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おひとりさま歴33年、白髪の忌み子に転生しました  作者: 花金男爵


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第十話 にぎやかな帰還


 アストールを発つ朝、俺は借りていた部屋で鞄を閉じた。


 忘れ物がないか、寝台の下を覗き込む。棚の上も確かめてから、最後に刀を腰へ差した。


 窓の外には、白い魔獣が座っている。


 真っ白なたてがみを風に揺らし、家の入口をじっと見ていた。ディアルが部屋を出ると、すぐに顔を上げる。


「お前も来る気なんだね」


 俺が外へ出た時には、もうディアルの隣に並んでいた。


「出発の準備は、一番早かったみたいだ」


「荷物がないからな」


 ディアルが答え、頭を撫でる。魔獣は目を細めた。


 俺もたてがみへ手を伸ばそうとしたところで、後ろから声がかかる。


「フィル様。ご自分の荷物をお忘れです」


 ウルスナが、部屋に置いたままの鞄を持って立っていた。


「……ありがとう」


 忘れ物は確かめたのに、その荷物を忘れるところだった。


 ◇◇◇


 里の入口には、ハーバード様が見送りに来ていた。


 俺は腰の刀へ手を添え、頭を下げる。


「刀の使い方を教えていただき、ありがとうございました」


「うむ。まだ余計な力が入る時はあるが、来た時よりはましになったぞ」


「最後くらい、素直に褒めてもらえるかと思いました」


「はっはっは! 続きは次に来た時じゃな」


 次に来るまでに、直されたことをどこまで減らせるだろう。


 刀は前より手に馴染むようになった。けれど、教わった通りに振れたと思う時と、そうでない時は、まだある。


 帰ってからも練習しよう。


 ハーバード様は笑いを収めると、俺の顔を見た。


「それから、フィル。エルフの王、フェリックスには気をつけるのじゃぞ」


「エルフの王様に、ですか?」


「あやつは、強い者や珍しい力を見れば、自分の目で確かめたがる。おぬしの刀が姿を変えたと知れば、放ってはおかんじゃろう」


 俺は腰へ目を落とした。


「見るだけでは終わらない、ということですか」


「まず、それだけでは済まんじゃろうな。悪い男ではないが、相手を試すのが好きな男じゃ」


 その言い方には、妙な実感がこもっていた。


「会うことがあれば、気を抜くでないぞ」


「分かりました。まあ、まだ知られてはいないでしょうし……」


「あ、それでしたら」


 カリーナが口を開いた。


「刀が変化したことは、実家への手紙に書きましたよ」


「……もう送ったの?」


「はい。こちらへ出発する前に」


 返事が早い。


「フィル様がいらした時から、時々お話ししていたんです。立派な刀になりましたから、きっと驚くと思いまして」


 カリーナは、嬉しそうに俺の刀を見ていた。


 家族に近況を知らせただけだ。そう思えば、何もおかしくない。


 ただ、今の話を聞いた直後だと、少し気になる。


「ご実家から、どなたの耳へ届くかは分かりませんね」


 アリソンが穏やかに言った。


「今、それを言わないでほしかった」


「備えておくに越したことはございません」


 もっともなことを言われてしまった。


 ハーバード様が、俺の背中を軽く叩く。


「知られる前から心構えができたと思っておけ」


「できれば、もう少し気楽に帰りたかったです」


 その時、後ろから声がかかった。


「ディアル様」


 振り返ると、ヴェルツが立っていた。


 背には荷物を負い、腰には剣を下げている。俺たちと同じ、旅支度だった。


「その荷物は何だ」


「王都まで同行させてください。俺を、あなた様の騎士団へ加えていただきたいのです」


 ヴェルツは背筋を伸ばしていた。荷物の紐を握る手に、力が入っている。


 ディアルが向き直る。


「理由は?」


「あなた様のそばで、強くなりたい」


 答えはすぐに返ってきた。


 ディアルから目をそらさず、次の言葉を待っている。


 しばらくその顔を見ていたディアルが、イーサックへ視線を向けた。


「イーサック。どうだ?」


「ここにいる間、稽古は見てきた。まだ教えることは多いがな」


 イーサックは腕を組み、ヴェルツを見る。


「見習いからなら雇ってやる」


「はい!」


 大きな返事に、イーサックが少し笑った。


「では、一緒に来い」


 ディアルが言うと、ヴェルツは深く頭を下げた。


「ありがとうございます!」


「王都へ着いたら、まず俺のところだ。分からないことを勝手に決めるな。聞け」


「分かりました」


 イーサックの言葉を聞き、ヴェルツが荷物を背負い直す。


 さっきまで固かった顔に、ようやく笑みが浮かんだ。


「じゃあ、帰りは一緒だね」


「はい。よろしくお願いします」


 俺にまで勢いよく頭を下げるので、つられてこちらも頭を下げてしまう。


 横でアリスが小さく笑った。


 ハーバード様への挨拶を済ませ、俺たちは竹林の道へ足を向ける。


 来た時より、一人と一頭増えていた。


 ◇◇◇


 帰りの森では、ヴェルツがイーサックの少し後ろを歩いていた。


 休憩の場所が決まると、自分の荷物を下ろし、すぐにイーサックのそばへ行く。


「何かすることはありますか」


「そうだな。水を配ってくれ」


「はい」


 ヴェルツが杯を並べる。俺が受け取ろうと手を伸ばすと、横から白い鼻先も近づいてきた。


「お前には小さいよ」


 俺の手にある杯へ、魔獣が鼻を寄せる。


 たしかに、この口では少し飲みにくそうだ。


「大きな器なら、こちらにございます」


 アリソンが出してくれた器を、ヴェルツが受け取った。ディアルのそばへ置いて水を注ぐと、白い魔獣もそちらへ移る。


 ひとまず俺の水は守られた。


「お前も飲めよ」


 一通り配り終えたヴェルツへ、イーサックが声をかける。


「まだ平気です」


「休める時に休むのも仕事だ」


 ヴェルツは少し姿勢を正してから、自分の杯を持って腰を下ろした。


「はい」


「返事はいいな」


 イーサックが隣へ座る。


 俺は水を飲みながら、二人を眺めた。


 王都へ着く前から、もう見習いの生活は始まっているらしい。


 ◇◇◇


 森を抜けた後は馬で街道を進み、やがて王都の城壁が見えてきた。


 行きには遠く感じた道も、帰りは見覚えのある景色が一つずつ増えていく。


 門の兵士は白い魔獣を見て身構えたが、イーサックが前へ出て事情を話した。兵士はディアルの隣でおとなしく待つ姿を確かめ、それから道を開けてくれた。


 街を抜け、王宮へ入る。


 馬を下りて見慣れた中庭へ足を踏み入れた時、ようやく肩の力が抜けた。


「帰ってきた」


「お疲れになりましたか?」


 ウルスナに尋ねられ、俺は首を振る。


「少し。でも、楽しかった」


「それはようございました」


 ウルスナが、ずれていた俺の鞄を直してくれる。


「ヴェルツ。荷物を置く場所へ案内する。その後で、詰所へ行くぞ」


「はい、イーサック様!」


 ヴェルツは初めて見る建物を見上げていたが、呼ばれるとすぐに後を追った。


  ディアルのそばでは、白い魔獣が中庭の地面を嗅いでいる。


 その隙に、アリスが反対側からそっと手を伸ばした。


 あと少しで、白いたてがみに触れる。


 指先で、ぱちっと小さな音がした。


「きゃっ!」


 アリスが手を引っ込める。


 魔獣は顔を上げ、何事もなかったようにディアルへ身を寄せた。


「今、びりっとしました」


「見えてたよ」


「どうして、わたくしだけ……」


 アリスが指先をさすっていると、カリーナが隣にしゃがみ込んだ。


「いいですか? こういうのは、こちらから愛を持って接すれば応えてくれるのです」


 そう言って、両腕を広げる。


 魔獣が顔を向けた。


 カリーナはにっこり笑い、その白いたてがみへ抱きついた。


「ほら、怖くありませんよ。仲良くしま――」


 ばちん、と先ほどより大きな音がした。


 白い毛の間で青白い光が弾ける。


「ひゃあっ!」


 カリーナが両腕を離し、勢いよく飛び退いた。


 何度も手を開いたり閉じたりしてから、自分の指先を見下ろす。


「……お返事が、少し強いですね」


「今のは、嫌だって言ったんだと思うよ」


 魔獣は追いかけることもなく、ディアルの隣に座った。たてがみに、もう電気は見えない。


 ディアルが頭へ手を置くと、気持ちよさそうに目を細める。


「ディアル様には、何もしないのですね……」


 カリーナが呟いた。


 その隣で、アリスが小さく頷く。


「愛だけでは駄目みたいです」


「まだ、一度目ですから」


「もう一度はやめておいた方がいいと思う」


 俺が言うと、ウルスナも静かに頷いた。


 帰ってきたばかりの中庭で、アリスとカリーナが並んで手をさすっている。その前では、ディアルが白い魔獣を撫でていた。


 帰ってきた場所は同じなのに、ずいぶん賑やかになった。


 明日からも、退屈せずに済みそうだ。

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