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おひとりさま歴33年、白髪の忌み子に転生しました  作者: 花金男爵


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第十二話 戻った短刀


 刀の柄に触れた指へ、さっきと同じかすかな感触が残っていた。


 そこへ、広間の壁際から硬い声が飛んできた。


「陛下。恐れながら、申し上げたいことがございます」


 控えていた騎士が一歩進み出る。


「なんだ」


「その武器についてです。先ほどは陛下の御剣と争うように魔力を放っておりました。まだ意思疎通もできぬのであれば、陛下のおそばへ置くのは危険かと」


 騎士は俺ではなく、フェリックスへ向かって話していた。


 言っていることは分からなくもない。俺だって、刀が勝手に魔力をまとった時は驚いた。


「陛下の御剣は、陛下のお言葉ですぐに静まりました。しかし、そちらは子供が叩いてようやく止まっただけです」


「子供が持ってるんだから、そこは仕方ないと思います」


 騎士が初めて俺を見た。


「そういう意味で申し上げたのではない」


「違いましたか」


 少しだけ眉間のしわが増えた。話をややこしくしてしまったらしい。


「今は落ち着いてますよ」


 そう言って、鞘の上から刀を軽く押さえる。


「危なくなったら、俺が止めます」


「ここは陛下の御前だ。一度、その武器を預けてもらいたい」


「それはできません。俺の武器ですから」


「管理できぬ者が持ち続ける方が危険だと言っている」


「まだ話せないだけで、管理できないと決まったわけじゃないですよ」


 騎士の視線が、刀から俺の髪へ移った。


「止められると、どうして言い切れる」


「さっき止まったからです」


「戯れのように柄を叩いただけだろう。次も同じとは限らない」


「その時は、別の方法を考えます」


 俺が答えるたび、騎士の顔が険しくなる。


 少し心配性な人らしい。王様のすぐ近くを守るなら、そのくらいの方がいいのかもしれない。


 けれど、騎士はそこでやめなかった。


「そもそも、白髪の男に神樹の武器を持たせること自体が――」


「お言葉が過ぎます」


 カリーナの声が重なった。


 いつもの柔らかさはなく、騎士を真っ直ぐ見ている。


「フィル様はレアリード王国の招待を受け、ここへいらしたお客様です」


「だが、伝承では白髪の男が神を殺し、災いを――」


「そこまでだ」


 フェリックスの声が落ちた。


 同時に、腰の刀が震えた。


 柄を押さえた手の下で、魔力が一気に膨れ上がる。


 さっき曲剣へ向けていたものとは比べものにならない。鞘に収まったままの刀から、鋭い圧が騎士一人へ叩きつけられた。


 騎士の息が止まる。


 剣へ伸びかけていた指も、踏み出そうとしていた足も、その場で固まった。何かに縛られているわけではない。それでも、体が命令を聞かないようだった。


 広間全体へ向けた威圧ではない。


 目の前の騎士だけを狙い、逃げ道まで塞ぐような圧だった。


 騎士の額に汗が浮かぶ。顔から血の気が引き、膝までわずかに震え始めた。


「やめろ」


 俺は柄を強く握った。


 けれど、刀から放たれる圧は消えない。


「聞こえてるだろ。もうやめろ」


 さっきは軽く叩けば止まった。今度は、同じようにはいかなかった。


 刀が何を考えているのかは分からない。


 それでも、騎士はまともに息もできず、立っているのがやっとだ。このまま圧を受け続ければ倒れるかもしれない。


 失礼なことを言われたとしても、ここまでやっていい理由にはならない。


 俺の刀なら、俺が止めなければならない。


「いい加減にしろ」


 止まらない刀へ、少し本気で腹が立った。


 今度は軽口ではない。


 膨れ上がった魔力へ押し返すように、柄から自分の魔力をぶつける。


 刀が手の中で大きく震えた。


 騎士へ向かっていた圧はまだ消えない。俺も魔力を強める。


 加減を誤れば、今度は俺の魔力が周りへあふれる。


 刀の外へ漏らさないよう、柄と鞘の内側だけへ流れを絞った。圧を止めるために必要な分だけを、途切れさせず送り込む。


「止まれ」


 短く言うと、刀の魔力が途切れた。


 騎士の肩が大きく上下する。止めていた息を吐き、よろめきながらも自分の足で立っていた。


 もう危険はない。


 それを確かめたところで、俺もすぐに魔力を止めた。


 その瞬間、握っていた柄が手の中で動いた。


「え?」


 長かった柄が、滑るように縮んでいく。


 腰の鞘も同時に形を変え始めた。刀を収めたまま長さを失い、鞘の内側では刀身まで短くなっていく感触がある。


 俺は落とさないよう、慌てて両手で抱え直した。


 数秒もかからなかった。


 腕の中に残ったのは、五歳の誕生日にディアルからもらった時と同じ、短刀と鞘だった。


「戻った?」


 柄を握り直す。


 長さも重さも、覚えている。初めて魔力を流す前の姿だ。


 刀の柄に慣れた手には、ずいぶん短く感じられた。けれど、木目のような模様も指へ返る硬さも、間違えようがない。


 鞘の表面を指でなぞる。ひびも欠けもなく、無理に縮められたような歪みもない。中の刃も、収まりが悪くなった様子はなかった。


 壊れたのではない。ただ姿が戻った。それだけは分かる。


 ごく少しだけ魔力を流してみた。


 手の内へ、かすかな感触が返ってくる。


 けれど、短い柄も刀身も変わらない。


「魔力を流せば、刀へ戻ると思ってるのか?」


 フェリックスに尋ねられ、俺は短刀から顔を上げた。


「分かりません。でも、最初に刀へ変わった時は、魔力を流しました」


「そうか」


 フェリックスは短く答えると、ようやく呼吸を整えた騎士へ顔を向けた。


「武器を警戒したところまでは仕事だ。だが、俺が招いた客を白髪だけで侮辱するのは違う。分をわきまえろ」


「……申し訳ございません」


 騎士は青い顔のまま、俺とカリーナへ頭を下げた。


「フィル様、カリーナ殿。大変失礼いたしました」


「俺は大丈夫です。それより、どこか痛くないですか?」


「ございません」


 声は少しかすれていたけれど、立ち方は戻っていた。


 フェリックスが顎で扉を示す。


「今日はもう下がれ。頭を冷やしてこい」


「はっ」


 騎士はもう一度深く頭を下げ、広間を出ていった。


 扉が閉じると、フェリックスが俺を見る。


「あいつを止めたことは間違ってねえ」


「止めなかったら、騎士の人が倒れていたと思います」


「俺もそう思う。だから、その判断を責めるつもりはねえよ」


 先に言い切られて、俺は少しだけ肩の力を抜いた。


 フェリックスは俺の手元を指す。


「だが、お前はあいつが怒った理由を分かってるのか?」


 短刀を見下ろす。


「分かりません。さっきもフェリックス様の剣に威嚇してましたけど、あれよりずっと強かったです」


「どのくらい怒ったかは分かっても、何に怒ったかは分からねえんだな」


「はい」


「俺にも分からねえ。そいつの声は聞こえねえからな。勝手に答えを決めても意味がねえだろ」


「でも、俺にはまだ聞けません」


「だから、今の騒ぎで全部分かれとは言ってねえ」


「じゃあ、どうすればいいんですか?」


「今後、ちゃんと向き合え」


 短い答えだった。


「意思があると知っていながら、どうすれば言うことを聞くか、そればかり考えてなかったか」


「言うことを聞いてもらわないと、武器として使えません」


「武器として使うならな」


 フェリックスが短刀を指す。


「そいつが姿を変えた時、お前はまず何をした?」


「壊れていないか見てから、魔力を流しました。刀に戻るかもしれないと思ったので」


「そういうところだ。短刀へ戻ったこと自体も、そいつが何かを伝えようとした結果かもしれねえ。理由は俺にも分からんが、戻し方だけ考えて終わるな」


 フェリックスは腰の曲剣の柄へ手を置いた。


「だが、お前はそいつと話したいんだろ。なら、従わせる道具としてだけ見るのはやめろ。何かを伝えようとしたなら、分からなくても受け止めろ。危ねえ時は、今みてえに止めればいい」


「止めることと、認めることは両方できるんですか?」


「できなきゃ、意思のある武器なんか持てねえよ」


 フェリックスの曲剣は、今は静かに鞘へ収まっている。


「俺は、この短刀を大切にしてます。ディアルからもらってから、手入れもしてきました」


「大切に扱うことと、ひとつの相手として認めることは同じじゃねえ」


「何が違うんですか?」


「それを自分の武器と向き合って考えろ。俺の答えを真似しても、お前とそいつが認め合ったことにはならねえだろ」


 きっぱり言われて、続ける言葉がなくなった。


 手の中には、かつての姿へ戻った短刀がある。


 刃の拭き方も、鞘の手入れも、魔力の流し方も知っている。


 けれど、ひとつの相手として認めるには、何から始めればいいのだろう。


 答えの出ないまま、短刀の重さだけが手に残った。

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