第50話 未熟な姫と計略
レイド視点
長かった宴が終わり、部屋に戻って一息つく。
一人一部屋寝室が用意されていて、一人で落ち着ける空間が確保されているのはありがたい。
水で喉を潤しベッドに座り込むと、ドッと疲労感が襲った。旅路の疲れと、尊い身分の方々と接した緊張や気疲れ、それに酒を多量に飲んだことによる怠さがある。
上着を脱いでシャツの首元のボタンを外すと少し楽だ。汗ばむ肌に空気が触れていくらか涼しい。
この訪問にロゼッタは来なくて正解だ。
女性だから俺達のようにたくさんの酒を勧められることはないだろうが、それでも飲まされたはずだ。酒に酔ったところなど見たことがないが、全く普段通りとはいかないだろう。
酒に酔ったロゼッタを想像してみる。
機嫌良く舌足らずに話していたら可愛い。
あの白い肌が上気して、瞳も潤んで…。
俺を見て柔らかく微笑み、その声で俺の名を呼んでくれたら…。
そこまで考えてハッとする。
ダメだ、俺も少し酔ってる。
今日はもう身体を拭いて早く休んでしまおうと思っていると、ガチャリと扉が開く音がした。
ノックも無かったが、隣のフォードさんが部屋を間違えたのか?それとも誰が…と、少し警戒していると、入ってきたのはなんとジュナ様だった。
「!?」
驚きに固まる俺を見てジュナ様はうふふと笑った。
「どうされましたか。部屋をお間違いですか?」
そんなはずはないと分かっていながら、努めて冷静に質問する。王族の居住区と客人の部屋が同じところにあるはずがない。
「やだレイド様ったら。無粋だわ。」
そう言って俺の方へ近づいて来る。
宴の時とは服装が違う。さっきは質の良い服を品よく纏っていたが、今はまるで宴にいた踊り子のようだ。肌や下着まで見えそうで目を逸らす。
俺の反応を見てジュナ様は笑った。
「意外と初心ですのね、可愛らしいわ。じっくり見てくださって構いませんのよ。身体を魅せるための装いなのですから。」
ジュナ様は酔いを覚まして来たのかスラスラとお話しされる。
どんどんこちらへ近づいて来て、やがて俺のすぐ近くで立ち止まった。俺は後退ろうとしたが、足にベッドのフレームが当たって、それ以上逃れられなかった。
ジュナ様は俺の胸元に手をあててしなだれかかる。甘えるような上目遣いでこちらを覗き込んだ。
ずいぶん機嫌が良さそうなジュナ様だが、その一方、俺はサッと血の気が引く思いだ。
この孫姫、明らかに既成事実を作りにきている。
先ほどの宴で執拗に酒を勧めて酔わそうとしてきたのはこのためか。酔い潰れたところを襲う気でいたんだと愕然とする。俺の国ではあり得ないほど強引なやり方だ。
強張った表情の俺を見て、ジュナ様は不満そうな顔をした。幼い子のように頬を膨らませる。
「レイド様。まさか私に恥をかかせるおつもり?」
言外に襲えと言われて頭を抱えたくなる。
…傲慢だ。ジュナ様は可憐で整った容姿をしているとは思うが、血筋にモノを言わせれば何でも思い通りになるとでも思っているのか。
頭が痛くなったが、ふとある可能性にも気がついた。
…いや、こうするように仕向けられているのかもしれない。ジュナ様は俺と同じか少し下くらいに見える。まだ未熟な彼女を丸め込み、その血筋と容姿を利用しようとしている大人がいる気がする。そうだとすると、見方を変えれば彼女もまた被害者だ。
小さくため息を吐き、名前を呼んだ。
「ジュナ様。」
その肩に両手を置くと、ジュナ様は期待に目を輝かせた。
「俺は先ほども申し上げました。ご自分を大切にしてください。」
「え?」
期待していた言葉ではなかったのだろう。彼女は素っ頓狂な声を上げた。彼女は勘違いしているようだが、今は色っぽい場面ではなく、俺としては幼子の肩を掴んで言い聞かせる気持ちだ。
「ジュナ様は尊い血筋の方です。やすやすと他国の人間に身を委ねるようなことはしてはいけません。それに失礼ですが、貴女はまだ幼くていらっしゃる。」
幼いと言われ、ジュナ様の顔は真っ赤に染まる。怒りと恥ずかしさからだろう。そんな風に感情をすぐに表に出してしまうところも幼く、未熟だ。
それには構わず続ける。
「ジュナ様は王族です。大丈夫、嫌がる方はおりません。」
俺の脈絡のない言葉に怪訝な顔をする。
「相手の方は水竜のパートナーで誉高いことです。」
徐々に驚いた顔になっていく。
「王族としてご立派になれますよ。」
俺が次々に言った言葉に、彼女は呆然として呟く。
「どうしてそれを…。」
このようなことを言われたのではないかと思い言ってみたが、だいたい当たっていたようだ。やはり、彼女を利用しようとしている誰かがいる。
「私も貴族ですので存じております。身分のある未熟な者を、思い通りに動かそうとする人がいることを。」
「それって、つまり。私は利用されていると…。」
先ほどまでの笑みとは一転、不安そうな表情を浮かべて胸の前で手を握り締めている。
「貴女がそれをご存知で納得された上での行動でしたら俺は何も言いません。ですがそうでないなら、取り返しがつかなくなる前に今一度よく考えるべきです。」
俺の言葉を聞いたジュナ様は俯く。胸の内に疑念や不安が混ざり合い、どうしたら良いのか分からなくなっているようだ。
「でも…。」
それでも迷っている彼女の目を見て、念押しする。
「貴女を一番大切にできるのは貴女自身です。」
「…!」
彼女の大きく見開かれた瞳が揺れた。
そして、ゆっくりと俺から視線を外し俯いていく。その手は胸の前できつく握られたままだ。
少しの間沈黙が落ち、それからジュナ様は俯いたまま口を開いた。
「…今夜は帰ります。レイド様の仰った通り、少し考えてみますわ。」
とぼとぼと扉の方まで歩いて行き、チラリと俺を見た後に部屋を出ていった。パタンと扉が閉まった後、パタパタと駆けていく足音に数人の足音が続いて遠ざかっていく。やはり、扉の外にも人がいたようだ。俺を逃さないためか、ジュナ様を守るためか、侍女や衛兵が控えていたのだろう。
大きくため息を吐き、ベッドに沈み込む。
今度こそやっとひと息つく。
ジュナ様が自分から帰ると言ったので大丈夫だろうが、王族を跳ね返して不敬罪になったりしないだろうかと少し不安だ。
それに、逆らえない相手に不本意に迫られた怖さと不快感がある。上の者が下の者を力で押し付けて思い通りにしようというのは傲慢だ。彼女の未熟さも含めて利用しようとした者がいるのなら、それにも腹が立つ。…不快なことばかりだ。
明日にでも、一応ダイスさん達に報告を…と思ったところで、二人は無事だろうかと不安になる。
宴では二人も酔い潰されようとしていたし、俺と同じ目に遭っている可能性がある。
ベッドからガバリと起き上がって、扉を薄く開け、部屋の外を覗くとそこには誰もいない。とりあえず衛兵等は控えていないようで安心した。
しかし、部屋を出て、隣のフォードさんの部屋の扉をノックしても反応がなかった。寝ているだけなら良いがどうしても不安がよぎる。
俺はすぐに、その向かいのダイスさんの部屋の扉をノックした。
「レイド?どうした。」
少しして、部屋から出て来たダイスさんは俺を見て不思議そうにたずねる。その様子はいつもと変わりなくて、何とも無さそうでホッとした。
「少し時間をいただいてもよろしいですか。お話ししたいことがあります。」
俺の様子を見てすぐに部屋の中に入れてくれた。
そして部屋の中を見た時、俺は胸を撫で下ろした。そこにはフォードさんもいたからだ。
「自分の部屋と間違えて入って来ちゃってさ。起きないから放っておいてる。」
フォードさんはダイスさんの部屋のソファで眠りこけている。そんな様子を見てダイスさんは「いっぱい飲まされたからなぁ。」と苦笑いだ。
空いている椅子を勧められ座ると、水を注いだコップを手渡してくれる。それを飲むと、喉を通る冷たさが少しばかり心を落ち着けてくれた。
「で、どうした?」
「はい、実は…。」
俺はさっきあったことをダイスさんへ伝えた。
ジュナ様が薄着で部屋に突然来たことを話すと、恐る恐る「手出しちゃったの…?」と聞かれたが、決して手は出していないことを強調しておいた。ダイスさんもそれは分かっていて冗談で言ったようだが。
そして、ジュナ様を利用しようとする人が裏にいる可能性と、説得して何もせず帰っていったことまで伝えると大きく溜息を吐いた。
「そんなことがね…。さっき聞こえた足音はそれか。酔い潰そうとしたり、身分を盾にモノにしようとしたりするなんて、ずいぶん古めかしいやり方だ。」
時代錯誤にも程があると顔を顰めている。
水竜のパートナーである俺を捕まえてしまえば、水竜も手に入れることができると考えたのだろうか。
「あと一泊残っているから用心しよう。」
「はい。」
2泊3日の滞在はまだもう一晩残っている。昼間に何か仕掛けてくる可能性もあるし、夜にジュナ様をもう一度送り込んでくる可能性もある。他の誰かを寄越すかもしれないが。
俺のパートナーに何かする可能性も考えたが、すぐに、そんな命知らずの行動は流石にとらないはずと否定する。あと、あるとすれば何が…。
「まあ相手も悪かったね。レイドは真面目だし、そもそもロゼッタちゃんが好きだし。」
「はい。……え?いや、それは。」
疲れているからかよく考えずに返答してしまった。慌てて弁解しようと顔を上げると、ダイスさんは笑っている。
「はは、レイド今日は本当にもう限界だね。考えるのは明日にして早く休みな。向こうもさすがに今晩はもう来ないだろうから。」
少し揶揄われてしまったようだ。でも、ダイスさんが俺のことを心配してくれているのは分かる。口元にニヤリとした笑みを浮かべてはいるが、俺を見る目は優しい。
「…はい。部屋に戻ります。」
俺は素直に返事をして部屋に帰った。
ダイスさんは昔から兄の良き友人だ。
二人が初めて出会ったのはまだ10歳にも満たない頃、貴族同士の交流会だったという。そこから偶然にも同じ志を持ち、同じ道を進んだ。
幼い頃の俺は兄を取られたような気がして嫉妬した時期もあったが、ダイスさんはそんな俺にも優しかった。今更恥ずかしくて言えないが、俺にとって第二の兄のような存在だ。話ができたことで少し落ち着いた気がする。
寝支度を済ませてベッドに入るとすぐに瞼が重くなった。滞在中の心配は尽きないが、ダイスさんが言った通り、考えるのはまた明日にしよう。早く休んで明日に備えなくては。
疲れもあってか、意識はすぐに眠りの中に落ちていった。




