第58話 黒竜とレイド
レイド視点
ジュナ様からの思わぬ手紙を受け取った日、すぐにロゼッタの祖父…ブルメディア公爵宛に手紙を書いて送った。王都の別荘に宛てたのでその日のうちに届いたはずだが、丸二日経っても返事はない。返事がすぐに来るわけではないと思いながらも、状況が状況なだけに焦りが募る。
自分に落ち着けと言い聞かせつつ仕事をこなし、そして、ここへ来れないロゼッタの代わりに彼女のパートナーの様子を見に来た。
「黒竜もはやくロゼッタに会いたいはずだよな。」
俺が扉に鍵を差し込む脇でラルフが言う。ラルフもロゼッタのパートナーの様子を気にして一緒に来ていた。
「そうだな。眠ってはいるが、ロゼッタがしばらく来ていないことには気付いているだろうな。」
俺達は最近、ここに毎日通っている。はじめの日に管理人のガランさんに会い、ロゼッタの代わりに彼女のパートナーの様子を見たいと話した。するとガランさんは知っていたかのように幼竜舎の金色の鍵を俺に手渡した。ガランさんはずっと幼竜舎に通っていたルーカス殿下とも関わりがあるから、あらかじめ事情を知らされていたのかもしれない。
幼竜舎に入ると緑の香りに包まれる。ここはあいかわらず森を切り取ったような場所だ。
俺達が入って来たことに気が付いた幼竜が数頭駆け寄ってきて足下で嬉しそうに戯れる。ここの幼竜達は本当に人懐こく育っていて、よく愛されていることが伝わってくる。可愛らしく甘える幼竜達を見ていると波風が立つ心が少し癒される。
『遊びに来たのー?』
中には大人の竜のように俺達と話ができるようになった幼竜もいる。今までは幼竜の言葉が分かるロゼッタを通して会話をしていたが、直接やり取りができることは嬉しく、彼らの成長が喜ばしい。
「ああそうだ。あと、ロゼッタのパートナーにも会いに来た。」
そう返事をすると、その子は、中央で眠る黒竜のところへ駆けていく。
『おじいちゃん起きてー!』
幼竜達は相変わらず親しみを込めた呼び方をしている。成体の竜ならば恐れるはずの古竜に向かってそんな態度を取れるのだから怖いもの知らずだ。
ロゼッタのパートナーの身体によじよじと登りはじめるのを微笑ましい気持ちで見つめ、そちらへ歩いていく。隣のラルフも、幼いからこそ許される行為を見て可笑しそうに笑っている。
ロゼッタのパートナーの目の前まで来てその様子をうかがうが、今日もいつもと変わらず眠っているようだ。腹部が呼吸に合わせて規則正しく動いている。
『あれー?起きないや。』
それを幼竜は不思議そうに小首を傾げて見ている。俺達が知らないだけで、起きた時に幼竜達の遊びに付き合うこともあるのだろうか。
はじめは、ロゼッタのパートナーがそこにいるだけで威圧感を覚えていたが、何にも囚われない自由な幼竜達のおかげで今は少し慣れた。大きな身体に黒い鱗、しっかりとした骨格の丈夫さが見て取れる身体の輪郭…。
生き物としてより強いものへの本能的な恐怖を抱くとともに、姿形の美しさに感嘆する。恐ろしくも美しいとは、こういうことを言うのだろう。
少しの間ロゼッタのパートナーを見つめた後、ラルフが近くの岩に座った。俺もそれに倣う。
「公爵からの返事はまだ来ないんだよな。」
ラルフが言った。
この場所は立ち入れる人が限られているので、人に聞かせたくない話をするのにも向いている。
「ああ。返事を検討されているだけなら良いんだが…。もしかしたら、ロゼッタに会わせたくない理由があるのかもしれない。」
俺ではロゼッタに釣り合わないのかもしれない。
焦る気持ちから、ネガティブなことばかり考えてしまう。足元に寝そべった幼竜の頭を撫でながら言うと、ラルフは首を傾げた。
「そうかな?俺からしたらレイドは信頼できるやつだと思うし、訓練生の時から一緒で知らない仲じゃない。会わせたくないとまで思うか?」
「……。」
返答しようがない。公爵からの返事がない以上、俺には分からないのだ。しかし…。
「そもそもの話、手紙は届いたのだろうか。」
「え?だって、出したんだろ?手紙。」
書き上げた手紙を家の使用人に渡した。届けられるまでの間に何かがあって、手紙が届かなかったとしたら?それが事故か、または仕組まれたものか。
「事故か故意かは分からないが、手紙の到着を妨害された可能性もある。どうしてもロゼッタを国の中枢に入れたい人間ならやりかねない。」
「…そこまでやるか。」
少しの沈黙の後、ラルフが再び口を開いた。
「碧の国のお姫様のことはどうなったんだ?」
ラルフにはジュナ様のことについても話してある。俺が寄宿舎に帰ってきて早々にラルフが部屋を訪ねてきて、それはもう心配そうにしていたものだから事情を話した。俺としてはこっそり相談する相手が欲しかったし、ラルフは口が堅いから信用できるとも思った。
「まだ父は陛下への相談を待ってくださっているはずだ。それがいつまでかは分からないが…。」
「そっか…。ロゼッタはルーカス殿下から求婚されるし、レイドは蒼の国のお姫様から求婚されるし、いろんなことが同時に起きすぎてついていけないよ。」
ラルフはそう言って後ろに手をつき宙を見上げる。
ついていけないのは俺もだ。でも、何もしないでいたら取り返しがつかないことになるかもしれない。
「俺は心配だよ。たとえレイドにお姫様への気持ちがなくても、偉い人達が結婚しろって言ったら結婚させられるんじゃないかって…。いくら竜騎士は無碍に扱われないって言っても、国同士の結びつきを強くするなんて理由を掲げられたら断れないんじゃないか?」
ラルフの言う通りだ。この話を陛下やその周りが利益になると考えたら、半ば命令のような形で婚姻を結ぶことになるかもしれない。
「…少し前の俺なら、国のため家のためのに抵抗しなかった。どうでもいいことだと受け入れたと思う。…でも今は、抗いたい。」
目的のための駒として個人の未来が勝手に決められてしまう理不尽に抗いたい。そう思えるようになったのは、俺自身を見てくれる人達がいると気付かせてくれたロゼッタのおかげだ。そして願わくば、俺はそんな彼女とこれから先を一緒に歩んでいきたいと思っている。
俺の言葉を聞いて、ラルフは表情を緩めた。
「うん。レイドが自分のことを大切にするようになって良かったよ。」
思わぬ言葉をかけられて少し驚く。そんな俺を他所にラルフは言ったら満足したのか、しゃがみ込んで足元で戯れていた幼竜をワシワシと撫で始めた。幼竜を犬か何かかと勘違いしているんじゃないかと思う接し方だが、幼竜は嬉しそうに撫でられているのでまあ良いのだろう。
「…どちらにせよ、ロゼッタに会いに行かなくてはいけない。」
楽しそうなラルフ達を見ながら呟いた。
会って、話して、ロゼッタがルーカス殿下との話をどう思っているか聞きたい。そして俺の話も聞いてほしい。俺がロゼッタを大切に思っていることを伝えなくてはいけない。
『会いにいけばいいだろう。』
「だから、公爵の返事がまだ…。」
言いかけて、固まる。あまりにも自然に会話に入って来たから、そのまま返答しそうになった。
すぐ近くから聞こえたのは聞き慣れない声だ。まさかと思って振り向くと、金色の目が俺を見ていた。
驚いて立ち上がる。
「レイド、俺、古竜の言葉聞き取れるようになっちゃったかもしれない。」
同じく立ち上がったラルフが呆然とそう言ったのを聞いて、ロゼッタのパートナーが他の竜のように、俺達に分かる言葉で話しかけたのだと知る。
そんな俺達を見て、黒竜が少し笑った気がした。
『ここには優秀な先生がいるからな。』
黒竜はそう言って、『おじいちゃん起きたー!』と嬉しそうにしている幼竜達に視線を向ける。その言葉と仕草で理解した。人間に伝わる言葉を話せるようになった幼竜が、黒竜にそれを教えたのだ。幼竜達のことは怖いもの知らずだと思ってはいたが、それにしたって肝が座りすぎている。
それに、幼竜が古竜に現代の言葉を伝達したなんて、竜の生態や言語体系の研究に大きな影響を与えるだろう。
驚きと、いろいろなことを考えて固まる俺達のことが見えているのかいないのか、黒竜は独り言のように話す。
『返事だの許可だの、他人に委ねることばかりで人間は面倒だ。』
黒竜の言うことはもっともだが、人間社会とは往々にして面倒なものだ。
黒竜が俺を見た。その金色の瞳に見つめらると、身体の奥を掴まれ身じろぐこともできないような感覚になる。今度は独り言ではなく、はっきりと俺に向かって黒竜は言った。
『会いたいなら会いに行けばいい。そのまま攫ってしまえ。』
歯に衣着せぬ物言いが胸にストンと落ちた。
絡まっていた思考の糸を断ち切ってスッと自分の中に入っていくような、そんな感覚だ。
「そうだけど、そうもいかないだろ…。」
ラルフは小声でそう言って同意を求めるように俺を見たが、俺の答えはもう決まっていた。
「そうだな。会いたいなら会いに行けばいい。簡単なことだ。」
「そうそう…。…って、え!?」
「待つばかりで動けないまま取り返しのつかないことになる方が馬鹿げてる。もし妨害する何かがあるとするなら尚更だ。」
こちらばかり理不尽に振り回されるなんておかしいことだ。常識やマナーに縛られて動けないうちに望んでいないことが進んでしまっては目も当てられない。
黒竜に向き直る。
これまで悩んできたのが馬鹿らしいくらいスッキリして、自分の中で覚悟が決まった。
竜という自由な存在に感化されたからかもしれない。
「ありがとう。」
黒竜は何も答えなかったが、ゆっくりと目を閉じた。




