第十一話 刀の言葉
「どうだった?」
王宮の廊下を戻ってきたディアルへ、俺は尋ねた。
ディアルはさっきまで、姉のハリエットへ白い魔獣のことを相談していた。
「なぜか姉上は残念がっていた」
「残念?」
「理由は言わなかった」
何が残念なのかは分からない。
中庭では、白いたてがみを持つ一角の獅子が伏せている。
ゼノア。
アストールから戻った後、ディアルが白い魔獣へつけた名前だ。呼ばれると顔を上げ、ディアルが歩けば当然のようについてくる。
今回もディアルの帰りを待ちながら、長い尾を一度だけ地面へ打ちつけた。
ディアルが中庭へ出ると、ゼノアはすぐに立ち上がって隣へ並ぶ。
その反対側から、アリスがそっと白いたてがみへ手を伸ばした。
ゼノアは振り返り、アリスの手を一度見る。
アリスが期待した顔になる。
けれど、ゼノアは静かにディアルの向こう側へ回った。
「またですか」
「昨日より少し長く見てくれたよ」
「フィルには聞いていません」
進歩だと思ったのに、本人は納得していないらしい。
◇◇◇
レアリード王国から招待が届いたのは、その数日後だった。
差出人は、エルフの王フェリックス。
カリーナが実家へ送った手紙から、俺の神樹武器が刀へ変化したことを知ったらしい。
「本当に知られた」
「実家に近況を知らせただけなのですが」
カリーナは困ったように笑う。
家族へ近況を知らせるのは、普通のことだ。
ただ、その話が国王にまで届くのは、思っていたより早かった。
招待は、俺だけに向けたものではなかった。
フェリックスの孫であるディアルとアリス、それに俺を、レアリードの王都へ迎えたいと書かれている。
「お祖父様に会うのは、久しぶりです」
アリスは素直に嬉しそうだった。
ディアルも表情こそ大きく変えなかったが、招待を断る気はないらしい。
俺は腰の刀へ手を置いた。
強い者や珍しい力を、自分の目で確かめたがる王。
ハーバード様の言葉を思い出すと、楽しみだけとは言い切れない。それでも、エルフの国と、その王には興味があった。
王都に残るイーサックへ見送られ、俺たちは南へ向かった。
同行するのは、俺とディアル、アリス、アリソン、ウルスナ、カリーナ。それからゼノアだ。
馬車での旅は、およそ二週間。
街道を進み、町で休み、また馬車へ乗る。ゼノアは馬車の中へ入ろうとはせず、ディアルの乗る馬車の横を走った。夜になれば、その近くで丸くなる。
国境を越えると、行き交う人の中に長い耳を持つ者が増えていった。ゼノアはどこでも目を引いたが、招待状を見せれば止められることはなかった。
白い髪を隠すため、町や関所ではフードを深くかぶった。それでも俺へ視線を向ける者はいたが、王家の馬車を呼び止めてまで確かめようとする者はいない。
長い旅ではあったけれど、行き先が近づくにつれ、道の周りには木々が増えていった。
最後に現れたのは、木と太い蔓を組み合わせた大きな防壁だった。
壁の向こうにあるのが、レアリードの王都マドリー。
門をくぐると、石造りの建物の間にも樹木が残り、枝を渡すように道が続いている場所もあった。王都なのに、森の中へ街が入り込んでいるように見える。
「珍しいですか?」
カリーナに尋ねられ、俺は頷いた。
「うん。歩いてるだけで、上も見たくなる」
「転ばないようになさってくださいね」
先に言われたので、素直に前も見ることにした。
◇◇◇
王宮へ着くと、広い部屋へ案内された。
俺はフードを下ろし、ディアルたちと一緒に中へ入った。
奥で待っていた男が、俺たちを見る。
淡い緑色の髪と、エルフらしい長い耳。体つきは引き締まり、立っているだけなのに隙がない。
見た目は若い成人で、ディアルとアリスの祖父だと言われなければ分からなかったと思う。
腰には、大きく湾曲した剣を下げている。
「久しぶりだな、ディアル、アリス」
フェリックスの声は穏やかだった。
「お久しぶりです、お祖父様」
「お会いできて嬉しいです」
ディアルとアリスが順に礼をする。
フェリックスは二人の前まで来ると、顔を見て笑った。
「二人ともしっかり成長してるみてえだな。精進しろよ」
ゼノアはディアルの隣で座り、フェリックスを見ていた。フェリックスも一本角の獅子へ一度だけ目を向けたが、今は何も尋ねなかった。
フェリックスは二人へ頷き、それから俺へ視線を移した。
ただ見られただけなのに、背筋を伸ばしたくなる。
「お前がフィルか」
「はい。お招きいただき、ありがとうございます」
「俺がフェリックスだ。話は聞いている。だが、手紙で聞くのと自分で見るのは違うからな」
軽い口調なのに、ハーバード様の注意がすぐ頭へ浮かんだ。
フェリックスの目が、俺の腰の刀へ下りる。
「それが、姿を変えた神樹武器か」
「はい」
答えた直後だった。
鞘に収まった刀の内側で、魔力が大きく動いた。
俺はまだ何も流していない。
刀身が薄く魔力をまとい、鞘越しにもぴりつくような気配が伝わってくる。
向かいでは、フェリックスの大きな曲剣も同じように魔力をまとっていた。
どちらも抜かれてはいない。
それでも、二振りが互いを押し返そうとしているのは分かった。
部屋の空気が、少しだけ重くなる。
ウルスナとカリーナが表情を引き締めた。アリソンも俺たちと二振りの位置を静かに見ている。
フェリックスは驚かなかった。
曲剣の柄へ手を置き、いつものことを収めるように撫でる。
「落ち着け。今日は斬り合うために呼んだんじゃない」
曲剣を覆っていた魔力が、ゆっくり薄くなった。
俺の刀は、まだ鞘の中で魔力をまとっている。
「君も、めっ」
俺は自分の刀の柄を、指先でぺちっと叩いた。
少し遅れて、刀の魔力も引いていく。
フェリックスは俺の手元を見て、口元を緩めた。
「そいつとは、もう話せるのか?」
「話す?」
俺は刀とフェリックスを見比べた。
「刀と、ですか?」
「ああ」
「……話せるんですか?」
「俺のはよく喋るぞ。今も、お前の刀に文句を言ってる」
フェリックスが腰の曲剣へ手を置く。
俺もそちらへ耳を澄ませてみたが、何も聞こえなかった。
「聞こうとしても無駄だ。こいつの言葉が分かるのは俺だけだからな」
「自分の武器とだけ話せるってことですか?」
「そういうことだ」
刀に意思があることは知っていた。
けれど、言葉まで交わせるとは思っていなかった。
「どうすれば話せるようになるんですか?」
「武器に認められて、お前もそいつを認めることだ」
俺は柄へ目を落とした。
大切にはしているし、もっと使いこなしたいとも思っている。それで認めたことにはならないのだろうか。
「お前は、こいつと話したいのか?」
「はい。何を考えてるのか、聞いてみたいです」
「なら、まずはそいつと向き合え。時間はあるだろ」
俺は頷き、柄へそっと触れた。
最初に何を話してくれるんだろう。
さっき叩いたことへの文句だったら、先に謝っておこう。
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