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竜とともに眠る  作者: 和傘


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第57話 強くあれるのは


アゼリア様が帰られてアルベロさんと二人になった。淹れ直されたお茶は温かい湯気を立てている。口に含むと花のような香りが広がって体のこわばりを和らげた。

アゼリア様とのお話は思ったより緊張していたみたいだ。高貴な方だからというのもあるけれど、話の内容がとても濃かったから。王家の問題についてあんなに自分の意見を言ったのは初めてだ。ふぅと息を吐くと、アルベロさんがわたしを見て言った。


「よく頑張ったね。」


微笑むその顔がほんとうに優しくて、わたしを安心させてくれる。アルベロさんもお茶を一口飲んで、一呼吸置いてから口を開いた。


「ロゼッタが後の世代には何も伝えない方がいいと言って少し驚いたんだ。白銀の町のこともあったから、真実を伝えたいと思っているのではないかと。」


白銀の町のこと…アイラさんが始まりの王弟一族として起こした事件のことは、アルベロさんにも詳細が伝わっている。あの時のことを思い出すと今でも胸が痛い。

わたしもはじめはアイラさんが要求したように真実を話すことが必要だと思っていた。良いことも悪いことも、しっかり後世へ伝えていくべきだと思った。竜に愛された尊い血だと自分達を特別視して、その結果争いを生んでしまったことの責任として。


「最初は真実を話すことが大切だと考えていました。でも、知らなくて良いこともあるんじゃないかって思ったんです。何も知らなければ何も起こらない。逃げるような答えかもしれませんが、わたしにはそれしか思いつきませんでした。あとは…。」


言いかけて口を閉じる。アゼリア様がわたしの話を聞いて、何かを言いかけてやめた気持ちが分かる。アルベロさんの顔をうかがうように見ると穏やかにわたしのことを見つめている。その目が、何を言ってもいいんだよとわたしに言っているように見えて、口を開いた。


「…あとは、子孫を残さないということも考えました。呪いを断つというのなら、物理的に血を残さないことも選択肢の一つです。」


アルベロさんは視線を落としながら頷いた。


「そうだね、それが一番確実だ。血を継ぐ者が生まれなければそもそも力は受け継がれない。…でもそれは、現実的ではないからね。」


アルベロさんの言葉に頷いて同意する。


この国は王族が代々次の王位を継いでいるため、国を維持していくためには子や孫を残していくことが必要だ。その状況を覆し全く別の人が王になるようなことがあればまた変わるかもしれないが、それは絶対に国が混乱し犠牲者が出る。現王に目立った悪政はないから、そもそもそんなことが起きるとは思えないけれど。


それに、子孫を残さないようにするなんて口にすることは身勝手だと思った。わたし自身が子孫を残さないことはわたしの勝手だ。でも、次の世代が必要なはずのイリオス殿下やルーカス殿下にまでそれを要求することはできない。本人達の権利を無視して未来を奪ってしまうことは傲慢だ。


それと、アゼリア様について気になったことがある。


「…あの、もしかしてアゼリア様はご懐妊されていらっしゃいますか?」


「…ふむ、どうしてそう思ったのか聞いてもいいかな?」


否定はされずに理由をたずねられる。やはり妊娠しておいでなんだと思いながら、理由を挙げた。


「今日着用されていたドレスはゆとりがあって、アクセサリーも含めて、体を締め付けるようなものはお召しになられていませんでした。それと、アゼリア様にはそもそも紅茶が出されていませんでした。それで、もしかしたら…と思って、子孫を残さない話は避けたのです。」


はじめ、シンプルでゆとりのあるドレスはお忍びだからだと思った。舞踏会など多くの人の目に晒される場ではないのだから、コルセットで腰の細さを強調するようなドレスでなくても問題はない。でも、指輪も着けていないのはなんだか違和感を感じた。

そして、アゼリア様に出されていたのは果実水だった。外はまだ暑いから清涼感のある飲み物を好まれるのかと思ったけど…。小さな違和感が集まって、もしかしたらと思ったのだ。


わたしの話を聞いたアルベロさんは微笑みながら頷いた。


「ロゼッタはしっかり周りを観察できているね。そして、どういう振る舞いをしたら良いか考えられる。自分の意見も言える。賢い孫で誇らしいよ。」


にこりと笑って褒めてくれた。嬉しいけど少しくすぐったい。


「その通り、アゼリア様はご懐妊されている。此度のことで胸を痛めて体調を崩されてはいけない…。私の領地でゆっくり休んで頂きたいものだ…。」


アルベロさんはため息混じりにそう話した。

アゼリア様ご自身にも、お腹の子にも負担がないようにゆっくり休んでいただきたい。その思いはわたしも同じだ。


しばらくの沈黙の後、アルベロさんがポツリと言った。


「お二人はとても愛し合っているんだ。」


話の流れからお二人とは、イリオス殿下とアゼリア様を指しているのだろう。


「イリオス殿下とアゼリア様の婚姻は、陛下を中心とした国の中枢によって決められたものだ。だがそこに愛がないわけではない。むしろ、お二人はずっと幼い頃から互いを大切に想われてきた。」


わたしはお二人のことについて、一般市民が知っている程度のことしか知らない。イリオス殿下は30代、アゼリア様は20代前半のはず。数年前にご結婚された時には幸せを願う内容の新聞が出ていた。


「アゼリア様は良家のご令嬢だが殿下と少し歳の差があって有力な候補ではなかった。しかしその知識の豊富さ、年齢よりもずっと大人びた態度と冷静さは群を抜いていた。婚約者候補は他にもいたが、アゼリア様は殿下の隣を勝ち取ったんだ。」


「勝ち取った…。」


アルベロさんの言葉を反芻する。

尊い身分の方の結婚は親や周囲の偉い人達によって決められることもあると、身をもって知っている。

アゼリア様が他の有力な候補を抑えて殿下の妃の座を手に入れた背景には、本人の才能もあるけれど、それ以上の努力もあったのだろう。アルベロさんの言葉からそう思う。


「互いを想い合っていたということは、イリオス殿下もアゼリア様を妃にと望まれていたのですね。」


「いいや、最初は違った。大切に想われてはいたが、歳も離れているし、何より重責を負わせたくないと遠ざけたこともあったよ。…それでも、アゼリア様がイリオス殿下の隣を望んだんだ。」


そんな話を聞いてほぅと息を吐く。

なんだかとてもロマンチックな話だ。


「アルベロさん、とても詳しいのですね。」


「ああ…。その頃ちょうど所用で王都にいてね。一緒に来ていたヴィオラがそういう話に耳が早くてな。」


アルベロさんは苦笑いを浮かべてそう言った。

やはり女性は愛とか恋の話が好きな人が多いのだろう。恋する二人を応援するような気持ちで見守っていたのかもしれない。


アルベロさんからアゼリア様達の話を聞いて、よりお二人のことを知った分、お二人が今置かれている状況を思うと胸が痛い。

今回のことを誰よりも嘆き悲しんでいるのはアゼリア様だ。殿下が凶行に及んでしまったことも、心が弱ってしまっているという現状にも、どれだけ胸を痛めたことだろう。


「わたし、もう少しアゼリア様とお話ししたかったです。もっとお互いのことを知って仲良くなれたら…。」


「そうだね、アゼリア様とロゼッタは相性が良さそうだ。きっと仲良くなれるよ。」


アルベロさんは穏やかに言った。そして、わたしに問いかける。


「ロゼッタも、私の領地へ来るかい?」


「…え?」


あまりにも突然に、でもとても自然な流れで言われたものだから、聞き間違いかと思ってしまった。

アルベロさんを見ると、悲しげな目でわたしを見つめていて、聞き間違いではないことを知る。


今まではいつでも遊びに来て良いとは言われていたが、領地に誘われることはなかった。

なぜならわたしはここで竜騎士としての仕事があるからだ。ナクティスもいるし、レイドやラルフだっている。わたしの生活はここを中心に回っているからだ。


アルベロさんは言葉を重ねる。


「つらいことから距離を置いてもいいんだよ。私もヴィオラも、ロゼッタが傷付くのをただ黙って見ていたくはないからね。」


"つらいことから距離を置いてもいい"

その言葉はわたしの胸に優しく響いた。

アルベロさんはわたしに逃げ道を用意してくれるつもりなんだ。わたしのことを本当に心配してくれていて、それが泣きそうなほど嬉しい。


「…ありがとうございます。でも、わたしは大丈夫です。つらくないと言ったら嘘になりますが、わたしはこれを乗り越えなくてはいけないと思うのです。」


望んでこの力を持って生まれたわけではないと言えばそれまでだ。でも、こんなに素敵な人達と家族になることができたのはこの力があったからだ。

自分の体に流れる呪いとそれによって巻き起こる出来事には向き合わなくてはいけないと思う。

それが、先祖返りの竜の力を持って生まれたわたしにできることだと思う。


「大丈夫です。わたしはここで自分のやるべきことをします。」


そう伝えると、アルベロさんは目を閉じた。わたしの言葉を深く受け入れているように見える。


「本当に強い子だ。シンシアに…ロゼッタのお母さんによく似ているよ。」


わたしを見て優しく微笑んだ。

わたしは知らないわたしのお母さん。

肖像画でしかその姿も知らないけれど、外見だけではなく中身も似ていると言われて嬉しい。わたしのことを大切にしてくれているアルベロさんとヴィオラさん、そしてわたしを愛してくれたお母さんと確かに血が繋がっているのだ。自分のルーツが分かるまでずっと根無し草のような心地だったけれど、今は、わたしは愛されて生まれてきたこと、大切に思ってくれる人達がいることの幸せを噛み締めている。


「わたしが強くあれるのだとすれば、それは、アルベロさんやヴィオラさんがいてくださるからです。わたしを大切に想ってくださるから、それに応えようと自分を鼓舞できるのです。」


ありがとうございます。

わたしのことを見つけて、家族として再び迎え入れてくれて。

わたしのことを愛してくれて。


そう思いながら伝えると、アルベロさんの目には涙が浮かんだ。震える唇で笑みをつくって、わたしに微笑みかける。


「歳を取ると涙腺が緩んでいかんな。…そろそろ返事を出してもいいだろう。午後は侍従長と一緒に手紙を書きなさい。明日の朝に王城へ出そう。」


アルベロさんは涙を誤魔化すように少し声を張ってそう言った。

わたしは頷いて返事をした。



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