第四話 始まりの里へ
「振る時、刃の向きが少しずれるな」
稽古を終え、刀を鞘へ戻したところで、イーサックが言った。
「剣と同じところは教えられる。足の運びも、間合いもな。ただ、その反った刃を一番うまく使う方法となると、俺は専門じゃない」
今朝よりはましになったと思う。けれど、刃の反りに沿って振れた時と、少し角度を外した時では、手に返ってくる重さがまるで違った。
「専門に教えられる人はいる?」
俺が尋ねると、そばで木剣を片づけていたディアルが顔を上げた。
「祖父なら教えられる」
「ディアルのおじいさん?」
「俺とアリスの祖父だ。始まりの里アストールにいる」
ハーバード・ミケル・アセナル。現国王バスク・ミケル・アセナルの父親らしい。王位を退いた後は、王家の祖先が暮らした里の長をしているという。
「里では、刀の戦い方を学べる」
「行きたい」
自分でも驚くくらい、すぐに言葉が出た。
せっかくもらった刀だ。格好いいと眺めるだけではなく、ちゃんと使えるようになりたい。
ディアルが頷く。
「父上に許可を取る」
隣で聞いていたイーサックが笑った。
「決まるのが早いな。まあ、ハーバード様なら、お前たち二人まとめて鍛えてくれるだろうよ」
「今、少し楽しそうに言わなかった?」
「気のせいだ」
嫌な予感もしたけれど、行きたい気持ちの方が勝った。
◇◇◇
国王の許可が下り、旅の手配もほどなく整った。
俺がしたのは刀の手入れと、ウルスナに言われた荷造りくらいだ。こっそり入れた遊び道具は、二つとも見つかって元の場所へ戻された。
王都を出たのは、俺とディアル、アリス、イーサック、アリソン、ウルスナ、カリーナの七人だった。
街道で人とすれ違うたび、ウルスナが俺のフードをさりげなく直す。白髪を隠すことは、もう日常の一部になっている。
街道は馬で進み、森が深くなるところで馬を下りた。そこからは土の道を歩いていく。
歩く時間が長くなっても、足はまだ動いた。休憩で水を飲めば、また先へ進める。
「疲れましたか?」
「大丈夫。まだ歩けるよ」
ウルスナは俺の足取りを確かめると、肩にかけた荷物の紐だけを直した。
◇◇◇
魔物が姿を見せたのは、森へ入って二日ほど経った頃だった。
街道脇の茂みが揺れ、四つ足の魔物が二体飛び出してくる。
イーサックは剣へ手をかけたが、抜かない。アリソンはアリスたちの前へ立ち、周囲を見渡していた。
「一体ずつだ」
ディアルが言う。
「分かった」
俺は刀を抜き、右から来る一体へ踏み込んだ。刃へ薄く風を沿わせる。
「風斬・薄刃」
振り抜いた先から細い風の刃が走り、魔物の前脚を切った。体勢を崩したところへもう一歩近づき、刀で首元を斬る。
手に返ってきた抵抗は、思ったより小さかった。出発前に教わった通りに刃の向きを保つと、刀は引く動きについてきた。
隣では、ディアルが片手を地面へ向けている。
「土穿・石針」
魔物の踏み込む先から、細い石の針が一本突き出した。前へ出た勢いのまま胸を貫かれ、二体目も地面へ倒れる。
イーサックは二体を確かめると、剣から手を離した。
「ほかにはいない。道を空けて、先へ行くぞ」
アリソンも頷く。
「進みましょう」
「待って」
おかしい。言わなくてはいけないことがある
「魔物の対処は、子供の仕事?」
「修行の一環だ」
周りを見る。みんな当たり前のような顔だ。
「そっか」
こちらが間違っているらしい。
◇◇◇
その翌日、歩いていたアリソンが道端へ指を向けた。
小石が一つ、ふわりと地面を離れる。アリソンの歩みに合わせて宙を進み、差し出した手のひらへ収まった。
「歩くだけでは退屈でしょう。ついでに、空間魔法も少し試してみませんか。まずは小石を一つ、持ち上げるつもりで魔力を向けてみてください」
俺は足元にあった小石を見る。
拾い上げたいと思いながら魔力を伸ばすと、石がかすかに震えた。それから、手のひらの上へ持ってくる。
「できた」
「その程度か?」
ディアルが俺のものより少し大きな石を浮かせる。
そう来るなら、こっちはもう少し大きい石だ。
「次はあれにする」
「俺は、もう少し大きい方にする」
「じゃあ、俺も」
「張り合うようにとは申し上げていません」
アリソンの声は穏やかだったが、俺たちは二人とも石から目を離さなかった。
アリスが呆れたように息をつく。
「どうして、すぐ勝負になるんですか」
「男の子ですもんね」
カリーナはにこにこと答えた。
石が浮くたび、ウルスナの視線が俺達の足元へ向く。落としてつまずかないように、ということらしい。
俺は石を道の端へそっと戻し、今度は別の一つを探した。
◇◇◇
旅に出て六日目、森の中に竹が混じり始めた。
背の高い竹が道の両側へ並び、風が通るたび葉が細く鳴る。地面近くを漂う霧の向こうで、道が見えたり隠れたりしていた。
「もうすぐだ」
ディアルが言う。
緩く曲がった道の先、竹の間に人の暮らす建物が見えた。
始まりの里アストール。
王家の祖先が暮らし、今は前国王ハーバードが里長を務める場所だ。
俺は腰の刀へ手を添える。
「ハーバード様は、どこにいるの?」
「里へ入れば会える」
ディアルは迷わず、竹の間の道を進んでいく。
俺もその後を追い、始まりの里へ足を踏み入れた。
下の☆ボタンで応援していただけたら幸いです!




