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竜とともに眠る  作者: 和傘


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第51話 水神

レイド視点


翌日、碧の国の文化に親しむために国立の博物館を案内された。この国の歴史的価値のある文書や、特産の染め物や陶芸品が並んでいる。それらの解説や特産品の大まかな製造方法等を説明される。静かな博物館内を学芸員の案内で周り、その説明を聞く時間はとても穏やかだ。


一緒にいるフォードさんは若干顔色が悪いが、朝の時間ギリギリまで寝て少し回復したようだ。酔いが残っていないダイスさんと俺を見て信じられないような顔をしていた。


チラリと学芸員の隣を見る。この場には碧の国の外交官もいるが変わった様子は全く見られない。昨晩の出来事を知っているか、また関与しているかは分からないが、警戒しておくに越したことはないだろう。


展示品を見ていく中で、俺はガラスケースの中に鎮座した遺跡のかけらが気になった。石を掘って造られたそれは崩れて欠けている部分もあり、とても古いものに見える。細長くうねる、鋭い目が特徴の生き物…、蛇の意匠が施されている。


「そちらはとても古い時代に造られたものと推定されています。その当時は、民間で蛇への信仰があったようです。」


続けて案内されたのエリアには絵画や文献が置かれていた。蛇が書かれた文言や絵が並んでいる。


「この国を流れる大きな運河をはじめとした水の流れを、蛇に見立てて信仰していたのではないかと言われております。生活の要となる水を古くから大切にしてきたのです。」


興味深い話だ。自国には無い発想と文化がおもしろい。ダイスさんとフォードさんも興味深げに聞いている。


「今はもう信仰は残っていないのですか。」


俺は学芸員に尋ねた。

王宮には水の都らしく観賞用の水路やカスケードなどが多く造られていたが、蛇の意匠が施されたものは目にしなかった。あっても不思議では無いのに。


「そうですね、時を経るにつれて廃れていきました。今は歴史の資料として残るのみです。」


様々なことが発展していって、神頼みは無くなったのだろう。なんだか寂しい話のように感じたが、それでも水を大切にする考え自体は残っているのだから、信仰の根本は変わらないのかもしれない。


「さて次のエリアは…。」


解説は次に進んでいったが、俺は古い遺跡のかけらに掘られた蛇のことが心に引っかかっていた。何故そんなに気になったのかは分からない。でも、とても印象的だったのだ。








今夜は滞在最後の夜ということで夕食の場が準備されるそうだ。それまでは特に予定は無いので、フォードさんは少し休んでくると言って自室に戻った。まだ顔色が優れずトボトボと歩いていく後ろ姿には哀愁が漂っていた。


フォードさんを見送った俺とダイスさんは、竜達の様子を見に行くことにした。体調のチェックやメンテナンスをしておかなければならない。

一人で行くこともできるが、ここの人達がまた何か仕掛けてくるもしれない。ダイスさんから一人より二人の方が安全だと提案され、その言葉に頷いた。



ここは王都と同じような気候で陽の下に出れば暑いが木陰に入れば涼しい。しかし王都よりも涼しく感じるのは水場が多いせいだろう。水場の近くは気温がやや下がり過ごしやすく、水が流れる様子を眺めると涼やかな気持ちになる。


そんなことを話しながらしばらく歩いていると、あることに気がついた。


「ダイスさん。」


「ああ、着いてきているね。」


俺達から少し離れて後ろを着いて来る人の気配がある。ダイスさんと話している風を装い、曲がり角で確認すると女性が二人着いてきている。

巻きたいところだが、そこまでこの場所を把握しきれていない。相手の方がここの構造に詳しいため難しいだろう。

どうしたものかと考えていると、ダイスさんが言った。


「レイド、ちょっとこっち。」


言われるがまま着いていくと、通路を外れて木陰に入る。ここに隠れるのかと思ったが、微妙に通路から見える位置で立ち止まった。これでは逃げるというより人気のないところに追い込まれるような形になってしまうだけだ。


考えが読めず困惑していると、ダイスさんはチラリと通路の方を確認して、それから前触れもなく俺を引っ張った。


「!」


ドンッと音を立てて俺は木の幹に背中をぶつけた。それほど痛くはないが、突然視界を振り回された衝撃と、すぐ目の前に迫ったダイスさんに驚いて固まる。


ダイスさんは木の幹に腕をついて俺を囲むような姿勢をとった。ダイスさんの方が背が高いので顔を見ようとするとやや見上げる形になる。

穏やかな海を思わせる青い瞳をこんなに近くで見たことはない。逆光で顔に影がかかり表情が見ずらいがその口元は笑っているようだ。


「少しの間じっとしててくれ。」


つけてきた二人組に聞こえないよう耳元で囁かれた。


…なんとなくこの行動の意味を理解できた。


俺は協力しようと思い、両腕をダイスさんの首に回した。きっと側からは抱きしめているように見えるだろう。俺は真顔でこれやっているが、ダイスさんは面白そうにニヤリと笑った。


そして、ダイスさんが後ろから見えるように少し体をずらして、俺のシャツのボタンを上からゆっくり外していく。俺からはよく見えないがダイスさんの少し後ろから息を呑む気配がする。一つ、二つと外し鎖骨の下まで顕になったところで、ダイスさんは手を止めて後ろを振り返った。


「…覗く趣味がおありですか?」


俺達を見ていた二人組は突然振り返ったダイスさんにビクリと反応した。一瞬間後、顔を真っ赤にしたかと思うと慌てて元来た道を駆け戻っていく。

そのまま二人組が見えなくなるのを確認してから、ダイスさんは俺から離れた。


「ごめんなレイド。驚かせて。」


「いえ、大丈夫です。」


さっきまでの俺達は、後をつけてきた二人組から見たらまるで逢瀬の最中のように見えただろう。そんな場面を目撃してしまった衝撃で、その場で足を止めて食い入るように俺たちを見ていた。突飛な考えだったが追い払うことには成功した。もしかすると相手側でおかしな情報が出回ってしまうかもしれないが、もう帰国間近で関わることも少ないだろうから目を瞑ろう。


「…随分手慣れていますね。」


シャツのボタンを留め直しながら言う。

俺を木陰に連れ込む時も、木に押し付けて動きを封じる時も、ボタンを外す時も、とても自然な流れだった。初めてだとは思えない手際の良さだ。

俺の言葉を聞いてダイスさんは「ああー。」と軽い調子で返事をする。


「前にも同じような手を使ったことがあってさ。その時の相手はヴァイツだったけど。」


なるほど。

ダイスさんにも兄様にも、家柄や竜騎士というステータス目的で近付く者達がいる。そいつらを追い払うための手段の一つとしてこういうことをしたことがあるのか。


納得すると同時になんとも言えない気持ちになる。

二人の仲が親密すぎると勘繰る噂が出回っていたことは俺も知っている。本人達は根も葉もないとあしらっていたが、こういうことをしたから噂が流れたんじゃないのか。


「それにしても、やっぱりレイドはあいつの弟だね。」


ダイスさんは笑って続けた。


「突然のことにびっくりした顔とか、されるがままになっている時の顔もそっくりだ。」


優しく穏やかな表情で微笑みかけられる。

ダイスさんのこんな表情、俺は今まで見たことがない。ダイスさんは今、俺に兄様を重ねて見ているのだとすぐに分かった。


「…ダイスさん、本当に兄様とは何もないんですよね?」


二人の間の噂話があり得ない話ではないような気がしてきた。まさかと思い聞くと、ダイスさんは一瞬きょとんとした後、すぐに笑い飛ばした。


「無いよ、絶対に無い。ヴァイツは俺の親友だよ。」







…………………………………



夕食ではやはり酒が振る舞われた。着飾った女性達が酒瓶を手に隣に来たが、今日は明確に断る理由がある。明日帰る際の騎竜に問題が出てはいけないと断ると、しぶしぶ諦めてくれた。無理に飲ませて事故にでもなったら他人事では済まされないし、その責任の一端も負いたくはないだろう。


溜息を吐きそうになるのは、昨日と違って、隣に来る女性達に男性が混じるようになったことだ。十中八九、日中の出来事が原因だろう。


うちの外交官が生温かい目でこちらを見ている。俺をこの状況から助けるよりも、相手の王族や外交官を相手にすることの方が優先度が高いことは理解しているが、昨日も含めもう少し助け舟があっても良いと思う。


そして、ジュリ様は夕食会場にはいらっしゃらなかった。昨晩のことで傷付けてしまったかと少し罪悪感があるが、こちらからできることは何もないので仕方ないだろう。むしろ下手に関わると面倒事に巻き込まれるのは確実だ。彼女の怒りや疑問を受け止めたり、慰めたりするのはお優しい側近達が担うべきだ。




夕食会が終わると、うちの外交官が話しかけてきた。思わずジトっとした目を向けてしまったのは許してほしい。外交官はバツが悪いような顔をしながら言った。


「国王陛下が、最後に水竜に会いたいと仰られております。同行をお願い致します。」


「分かりました。すぐに向かいます。」


国王が間近でネロを見ることができるのは今夜が最後だ。ネロのことを気に入っていた様子だったし、最後にしっかり見ておきたいのだろう。

安全を確保するため、ネロに限らず竜に近付く時は竜騎士が同行する決まりだ。国王、王太子、王太子妃と衛兵達とともに今日も夕食会場の近くで待っていたパートナーの元へ向かう。向かってくる俺たちに気がつくと、閉じていた瞳をパチリと開けた。今夜の月のような黄金の瞳がこちらを見る。


ネロは俺を見て微笑んだ。


『ここの水はとても冷たくて気持ちが良いね。地下から汲み上げているからかな。』


ネロが嬉しそうだと俺も嬉しい。

俺には水場の水の出所なんて分からなかったが、水の流れに敏感なネロはそんなことまで分かるのかと感心する。


ネロは次に俺の隣にいる国王に視線を向けた。そして少し見つめた後、口を開いた。


『この国の王は私を通して違う何かを見ているようだね。』


ネロを通して違う何かを…?

頭に疑問符を浮かべていると、国王が俺の方を見た。

国王にはネロの言葉は『キュー』とか『クルル』とかに聞こえているはずだ。ネロが自分を見て鳴いたことで、その意味を俺に問いかけた。


「君の竜は今何を話している?」


何と伝えていいか悩んでしまう。ネロの意味深な発言をどこまでストレートに伝えていいものか。国王はそれを察したようで、「彼のそのままの言葉を伝えてくれ。」と俺に言う。俺は少し悩んだが、国王の要望通りネロの言葉をそのまま伝えることにした。


「では水竜の言葉をそのまま申し上げますこと、ご容赦ください。水竜は今、陛下が自分を通して違う何かを見ているようだと話しました。」


国王の目がわずかに見開かれる。ネロが感じていることは図星のようだ。


『何か、大切なものなのかな。あなたの心に深く根付き、頭から離れないもの…。例えば、この地下で眠っているものとか。』


ネロが言葉を発するたびにそれをそのまま伝える。それは要領を得ないものだが、ネロは何かを確信して国王に話しかけているように思える。


ネロの話を聞くと国王の翡翠の瞳が揺らいだ。年齢が刻まれた皺の多い角ばった手がワナワナと震え出す。

側近が心配して近付こうとするのを、国王はその手で制した。


「いるのか彼は。まだ、この国に。」


震える声で、ネロへ問う。


『そうだね、存在を感じるよ。この冷たい水が流れてくるほど深くに。』


「てっきりもう、居なくなってしまったものかと…。そうか、ここに居てくれるのか。」


眉を寄せ、何かを堪えるようにギュッと目を瞑る。喜びとも悲しみともとれる声のトーンで、「そうか、そうか…。」と繰り返す。


衛兵はそんな国王の反応にただ戸惑っている。

しかし、王太子が後ろからそっと背中に手を当てた。王太子妃も目を伏せて後ろに控えている。国王が言っていることの意味が分かるのは同じ王族のみのようだ。


「この国の神は、勝手に忘れてしまった愚かな人間達を許してくれるだろうか。」


"この国の神"


そう言われて思い出すのは、昼間に博物館で見た遺跡のかけらに掘られた蛇だ。大昔の人々が水の流れを蛇に見立てて信仰したと聞いたが、その蛇は実在していたのだ。ネロの言う通りならば、この国の地下深くにいる。


嬉しさか悲しさか、激情を耐えるように握りしめられた国王の拳を見て、気の毒に思わずにはいられなかった。


"勝手に忘れてしまった愚かな人間達"

"まだここに居てくれている"


国王の言葉からは、神を大切に思う気持ちと罪の意識が感じ取れる。なんらかの事情があって神は忘れ去られてしまったらしい。それを後悔しているのか、または本意ではなかったのか。


蛇神もこの国をそっと見守るかのように人知れず地下深くで眠っている。博物館で見たように遺跡が風化するほど途方もない時間をここで過ごしている。その事実に圧倒される。


国王達の反応から、並々ならぬ事情があることは察するに余りある。

俺達の国が竜に関わる秘密を持っているように、碧の国は蛇と深く関係する秘密を持っているのだ。


俺の脳裏に浮かぶのは白銀の町での出来事だ。

血に囚われた王族の末裔とそれを愛する竜の結末は、あまりに多くのものを傷付けた。

この国の人々とそれを見守る蛇神の未来に、良い結末があることを願わずにはいられない。



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