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心喰い  作者: ラム肉
第一章
13/35

狭間

「…え?」


「おい、どうした。大丈夫か?」


部屋から聞こえる神無の声に、僕は壁越しに返事をする。


「いや、うん多分…」


僕は止めようとして手が当たってしまった。ほんとにそれ位の感覚だった…


「どうしたの?…」


菫さんが口から少し血を垂らしながら部屋の扉を開け、僕に対してそう言い、こちらを見た。


「…」


暫く無言の時が過ぎる。夜は静かだ。

今ならどれだけ叫んでも、夜の闇が音を消してくれそうと思える程に。


さっきまで動揺していたが、いつの間にか落ち着いていた…

いつの間にか匂いがする。菫さんの能力か。


「菫さんありがとうございます」


「いやいや、勝手に何があったか想像してやったお節介だから。気にしないで」


「おい、そろそろ帰るぞ」


「うん」


――あれから数日。

僕は菫さんの拠点の一室を借りて引きこもっていた。

時折菫さんや神無が、扉越しに話しかけに来てくれるが返事をする元気もあまりない。


今でもまだ、手に感触が残っている。


いや、僕が滅入っているのは多分そこじゃない。

僕は壁にぶつかって血が飛び散ったあの子を、一瞬美味しそう…と思ってしまった。

多分あの子に対してではなく、人間の血に対してだろうが。

それでも僕は無意識に、しかし勝手にあの子の人生を奪ってしまった。

しかも、まだ僕の生きた年月の、三分の一にも満たないような幼子をだ。


菫さんは優しく君のせいじゃないと言ってくれる。

神無は慣れろと言ってくる。


僕は菫さんの言ってくれた言葉を望んでいたのかもしれない。しかし今僕に必要なのは神無の言葉だった。


今の僕はもう人間じゃない。

人間の血を得て生きる、喰らう者だ。

ならばいっそ人を人と思わず家畜だと思おうか、もしくはそういうものだと受け入れるべきか。


何度もそんな考えが頭をよぎった。僕がその考えを実行出来たらどれだけ楽だっただろうか。

しかし後悔に苛まれてか、一向に決心が出来ない。

今僕は、人間と喰らう者の間で揺れ動いている。


喰らう者に染まることへの決心がつかないのには、もう一つ理由がある。

頭の片隅にずっと「これだと堕天使が僕にした事と同じじゃないか」という考えが留まっている。

あいつは一人僕らは三人だった。されど僕らはあの子の親の血を得て、あの子を殺めてしまった。あの時の僕と同じように何も分からないまま…


そんな事を何日も繰り返し繰り返し考えていた。


このままじゃダメだ。ちょっと外に出よう。


そう思い僕は部屋を出ると、ちょうど菫さんと神無がどこかから戻ってきた所だった。


「お、もう大丈夫…って訳でもなさそうだな。どうした?」


「いつまでも部屋で考えてても分からないからちょっと外に出ようと思って」


「確かに、そうした方が良いかもね」


「顔は見られないように気を付けろよ」


「大丈夫バレないようにするよ」


「いや、そうじゃなくてな…まぁいい。俺らがついて行っても逆効果だろう。行ってこい」


「行ってきます」


僕がそう言い玄関の扉を開けると神無がもう一度声をかけてくれた。


「別にお前が今感じてる罪悪感は悪い訳じゃねぇ。お前は人間としてまともなだけだ。だが人間としてじゃ喰らう者の世界では生きていけねぇ。だからと言って無理に答えを出す必要も無い。何も考えず過ごす時間も大事だぞ」


「…ありがとう」


僕はそう言い残し外へ出た。


外へ出ると、もう周りは真っ暗だった。街灯も、家の明かりもついていない。


僕は神無に言われたように何も考えず、とりあえず歩く事にした…いや、視界に映る綺麗な月と星が、自然とそうさせたのかもしれない。


――暫く歩くと、段々と周りが明るくなり始めた。

日が昇り始めた訳ではない。

街灯やコンビニ、会社の光。人類の文明の光でだ。


(月はこんなに見えないものだったんだな)


周りが明るくなって僕はそう思った。確かに明るい方が人が生きるのには便利だ。しかし月や星の明かりを眺めるには邪魔でしかない。


そう考えると、人間も見るものや状況によって善悪は変わるのかもしれない。

もしやこれが性善説と性悪説か。


そんな事を考えて歩いていると、少し暗い場所から何か声がした。

見てみると、街灯の下に明るく照らされた女二人と男五人が何やら揉めている様だった。


(まぁ、僕には関係ないしな)


そう思い通り過ぎようとした時、女の一人が男に突き飛ばされた。


仕方ない。


理由を考える前に、僕は男と女の間に割って入った。


「何かあったんですか?」


僕がそう聞くと、男の一人が僕を睨みながら怒鳴ってきた。


「あ?なんだてめぇ。てめぇに関係ねぇだろ!すっこんでろガキンチョ!」


前の僕ならこれで逃げていたかもしれない。

しかし花屋の圧を経験したからか、喰らう者になったからか、もしかすると人間を殺めたからかは分からないが…

不思議と何も感じない。


「いや、流石に言い争ってるのは見過ごせないですよ」


僕がそう言うと、そいつは「なんだてめぇ」と言いながら胸ぐらを掴んできた。が、僕の顔が街灯に照らされた瞬間


「ヒッ」


と声を出して逃げていった。


「あの…大丈夫ですか?」


僕がそう女二人に話しかけるとさっきの男のせいで腰が抜けたのか手で後ろに逃げようとしている。

僕が手を差し伸べると


「ひぃっこっちに来るな化け物!」


と、叫ばれた…

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