第五話 刀と向き合う
里へ入ってすぐ、竹林の道は人の暮らす場所へつながった。
木造の家々が並び、その間を歩く人たちが俺たちへ目を向ける。王子と王女が来たのだから当然なのかもしれないけれど、フードの下まで見られている気がして、俺は少しだけ端を引いた。
最初に近づいてきたのは、暗い赤髪の少年だった。
腰に剣を下げ、背筋を真っ直ぐ伸ばしている。俺たちの前まで来ると、まずディアルとアリスへ頭を下げた。
「ディアル様、アリス様。お久しぶりです」
「久しぶりだな、ヴェルツ」
ディアルと知り合いらしい。
ヴェルツは同行している大人たちにも礼をしてから、俺を見た。正確には、俺の腰にある刀を見ている。
「殿下。そちらの子供は?」
「フィルだ。俺の弟だ。祖父に刀を教わりに来た」
ディアルが答えると、ヴェルツの眉がわずかに寄った。
「失礼ですが、いくつですか」
「五歳だよ」
「五歳……」
やっぱり、そこを気にするらしい。
「俺はこの里で何年も剣を振っています。それでも、ハーバード様の稽古についていくのは簡単ではありません。その年齢では、危険です」
「危なくないように習いに来たんだけど」
「それは、そうですが」
ヴェルツは黙り込んだ。言い方は硬いけれど、追い返したいわけではなさそうだ。本気で心配している顔だった。
「以前、俺にも同じようなことを言ったな」
ディアルが口を挟む。
ヴェルツは少し気まずそうに目を伏せた。
「あの時は、俺が負けました。だから今度は、年齢だけで決めたくありません」
顔を上げ、俺を真っ直ぐ見る。
「一度、手合わせをしてください」
「それで納得する?」
「はい」
話が早くて助かる。
俺がイーサックを見ると、彼は里の道と周りの建物を確かめ、それから頷いた。
「広い場所でやるぞ。魔法はなし。急所は狙うな。俺が止めたら、そこで終わりだ」
◇◇◇
近くの開けた場所へ移り、俺たちは向かい合った。
ヴェルツが剣を抜く。飾りのない剣を正面に構える姿は、さっきの話し方と同じで真面目そのものだ。
俺も刀を抜いた。
「始め」
イーサックの声と同時に、ヴェルツが踏み込んでくる。
速い。
剣先がぶれず、真っ直ぐ俺の肩を狙っていた。俺は半歩横へずれ、刀で剣の軌道を外す。
ヴェルツはすぐに足を戻し、二撃目へつなげようとした。
でも、その前に懐へ入る。
柄を握り直し、刃を返した。刀の峰を、ヴェルツの脇腹へ当てる。
「そこまでだ」
イーサックの声が飛んだ。
ヴェルツの剣が止まる。
俺は一歩下がり、少し声を低くして言った。
「峰打ちだ」
「それが言いたかっただけだろう」
すぐにディアルから声が飛んでくる。
「半分くらいは」
「半分もあるのですか」
アリスが呆れていた。
ヴェルツは脇腹を押さえながら姿勢を直す。悔しそうに口を結んだけれど、目をそらさず俺へ頭を下げた。
「……俺の負けです」
「じゃあ、これで教わっても大丈夫?」
「はい。俺が心配する必要はなかったようです」
「いや、心配はしてくれていいよ。危ない時は教えて」
その時、少し離れた家の陰から、大きな笑い声が聞こえた。
「はっはっは! バスクから聞いてはおったが、本当に面白い子じゃのう!」
姿を見せたのは、がっしりした老人だった。足取りは軽く、俺たちへ向ける目にも力がある。
ディアルとアリスの顔が、同時に明るくなった。
「祖父上」
「お祖父様!」
「おお、二人ともよく来たな。少し見ぬ間に、また大きくなったではないか」
老人は二人の肩を順に叩いてから、俺へ向き直った。
「わしがハーバード・ミケル・アセナルじゃ。この里を預かっておる」
「フィルです。よろしくお願いします、ハーバード様」
「うむ。二撃目を待たずに懐へ入ったか。足はよく動く。じゃが、峰を当てる直前、少し手首を固めすぎたな」
少し離れたところから、きちんと見ていたらしい。
イーサックが肩をすくめる。
「見てたなら、最初から出てきてくださいよ」
「おぬしが見届けておるのに、わしが邪魔をする必要はなかろう」
その隣でアリソンが丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりでございます、ハーバード様」
「相変わらず、何を考えておるか分からん笑顔じゃの」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めておらん」
ハーバード様は鼻を鳴らし、今度は俺の刀へ目を落とした。
「ところでフィル。その刀と、意思疎通はできておるか?」
「意思疎通?」
「エルフの王フェリックスから、姿を変えた神樹の武器には意思があると聞いたことがある」
俺は手の中の刀を見た。
魔力を流した時に、内側で何かが揺れるような感触はあった。普通の武器とは違う。それは分かっている。
「何か返ってくる感じはあります。でも、何を伝えたいのかは分かりません。返事なのかどうかも」
「なるほど。では少し、向き合ってみるか」
◇◇◇
ハーバード様が連れてきたのは、里の端にある広い稽古場だった。
人の姿はなく、木の標的が一つ立っている。その奥には、古い稽古用の建物があった。
「奥の建物も今は使っておらん。あの標的へ向け、ここで試してみるとよい」
俺は標的の手前で刀を抜き、両手で持つ。
「ええと、聞こえてる?」
刀は何も言わない。
もちろん、声が返ってくるとは思っていない。たぶん。
「俺はフィル。もう知ってると思うけど」
「名乗るところから始めるのか」
後ろでディアルが言う。
「会話の基本だからね」
柄から、ごく小さく魔力を流した。
刀の内側で、かすかな動きが返ってくる。けれど、それが挨拶なのか、もっと寄こせと言っているのか、もう十分だと言っているのかは分からない。
流す量を少し減らしてみた。
それでも、刀の内側へ引かれる感触は残っている。止めようとする俺とは、どうも合わない。
まだ欲しいのだろうか。
試しに少し足すと、手の内へ返る感触が強くなった。
「このくらい?」
返事は読めない。
少しずつでは分かりにくい。もっとはっきり変えれば、刀の反応も読みやすくなるかもしれない。
「この際、全力で行くよ?」
俺は今までより、ずっと大きく魔力を流した。
刀身を覆う力が濃くなり、手の中で刀が細かく震える。
喜んでいるのだろうか。
「分かりやすい返事もできるんだね」
俺は標的へ向き直り、刀を構えた。
一歩踏み込み、刀を振り始める。その途中で、流れ込む魔力の手応えが急に重くなった。
その重さが腕へ伝わり、振り抜いた刃の先から力がほとばしった。
木の標的が、音を立てて割れた。
そこで終わらなかった。
刃からあふれた魔力が地面を走り、奥の建物へぶつかる。壁と柱がまとめて裂け、片側の屋根が大きく傾いた。
遅れて、建物の半分が崩れ落ちる。
土煙が稽古場へ広がった。
「フィル!」
アリスの声が上がる。
ハーバード様は崩れた建物と俺たちを見渡した。
「中に人はおらん。こちらにも、けが人はおらんな」
アリソンの風が土煙を横へ流す。その向こうに見えた建物は、やっぱり半分になっていた。
俺は刀と建物を見比べる。
息は乱れていない。魔力を使いすぎた時のだるさもなく、まだ余裕があった。
「……量を間違えました。ごめんなさい」
「次からは、全力を試す前に加減を覚えることじゃな」
「はい」
ハーバード様は俺の手元へ目を戻した。
「刀の様子も見てみよ。今度は少しだけ流して、止めてみるのじゃ」
刀を握り直し、ごく小さく魔力を流す。
今度は引かれることなく、流した分だけの感触が手へ返ってきた。魔力を止めると、刀の反応もすぐに静かになる。
言葉はない。それでも、今度は俺の加減を分かってくれた気がした。
俺は刀を鞘へ納め、ハーバード様へ向き直る。
「とりあえず、こちらの言うことは聞くようになりました」
ハーバード様は半分になった建物と俺を見比べ、大きく息を吐いた。
「まあ良い。では刀の基本から始めるぞ」
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