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おひとりさま歴33年、白髪の忌み子に転生しました  作者: 花金男爵


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第六話 動かない岩


「刀の修行はどうだ」


 昼食の途中、向かいに座るディアルが尋ねてきた。


 アストールへ着いてから数日。朝から体を動かした後の食事はおいしくて、俺は口の中の肉を急いで飲み込んだ。


「前より扱いやすくなったよ。刀も、こっちが魔力を止めれば、おとなしくなってくれるし」


「基本の方は?」


「手首を固めるな、足が先に止まっておる、振り終わって安心するな。ハーバード様は一度に三つくらい直してくれる」


「祖父上らしいな」


「一つ直したら、少しくらい褒める時間があってもいいと思うんだけど」


 隣で聞いていたハーバード様が、豪快に笑った。


「はっはっは! 褒めてほしければ、同じところを二度直されぬことじゃな」


「それだと、褒めてもらえるのは少し先になりそうです」


「自分で分かっておるなら上出来じゃ」


 今のは褒められたことになるのだろうか。


 刀は腰の鞘に静かに収まっている。魔力を少し流して止めれば、今は同じように反応も収まる。何を考えているのかまでは分からないけれど、前より付き合いやすくなったのは確かだった。


 ◇◇◇


 昼食を終えると、ハーバード様はアリソンとイーサックに話があると言って、その場に残った。


 俺とディアル、アリスは、ウルスナとカリーナに付き添われて里を見て回ることにした。


 竹林に囲まれた里には、王都より低い建物が並んでいる。道具を手入れする人、干した薬草を取り込む人。すれ違う人たちはディアルとアリスへ礼をし、俺へは見慣れないものを見るような顔をした。


「もっと怖い人ばかりいるのかと思ってた」


「どうしてですか?」


 アリスが首を傾げる。


「ハーバード様の稽古についていける人たちだから」


「里の方が全員、お祖父様の稽古を受けているわけではありませんよ」


「それなら安心した」


 俺が胸をなで下ろすと、カリーナが笑う。


「フィル様も、楽しそうに稽古をなさっていますよ」


「楽しいのと大変なのは、一緒にできるんだよ」


 それは本当だ。できなかった動きができるようになるのは面白い。直されるところが次から次へ出てくるだけで。


 里の外れまで歩くと、竹が途切れた先に広い場所があった。柵もなく、里の道からそのまま入れる。


 その中央に、大きな岩が鎮座している。


 俺たちよりずっと高く、横幅も大人が何人か並べそうなくらいある。表面には古い文字と模様が刻まれていたけれど、ところどころ薄れていた。


「何だろう、これ」


 近づいて見上げても、文字は読めない。


「わたくしも見たことがありません」


 アリスが模様を目で追う。


 ディアルは岩の横へ回り、反対側を確かめた。ウルスナとカリーナも知らないらしく、何もない広場と岩を静かに見比べている。


「ここに置いたにしては、大きすぎるね」


「運んできたのかも分からないな」


 ディアルが岩へ手を触れる。


「押しても動きそうにない」


「ディアルでも?」


「力だけで動かせる大きさに見えるか?」


「見えないから聞いたんだよ」


 岩の周りを眺めていると、竹林の道から声がした。


「そこにおったか」


 話を終えたらしいハーバード様が、アリソンとイーサックを連れて歩いてくる。


「ハーバード様、この岩は何ですか?」


「さてな。わしが生まれるより昔から、そこにある。刻まれた文字の意味も、なぜここにあるのかも分かっておらん」


「動かしたことは?」


「里の者が何度か試したそうじゃが、誰にも動かせなんだ」


 俺は岩を見上げ、それからディアルへ顔を向けた。


「これを浮かせた方が勝ち?」


「望むところだ」


 ディアルの返事は早かった。


「道中の勝負は、まだ続いていたのですね」


 アリソンがいつもの笑顔で言う。


「おいおい。試すなら周りはよく見ろよ」


 イーサックが広場を見回す。近くに人がいないことを確かめ、俺たちから少し離れた。


 先にディアルが岩へ手を向ける。


 魔力が岩の周りへ広がった。道端の石ならもう浮いている頃なのに、大岩は地面に張りついたままだ。


「動かないな」


「次は俺」


 同じように魔力を向けてみる。


 岩を包むところまではできる。けれど、持ち上げようとしても手応えがなく、岩は少しも動かなかった。


「本当に動かない」


「だから言ったじゃろう」


 ハーバード様は腕を組み、岩を見上げている。


 俺は岩とディアルを交互に見た。


「二人なら?」


「勝負にならないぞ」


「浮かなかったら、どっちも負けたままだよ」


 ディアルは少し考え、岩へ向き直った。


「分かった。合わせる」


 俺たちは岩を挟むように立った。


「せーの」


 声に合わせ、二人で魔力を向ける。


 小石を浮かせた時と同じつもりで、岩を包み、上へ持ち上げようとした。


 けれど、大岩は地面に張りついたままだ。


「浮かないな」


「諦めたらそこで試合終了だよ」


「これは試合なのか」


「いいから。もっと力を込めるよ」


 岩を押し上げるつもりで、俺は魔力を強めた。ディアルの力も、それに重なる。


 岩の周りを、色の違う二つの淡い光が包んだ。


 二つの魔法が触れ合う境目が少しずつ曖昧になる。色が混ざるのかと思った瞬間、どちらの色もすっと消えた。


 大岩が、音もなく地面を離れた。


 岩の下に細い影が生まれ、少しずつ隙間が広がっていく。


「浮いた」


 思わずディアルと顔を見合わせる。向こうも少し口元を緩めた。


 ハーバード様が組んでいた腕をほどき、大岩を見上げている。


 岩は俺の頭より高いところまで上がり、ぴたりと止まった。俺は手を下ろし、しばらく眺めていた。


 下りてくる気配がない。


「いつまで浮かせている」


 ディアルが言う。


「そっちだと思った」


「俺はもう魔力を使っていない」


「俺もだよ」


 それなのに、岩は地面へ戻らない。


 空中の同じ高さで、見えない台に載せられたように止まっている。


 表面に刻まれた模様が、一度、二度と淡く点滅した。


「下がれ」


 イーサックの声に、俺たちは岩から距離を取る。


 次の瞬間、岩から強い光があふれた。


 目を閉じても白さが残る。やがて光が弱まると、岩の表面だけが淡く輝いていた。岩は浮いたままだ。


 その下には、さっきまで岩に塞がれていた暗い入口が開いていた。


「入口……?」


 俺が近づこうとすると、ウルスナの手が肩を止めた。


「お待ちください」


「皆さん、空が暗くなっていませんか?」


 アリスの声に顔を上げる。


 竹林の向こうまで晴れていた空が、灰色の雲に覆われ始めていた。


 雲は見る間に広がり、昼の明るさを消していく。


 ウルスナが俺の肩に手を置いたまま、ディアルにも近くへ寄るよう促す。カリーナはアリスの肩を抱き寄せた。


 イーサックは剣の柄へ手をかけ、岩と広場の周囲へ視線を走らせる。アリソンの笑顔も消え、空を見上げていた。


「全員、岩から離れよ!」


 ハーバード様の声に従い、広場の端へ下がる。


 雲の奥で、低い音が鳴った。


 白い光が空を裂く。


 岩に近い広場の一角へ、太い雷が突き刺さった。先ほどまで俺たちが立っていた場所から、そう離れていない。


 腹に響く音と衝撃が、ほとんど同時に押し寄せる。


 光が消えた後も、落雷した地面の上を細い放電が走っていた。


 その向こうから、獣の咆哮が轟いた。

弟に張り合う兄。いい関係ですね


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