルが短く指示を出す。
「アリソン、周囲へ飛ぶ放電と石を頼む」
「承知しました。ハーバード様、お二人の護衛をお願いできますか」
「任せよ。危なければ、わしが止める」
ハーバード様は俺たちの少し後ろへ進み、魔獣を見据えた。
「皆さん、こちらへ来ないでください!」
アリスはウルスナ、カリーナと一緒に里へ続く道へ走る。異変を聞きつけて顔を出した人たちを、それ以上近づけないためだ。
イーサックは魔獣と人家の間へ回り込み、地面から厚い岩壁を立ち上げた。
広場の外側は大人たちが守ってくれる。
なら、俺たちは目の前の魔獣を止めればいい。
「フィル、左右に分かれるぞ」
「分かった」
俺は刀を抜き、ディアルと距離を取った。
魔獣が角を低く向ける。
「来るぞ!」
たくましい後ろ脚が地面を蹴った。
巨体が一気に迫る。走った後へ青白い電気が残り、地面を跳ねた。
俺とディアルは左右へ地面を蹴り、空間魔法で体を浮かせる。角が足元を通り過ぎ、まとった電気が靴の裏をかすめた。
髪の先が引かれるような感触がして、思わず首をすくめる。
直接触れていないのにこれだ。まともに受けたら、痛いでは済まない。
着地と同時に振り向く。
巨体からは想像できない速さで、魔獣はもうこちらへ向き直っていた。
今度はディアルへ突進する。
ディアルが片手を地面へ向けると、厚い岩の盾がせり上がった。
角が岩へぶつかる。
重い音と一緒に亀裂が走り、盾の前半分が砕けた。破片と放電を避け、ディアルが後ろへ跳ぶ。
魔獣は岩盾を割った勢いのまま前へ出る。その横へ回ったディアルが、片手を振り抜いた。
「風斬・烈刃」
鋭い風の刃が魔獣の肩を捉える。
青紫の毛が数本散った。けれど、青黒い体についた傷は浅い。
「浅いな」
魔獣が頭を振り、ディアルへ前脚を振り下ろす。
ディアルが横へ避けると、爪が地面を大きくえぐった。そこから放電が枝のように走る。
俺は足元から岩をせり上げ、放電との間を塞いだ。
けれど、一瞬遅い。岩が形になる前に伸びた一本が腕をかすめ、指先まで痺れた。
横へ飛んだ石の欠片と残りの放電は、広場の端に張られたアリソンの障壁が受け止める。
「周囲はこちらで抑えます。魔獣に集中してください」
「助かる!」
魔獣がディアルへ向き直る。
今なら、横が空いている。
俺は痺れの残る手で刀を握り直し、魔獣の脇へ踏み込んだ。
角の向きを確かめ、前脚へ刀を振る。手首を固めず、刃の反りに沿って引いた。
今までより、ずっと素直に刀が動く。
刃は青黒い体を捉えた。けれど、ついた傷は細く、魔獣の動きは止まらない。
たてがみで放電が弾ける。
俺は刀を引き、飛び退いた。直後、魔獣の前脚がさっきまでいた場所を薙ぐ。
「俺のも浅い」
「なら、次だ」
魔獣は低く身を沈めると、俺たちの間へ飛び込んできた。
爪を避けて横へ転がる。起き上がりかけた頭のすぐ上を、放電をまとった尾が薙いだ。俺は慌てて身を伏せる。
その間にディアルが進路へ低い岩柱を三本並べる。
魔獣は一本目を前脚で砕き、二本目を跳び越えた。着地した前脚が三本目を蹴り倒し、また角をこちらへ向ける。
速くて、力もある。放電のせいで近づき続けるのも難しい。
けれど、走る時は必ず四本の足で地面を捉えていた。なら、まずあの脚を止めればいい。
前世のゲームでも、速くて近づきにくい相手は、まず動きを止めていた。
魔獣の視線が俺を捉えた。角を低く構え、こちらへ駆け出す。
俺は刀を右手に下げ、空いた左手から地面へ魔力を伸ばした。
爪が土を蹴るたびに、巨体が近づいてくる。
狙った場所へ前脚が踏み込んだ瞬間、左右から岩をせり上げた。
「土縛・岩牢」
岩が二本の前脚へ絡みつき、爪先まで囲んで固まる。そのまま後ろ脚の周りも岩で囲み、四本の脚を地面へ縫い止めた。
巨体が止まり、青紫のたてがみから放電が散る。
「止めた!」
魔獣が吠えた。
四肢へ力が入り、岩に一斉に亀裂が走る。
拘束を厚くするより先に、前脚を囲んでいた岩が砕けた。続けて後ろ脚の岩も弾け飛ぶ。
アリソンの障壁が、こちらへ飛んできた破片を受け止めた。
魔獣は自由になった前脚で地面をかき、また走り出す。
あの岩まで砕くのか。
それなら、固めずに沈めればいい。
土だけではなく、水も一緒に使う。
「土と水を、混ぜる」
魔獣の進路へ土と水の魔力を重ねる。二つの属性を一つの魔法にまとめ、地面を泥に変えていく。
乾いた地面が水を含み、少しずつ柔らかくなっていく。
どちらか一方ならすぐに形にできる。けれど、二つを混ぜるとなると、まだ遅い。
「間に合え」
泥の範囲が広がる。
魔獣の前脚が、その手前へ踏み込んだ。
あと少しで、足を取れる。
けれど、魔獣は地面の変化に気づいた。前脚を深く沈める前に強く蹴り、泥の上を跳び越える。
五メートルの巨体が頭上を通り過ぎた。
泥沼はその直後に完成した。
土と水はきちんと混ざり、踏み込めば足を取られる深さになっている。
ただ、そこに魔獣はいなかった。
「遅かった」
着地した魔獣が、地面を削りながら向きを変える。
泥沼の位置を避け、別の場所から俺たちへ角を向けた。
青紫のたてがみで、放電が大きく弾ける。
「また来るぞ」
「うん」
俺たちは左右へ分かれた。
魔獣が突進する。
角が届く直前、俺は地面を蹴って横へ浮き、ディアルも反対側へ跳んだ。
巨体が二人の間を駆け抜ける。
俺たちは着地すると同時に振り返った。
魔獣もすぐに向き直り、一本角を低く構えて唸った。
一本ツノのライオン。可愛いですね!
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