↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おひとりさま歴33年、白髪の忌み子に転生しました  作者: 花金男爵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/12

第三話 五歳の贈り物


 目を開けると、天井が揺れていた。

 正確には、揺れているのは俺の方だ。


 背中から伝わる振動と、車輪の音。どうやら、また馬車に乗っているらしい。


 助かった。


 そのことに気づくまで、少し時間がかかった。

 体がひどく重い。指を動かすだけでも面倒で、息をするたび胸の奥にだるさが残っている。


 最後に覚えているのは、牙を生やした何かが籠へ前脚をかけたところまでだ。


 あれからどうなった。


 食べられたにしては、体が残っている。夢だったにしては、頬にかかった息の臭いまで覚えていた。

 では、誰かが助けてくれたのだろうか。


 首を動かそうとする。

 ほんの少し横を向いただけで、早くも疲れた。赤子の体は今日も働く気がない。


 それでも、すぐ近くに誰かがいるのは見えた。


 黒い髪の子供だった。


 俺よりは大きい。でも、どう見ても大人ではない。幼い顔で、座席に置かれた籠をじっと見ている。


 目が合った。


 子供は声を上げず、少しだけ身を乗り出した。


「――フィル」


 俺の名前を呼んだ。


 返事をしようとして、口から出たのは小さな息だけだった。

 もう少し愛想よくしたいのに、体がまったく協力してくれない。


 向かいに座っていた年上の少年が、黒髪の子へ何かを言う。何度か同じ音が聞こえた。


「ディアル」


 少年が呼ぶと、黒髪の子がそちらを向く。


 ディアル。

 たぶん、それがこの子の名前だ。


 自分の名前に、この子の名前。覚えた言葉は、まだ二つだけだ。「お腹がすいた」も早めに覚えたい。


 ディアルがもう一度こちらを見る。


 表情はあまり変わらない。それでも、俺が目を開けていることを確かめると、張っていた肩から少しだけ力を抜いた。


 助けてくれたのは、この子だろうか。

 尋ねる方法はない。


 ひとまず、今は生きている。それで十分だった。


 ◇◇◇


 馬車が止まり、扉が開いた。


 黒い服を着た男が、俺の籠を抱え上げる。背筋の伸びた、身なりのいい人だった。


 その肩越しに、ディアルと先ほどの少年が先に降りるのが見えた。周囲の大人たちは次々に頭を下げている。


 続いて、俺も外へ運ばれた。


 最初に見えたのは、見上げても上まで追えないほど大きな建物だった。石造りの壁が左右に続き、入口には同じ服を着た人たちが並んでいる。


 これが普通の家なら、この世界の普通はずいぶん広い。

 どうやら、この黒髪の子はかなり身分が高いらしい。


 俺を運んでいた男が入口へ近づくと、一人の使用人が手を伸ばした。

 布を直そうとしたのだと思う。


 けれど、俺の頭を見た途端、その手が止まった。


 指先が引かれる。


 並んでいた人たちの間で、小さな声が広がった。何を言っているのかは分からない。視線が髪へ集まっていることだけは、もう分かった。


 生まれた部屋でも、同じだった。

 俺の髪は、そんなに変なのだろうか。


 ざわめきの中を、一人の女性が歩いてきた。


 足音が静かだった。騒いでいる人たちを見もせず、俺の前へ立つ。

 黒髪のディアルが、その女性へ声をかけた。


「ウルスナ」


 ウルスナは短く答え、男が籠から抱き上げた俺を、ためらわず受け取った。


 髪を見ても手を引かない。布の端を直し、ぐらつく頭を腕で支える。

 顔の動きは小さいのに、不思議と抱かれ方は優しかった。


 俺は抵抗する理由もなく、その腕へ体を預けた。

 すぐ後ろをディアルが歩き始める。


 周囲の囁きは消えなかった。

 けれど、ウルスナの歩く速さも、俺を抱く腕も変わらなかった。


 ◇◇◇


 その日、何が話し合われていたのかを知ったのは、ずっと後になってからだ。


 マルティンという王子が国王を説得し、俺は王宮へ置かれることになった。


 王族の養子にはできない。

 だから、表向きはディアルの家臣として受け入れる。


 それが国王の出した答えだったらしい。


 ただし、ディアル本人は最初から俺を弟として扱った。


 三歳の兄と、生まれたばかりの弟。

 なかなか頼りがいのある年齢差だ。


 もちろん、本当に俺を育てたのは三歳のディアルではない。


 食事も着替えも、熱を出した夜の世話も、大人たちがしてくれた。中でも一番近くにいたのが、王宮へ着いた日に俺を抱いたウルスナだった。


 言葉を覚え、自分の足で歩くようになると、勉強や稽古も始まった。あの黒い服の男――アリソンは、柔らかな笑顔で課題を増やしてくれる教育係だった。


 剣を握り、魔法を教わり、食卓ではディアルと言い合う。気づけば、それが俺の毎日になっていた。


 そして、五年が過ぎた。

 俺は五歳に、ディアルは八歳になっていた。


 ◇◇◇


 五歳の誕生日の朝、ウルスナは俺の服を選んでいた。


 いつもなら迷わない。

 今日は一着を広げて俺へ合わせ、首を傾げて戻す。次の服を取り出し、今度は袖を確かめてから、やっぱり戻した。


「ウルスナ」

「はい」

「服、増えてないよね?」

「増えておりません」

「なのに、どうして選ぶ時間だけ増えたの?」

「大切な日ですので」


 答えてから、ウルスナの手がわずかに止まった。


「今日は何かある?」

「お着替えがございます」

「それは今見てる」


 ウルスナは何事もなかったように、最初の服をもう一度広げた。

 表情はいつもどおりだ。それでも、たまに扉へ視線を向けている。


 俺の誕生日は、母が持たせてくれた紙に書かれていた。自分でも今日が何の日かは知っている。

 けれど、ウルスナが隠そうとしているなら、こちらも気づいていないことにしよう。


 ようやく服が決まり、部屋を出た。


 廊下の向こうから歩いてきた使用人が、俺を見るなり端へ寄る。

 頭を下げたまま、俺が通り過ぎるまで顔を上げない。抱えていた布を握る指の節が白く浮いていた。


 もう、理由は知っている。


 俺の髪は白い。

 言葉を覚えてから、この髪にまつわる伝承も知った。生まれた時に周囲が恐れた理由も、今なら分かる。


 五年暮らしても、王宮にいる全員が慣れてくれるわけではない。


 使用人の横を通り過ぎ、勉強部屋へ向かった。


 午前の課題は、いつもより早く終わった。


「本日は、ここまでにしましょう」


 アリソンが本を閉じる。


「まだ、いつもの時間じゃないよ」

「よくできていましたので、ご褒美です」

「昨日も同じくらいできてたと思うけど」

「昨日のフィル様と、本日のフィル様は違いますから」


 柔らかな笑顔のまま言われた。


 いつもなら余った時間を見つけたら、新しい課題を足してくる人だ。

 その人が、今日は増やさない。


 なるほど。これは何かある。


 午後の稽古では、イーサックが何度も空を見上げた。

 第三騎士団を率いる彼には、ディアルと一緒に剣を教わっている。


 俺たちの動きを見ていたイーサックは、まだ日が高いうちに手を叩いた。


「よし。今日はここまでだ」

「もう終わり?」

「たまには早く終わってもいいだろ」

「毎日たまにでもいいよ」

「明日から増やしてほしいってことか?」

「今のは忘れて」


 イーサックは笑い、木剣を俺から受け取った。


 ウルスナは服選びに時間をかけ、アリソンは課題を増やさず、イーサックは稽古を早く切り上げた。

 全員、隠し事が上手いとは言えない。


 それでも一生懸命に知らないふりをしているので、俺も付き合うことにした。


 こういう時は、気づかないふりをするのも大人の役目だ。

 五歳だけど。


 ◇◇◇


 夕食を終えると、イーサックが廊下で待っていた。


「ディアル殿下の部屋へ行くぞ」

「何かあるの?」

「さあな」


 答えながら、もう笑っている。


 部屋へ入ると、ディアルとウルスナ、アリソンがいた。

 卓の上には菓子が並び始めている。アリソンが皿の位置を直し、ウルスナは空いた場所を確かめていた。


「これは、何もない日の普通の集まり?」

「まだ準備中だ」


 ディアルは隠す気をなくしたらしい。


 その時、廊下から弾んだ声が聞こえた。


「待ってください、カリーナ!」


 扉が開き、大きな包みを両腕で抱えた女性が入ってきた。包みの向こうから顔を出し、落とさないよう慎重に卓まで運ぶ。

 その後ろから、小さな皿を両手で持った女の子が続いた。


「間に合いました!」


 女の子は皿を置くと、すぐ俺の前へ来る。


 ディアルの双子の妹、アリスだ。兄と同じ八歳で、俺より三歳年上なのを大事にしている。何かと姉として世話を焼きたがるのは、昔から変わらない。


 大きな包みを運んできたカリーナは、アリスの世話係だ。明るく笑い、包みを卓の真ん中へ置いた。


 アリスが俺の前で背筋を伸ばす。


「フィル。五歳のお誕生日、おめでとうございます」


 その声を合図に、部屋にいる皆から祝いの言葉が続いた。


「ありがとう」


 朝から知らないふりをしていたけれど、実際に言われると嬉しい。


「うん。ぜんぜん気づかなかったよ」

「本当ですか?」


 アリスが目を輝かせる。


「本当、本当」


 隣でカリーナも嬉しそうに頷いた。


 アリソンは笑顔のまま何も言わない。気づいていたことまで知られている気がするので、そちらは見ないことにした。


 勧められて席へ着く。

 菓子を食べ、包みを一つずつ開けた。


 中身を取り出すたび、アリスとカリーナが俺の顔を覗き込む。感想を言うまで次へ進めそうにない。

 イーサックが横から笑う。


「ちゃんと全部喜べよ。今日はそれが仕事だ」

「忙しい仕事だね」

「稽古より楽だろ」

「それは間違いない」


 まだ開けていない包みがなくなったところで、ディアルが立ち上がった。


「フィル」


 細長い布包みを差し出される。


「俺からだ」


 両手で受け取り、布をほどく。

 現れたのは、鞘に収められた一本の短刀だった。


 抜いてみると、刃にも柄にも木目のような細い模様が走っている。金属のようにも、磨かれた木のようにも見えた。


「これ、短刀?」

「そうだ。俺が五歳の時、ウルスナから贈られた」


 思わず短刀とディアルを見比べた。


「大切な物じゃん。本当にもらっていいの?」

「大切だから渡す。俺には形を変えられなかったが、お前なら違うかもしれない」


 ディアルの声に、惜しむ様子はなかった。

 それでも、決める前にウルスナを見る。


「ウルスナが贈った物なんだよね?」

「はい」


 ウルスナは静かに短刀を見た。


「エルフには、五歳になった男子へ短刀を贈る風習があります。それは神樹の根から作られた武器です。魔力を蓄え、選んだ使い手に合わせて形を変えることがあります」

「でも、俺はエルフじゃないよ」

「本来、エルフ以外への譲渡は認められておりません」


 そこで一度言葉を切り、ディアルと俺を順に見る。


「ですが、ディアル様はフィル様を弟としてお迎えになりました。私も、弟君への贈与を認めます」

「この部屋では、家臣って言っても意味がなさそうだね」

「最初から弟です」


 アリスが当然のように言う。

 誰も訂正しなかった。


 俺は短刀を握り直す。


「ありがとう、ディアル。大切にする」

「魔力を流してみろ」


 持ち主に合わせて形を変える武器。

 どうせ変わるなら、使ってみたい形は決まっていた。


 前世では画面の中で眺めるだけだった。今なら、自分の手で持てる。


「変化するなら、刀がいいな。格好いいから」


 深く考えず、柄を握る手から魔力を流した。


 手の中で、何かが脈打つ。

 指の間から淡い光がこぼれ、短かった柄が伸びた。


 刃も滑るように長くなり、反対の手に持っていた鞘が、それを追いかけるように形を変えていく。


 少しずつではない。

 瞬きをする間に、刃は緩やかな反りを帯びた。鞘も同じ長さへ伸び、変化した刃を収められる形に落ち着く。


 ほんの数秒だった。

 俺の手にあった短刀と鞘は、一振りの刀へ姿を変えていた。


「刀だ!」

「ほう」


 イーサックが身を乗り出す。


「刀ですか」


 アリソンは目を細め、刃から柄までを確かめるように見た。


「すぐ変わりました!」


 アリスは刀の反りを横から覗き込み、俺と同じくらい嬉しそうにしている。


 その隣で、カリーナの表情が消えていた。

 さっきまで笑っていたのに、今は刀の形をじっと見つめている。


 ウルスナも動かなかった。普段ほとんど表情を変えない彼女が、わずかに目を見開いている。

 二人の視線は、長くなった刃の反りへ注がれていた。


 俺も刀を見直す。どこか変なのだろうか。


 いや、どう見ても格好いい。

 つい頬が緩んだ。


 柄を握り直すと、刀の内側で魔力がかすかに揺れた。

 言葉ではない。

 それでも、ただの道具を持った時とは違う感触がある。


「振ってみてもいい?」

「ここでは駄目だ」


 ディアルがすぐに止めた。


「まだ持ち上げただけだよ」

「振るつもりの持ち上げ方だった」


 よく分かっている。


 イーサックが刀を眺めたまま、口元を上げる。


「明日、稽古場で見せろ。まずは持ち方からだ」

「本当に?」

「その代わり、今日は振るなよ」

「分かった」


 明日になれば使える。

 それだけで、待つ理由としては十分だった。


 神樹の根から生まれ、俺の魔力で刀になった武器。

 どう握れば速く振れるのか。魔力を通したまま動かせば、どんな感触になるのか。


 試したいことが、もういくつも浮かんでいる。


 アリソンとイーサックは、刀そのものを見ていた。

 ウルスナとカリーナは、同じ刀を別のものを見るような目で見つめている。


 俺は長くなった鞘へ刀を納め、明日の稽古場で抜く瞬間を想像した。

やっぱり武器は刀が好き


下の☆ボタンで応援してくれたら幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。