第55話 ラブレター
レイド視点
思いもよらない情報がもたらされた後、ロゼッタと殿下のことは、公表されない限りその場にいた者達の秘密となった。
団長室から出て、平静を装いながらデスクにつく。今回の任務の後処理などを黙々とこなしながらも、頭の中は一つのことでいっぱいだ。
本当は、すぐにでもロゼッタに会いに行きたい。
しかし、今ロゼッタはアルベロ公爵の別荘にいるはずだ。
貴族間の訪問には少し手順を踏まなければならない。まず公爵へロゼッタへ会いに行くことのお伺いを立て、了承されれば日程調整して訪問することができる。時間がかかってしまうことに焦る気持ちはあるが、婚約の話も今すぐに動くわけではないと自分を落ち着かせる。
それでも、心臓がずっと嫌な動きをして胸の辺りの居心地が悪い。焦燥感に苛まれる。
仕事を終わらせて寮に戻ると、もう夕方になっていた。
「レイド!」
この声はラルフだ。振り向くと、ラルフは俺の顔を見て片眉を上げる。
「やっぱり少し変だ。何か隠してるだろ。」
ラルフはまっすぐに俺を見て言った。それは俺のことを不審がったり、隠されていることを突き止めたいという単なる好奇心でもない。俺のことを心配しての言葉なのだと分かる。人がいないところで話しかけてきたのも俺を気遣ったからだろう。
「本当に人のことをよく見ているな。」
「どれくらい一緒にいると思ってるんだよ。何でもってわけにはまだいかないけど、大体分かるぜ。」
口角を上げてそう言うラルフはいつも通りで、それが少し気持ちを楽にした。
少しだけ迷ったが、ラルフには伝えることにした。
ルーカス殿下の立太子が決まったこと、殿下がロゼッタに婚約を持ちかけていることを話した。立太子のことは言わなくても後々知ることになっただろうが、伝えておいた方がスムーズだ。
案の定、話を聞いたラルフの顔は驚きと困惑に染まった。
「…いろいろと、急展開すぎるだろ。」
ラルフはそう言って、視線を下へ向かた。考え込むように黙った後、口を開いた。
「レイドはどうするんだよ。」
俺の答えは決まっている。
「ロゼッタに会いに行く。公爵の別荘にいるから少し時間が必要だが…。会って、ロゼッタが婚約の話を本当はどう思っているか聞きたい。もしロゼッタが望めば白紙にできる可能性もある。」
俺の言葉にラルフは頷いたが、少し考える仕草をした。
「…レイドはさ、何でルーカス殿下とロゼッタの婚約をやめさせたいんだ?」
何故って…。
仕組まれたような話を快く思うわけがないだろう。
「ロゼッタが望まないことに巻き込まれることを防ぐためだ。それも結婚なんて、人生でも最も大きな決断の一つだろう。本人の意向は聞くべきだ。」
「でも王族や貴族なら、家のために結婚を画策することもあるだろ?今回の話だってそれと変わらないじゃないか。ロゼッタが大切な友達なのは分かるけど、外野が口を出して良いことか?」
…ラルフの言う通りだ。家やその思惑のために結婚を手段として使うことは無い話じゃない。当人達は余程のことがない限り家のためと受け入れる。
貴族や王族の悪しき習慣は俺も理解してはいるが、ラルフは俺と同じようにこの話を止めたいと思ってくれるんじゃないかと、漠然と考えていた。
黙り込んだ俺を見て、ラルフは大げさにため息を吐いた。
「レイドさ、こんな時くらい素直に言わなきゃダメだよ。」
「…素直に?」
ラルフの言葉をそのまま聞き返す。ラルフは腰に手を当てて首を傾け、少し笑った。まるで仕方ないなと言わんばかりに。
「レイドはロゼッタのことが好きだから婚約を止めたいんだろ?好きだからルーカス殿下に取られたくないんだろ?」
ストレートな言葉だ。
しかしそれは、的確に俺の気持ちを言い当てている。
友人として、ロゼッタの意に沿わない結婚は止めたい。しかし、たとえロゼッタが同意していたとしても、俺は快く思わないだろう。それは、恥ずかしいくらい身勝手な理由から。
観念するような気持ちで俺は頷いた。
「…ああ、そうだ。ロゼッタにどこにも行ってほしくない。願うなら、ルーカス殿下じゃなく俺の手をとって欲しい。」
ロゼッタのことをずっと大切に想ってきた。
俺のことを兄と似ていると言ってくれた日から、ロゼッタには他の誰かに向けるのとは違う感情を抱き始めた。そして、それは少しずつ大きくなっていった。
誰かに取られたくない、ずっと俺のそばにいてその笑顔を近くで見せて欲しい。
きっとこれは、紛れもない恋なのだろう。
「やっと素直になったな。…ロゼッタにもそれを伝えるんだ。その方がずっと良い。」
「…ああ、ありがとう。」
ロゼッタの気持ちを聞きたいなら、自分の気持ちも包み隠さず伝えなくては。
そんな気持ちを込めてラルフを見ると、ラルフは満足そうに頷いた。
寮内の部屋に向かって二人で歩いていると、俺の部屋の前に誰かが立っていることに気が付いた。状況が状況なだけに警戒したが、よく見るとそれは家の使用人だ。
どうしてこんなところに…?
そう不審に思っていると、むこうが俺に気付いた。
「お待ちしておりました。旦那様から明日、レイド様を家にお連れするように伺い、お伝えしに参りました。」
父が俺を家に?
こんなに突然呼び出される心当たりが全くない。
それも、手紙ではなくわざわざ使用人を寄越すなんて。
「要件はここでは言えないようなことなのか。」
「私からは何とも…。旦那様からお連れするようにとだけ言われております。」
使用人は本当に何も知らない様子だ。
もどかしいが、ここでは何の情報も得られない。
俺にはやらなければいけないことがあるし、こんなに突然の呼び出しは悪い予感しかしない。行きたくないのが本音だが、そうも言っていられないか。
「わかった。」
「それでは明日の朝、お迎えに上がります。」
俺が了承したことにホッとした顔をして、一礼してから帰って行く。その背中を見つめていると肩に手を置かれた。ラルフが心配そうに俺を見ている。
「大丈夫だ。少し家に顔を出してくる。」
そう言うラルフはゆっくり頷き、肩に置いた手を離した。
翌朝、迎えに来た使用人に着いて城の敷地を出ると、そこにはわざわざ馬車が用意してあった。
まるで、逃げるなよと言われているようだ。
大人しく馬車に乗るとすぐに動き出したが、道中、何か呼び出されるようなことがあっただろうかと不安が渦巻く。ロゼッタのことといい、良くないことばかりが起きている気がする。
馬車から降りて家に入る。エントランスや階段の踊り場、窓際など、至る所に花が飾られているのは母様の趣味だ。母様は自ら花を生けることを好んでいて、花は生活の場を明るくしてくれるのだと話していた。客人をもてなすことも好きな人だ。
変わらない我が家を見ながら、辿り着いた父の書斎の扉をノックする。
「ああ。」
中から聞こえる低く短い返事は相変わらずだ。
部屋に入ると書斎机を前に椅子に座った父の姿が見えた。兄様がそのまま年齢を重ねたような見た目をしているが、父はもっと無愛想だ。仏頂面で何を考えているか分かりずらく、子どもの頃は父がいつも怒っているように見えて怖かったものだ。
父は俺を見ると、応接用のテーブルソファに座るよう促した。革張りのソファに座ると父もテーブルを挟んだ目の前に座る。
無言の時間が流れる。
怒られるのか、小言を言われるのか、ただ話をしたいだけか。…いや、それはないか。父は無駄なことを嫌う人だ。
一体何を言われるのだろうと父の顔を見ると、その様子がいつもと少し違うことに気が付いた。わずかに眉を寄せて口元を軽く結んだその表情は、どこか戸惑っているようにも見える。
「これを。昨日の午後に届いたものだ。」
父はテーブルの上に封筒を置いた。見た目からすると手紙のようで、宛先に父の名が書かれている。
手に取ると、とても良い品質の紙だとわかる。封はすでに切られているが封筒から便箋を取り出すと、ふわりと香った。
この香りは、どこかで…。
少し考え、ハッとする。この香りには心当たりがある。
差出人を見ると、やはり、碧の国の王族の印が押されている。その横にはジュナ様の名が書かれていた。
これが普通の手紙ならわざわざ父が俺を呼び出すわけがない。中には一体何が書かれているのか。ジュナ様の誘いに乗らなかった俺を責め立てるような内容か、はたまた水竜を欲しがる内容か…。
小さく息を吐き、意を決して手紙を読んだ。
「これは…。」
読み終わった俺は半ば呆然としていた。
手紙は俺を責めたり水竜を欲したりするものではなかった。中身は俺に対する賞賛の嵐だった。
自分の身を心配してくれた俺がいかに思いやりのある人だとか、自分の考えを改めるきっかけをくれた素晴らしい人だとか、あとは容姿を褒めることまで書いてある。
サッと読んだだけでもとても熱烈な内容に眩暈すらする。この手紙を検閲したジュナ様の周りも内容を諌めなかったのだから、これがあの国の普通なのかもしれない。
そこまではまだ良い。しかし、手紙の結びに書かれた内容が問題だ。
そこには、俺との婚姻の伺いを立てる文言が書かれていたのだ。
読み終わった俺は、父が目の前にいるのにも関わらず深くため息を吐いた。そうでもしないと頭の整理がつかない。
あの時、別れ際にジュナ様から手紙を出しますとは言われたが、こんな意味だとは思ってもいなかった。
「急な話で驚いているが、お前が碧の国の姫を射止めるとはな。」
「……。」
別に俺自身は射止めた自覚はない。ジュナ様が誰かに好意を持つのは自由だが、その対象が俺なのは困る。
「この話は陛下にも判断を仰ぐことになる。竜騎士を他国へやるなんて思えんが、もし婚姻となればジュナ姫がこちらへ降嫁することになるだろうな。」
俺は竜騎士であり、水竜をパートナーとしている。俺が婿入りすることになればこの国にとっては損失だ。それなら、父の言う通りジュナ様がこちらに嫁入りすることになるだろう。
「…レイド、お前はどうしたい?」
「…!」
まさか父から意見を聞かれるとは思わず驚く。
そもそもの話、他国の王族からもちかけられた話を断ることができるのか?
同じ婚姻でもロゼッタの場合は、ロゼッタが拒否すれば白紙に戻せる。竜の力を濃く受け継ぐ者を中枢に取り込みたいという思惑はあるだろうが、古竜の存在が彼女に無理強いを許さない。
しかし俺の場合、水竜が国外へ行ってしまうようなことにならない限り、この話は利益がある。
婚姻を結ぶことで碧の国との友好関係を強化するだとか、王族の外戚になれるだとか、国としても家としても、メリットはたくさんある。貴族として育てられた者なら、この話の最適解が理解できる。
理解できるが…、俺は…。
「俺は嫌です。」
父は俺の返答に反対するでもなく、話を聞く姿勢を取ってくれている。
「この話を受け入れることで生じるメリットは理解しています。だけど俺は…、将来を一緒に見据えたい人がいます。」
父を真っ直ぐ見て言った。
兄とよく似た瞳が俺を見る。昨日ラルフに素直になるよう言われたばかりだからか、自分の気持ちがすんなり言えた。あとは父が何と言うかだ。
長く感じる沈黙の後、父は口を開いた。
「お前が私に真っ直ぐ意見を言うのは、竜騎士を目指したいと言った時以来だな。」
その口元がフッと緩められた。
…笑った?父が?
唖然とする俺を他所に、父は手紙を手に立ち上がった。
「陛下への相談も、返事を書くのももう少し待ってやれる。…もう行っていいぞ。」
陛下への相談まで保留にしてくれるなんて。
俺はその間に、最大限の自分にできることをやらなくてはならない。
「ありがとうございます。」
深く礼をする。父に貰ったチャンスを無駄にはしないという思いを込めて。
椅子から立ち上がり扉へ向かう。
部屋を出る際に見た父はこちらに背中を向けていたが、俺はもう一度頭を下げた。
廊下に出て振り向いた俺は、意外な人物が待っていたことに驚いた。そこには穏やかな顔でたたずむ母様がいた。
「きちんとお話できた?」
「はい。手紙のことは少しの間保留にしていただけるそうです。」
「そう…。そうだと思ったわ。」
母様はそう言ったが、俺には父の厚意がありがたくも不思議に思えた。
「俺は意外でした。こんなにも家の利益になる話を父様が保留にしてくださるなんて。」
「あなたにとっては意外かもしれないわね。でもね、私達は恋愛を経て結ばれたのよ。」
母様はそう言って柔らかく笑った。
恋愛を経て結ばれた…それが、父が俺に猶予をくれた理由の一つなのだろう。父のことが前より少しだけ分かるようになった気がする。




