第48話 胸騒ぎ
竜騎士団の詰所、その団長室で、竜騎士団団長ゼノスと副団長ヴァイツは机越しに向かい合っていた。
「レイドとそのパートナーを碧の国に、ですか?」
ヴァイツは驚きを隠せない様子で、今聞いたことを復唱する。
「ああ、そのように要請が来ている。どこからか我が国に水竜がいることが漏れて、興味を持たれてしまったらしい。」
そう言うゼノスは苦い顔をしていて、今まで例にない類いの仕事の要請に複雑な思いがあるようだ。
碧の国は我が国の友好国だ。水資源が豊かな国で、国を流れる大きな運河は物流に欠かせない。作物が多く栽培されるのはもちろん、酒や染め物といった品も特産品だ。
その国の人々は水と共に暮らしているといっても過言ではない。水を操る水竜の存在を知って、一目見たいと思うのは当然のことだ。
「水竜を、大切にしている水の化身のような存在だと思っているのだろう。なんでも王族がぜひ一度呼びたいと声をかけてきたらしい。」
「しかしそんな、見せ物にするようなことを…。」
ヴァイツが感じている不快感を、ゼノスもまた感じていた。どうしたものかとため息を吐き、頭が痛そうに額に手を当てている。
これは陛下直々の依頼である。
水竜に無理を強いることはできない。そのためゼノスに陛下から打診という形で話が降りてきたのだが…。打診とはいったものの、要は水竜とそのパートナーを説得しろということだ。
「気は進まないが、レイドに話を通すしかない。」
今まで陛下は、貴重な竜を国外に見せびらかすようなことはしなかった。むしろとても大切に囲っているような印象があったが、今回はどういう心境の変化だろうか。何かやむを得ない事情があるのだろうか。
………………………………………
〜レイド視点〜
竜舎の脇には人工的に造られた池がある。
その池の中を覗き込めば、水竜が身を沈めて涼んでいる姿が見える。
木漏れ日に優しく照らされながら気持ちよさそうに目を閉じている姿はとても愛らしい。
指先で水面に触れ、パートナーに呼びかける。
「ネロ、起きてくれ。」
俺の言葉を聞いてパチリと目を開いた。ゆっくりと体を動かして水面まで浮上してくる。動くたびその鱗が光を反射して透き通るような輝きをみせる。
やがて、とぷん、と水音を立てて、パートナーが水面から顔を出した。
色付きの竜達はプライドが高く澄ました顔つきをしているように思う。団長の赤竜はもちろん、兄様やダイスさんの青竜達も。だけど俺のパートナー…ネロは、優しい顔つきをしていて、いつも眠そうなふんわりとした雰囲気がある。絆を結んだ存在は可愛いらしく見えるものだというので、その影響で俺にはそんなふうに見えるのかと思ったが、周りの人も皆、俺のパートナーは癒される顔だと評している。色付きらしからぬ穏やかさだが、そんな個性も含めて大切に思っている。
『なんだか浮かない顔だね。』
ネロは俺の顔を見るなりそう言った。
「…ああ。」
俺自身も浮かない顔をしている自覚はある。
今日、団長の執務室に呼び出され、団長と兄様からある話を聞かされた。俺は正直この話を水竜に伝えたくない。なかなか口を開けないでいると、ネロはゆっくり俺の方に近づいてきた。
『私に何かして欲しいことがあるんだろう。』
俺はまだ何も言っていないのに、ネロは確信している顔でそう言った。心の中を見透かされたように感じる。…これは黙っていても仕方ないと、口を開いた。
「隣国からネロを一目見たいと要請が来たんだ。水資源が豊富な国だから、その象徴のようなネロにぜひ会ってみたいと…。嫌なら断る。」
『レイドは私に断って欲しいように感じるけど、それは何故?』
本当に全部お見通しだ。
「竜は俺たちのパートナーであり所有物じゃない。その意思を尊重したいし、それに…。ネロが見せ物のようになるのは嫌なんだ。」
そう言うとネロは少し考えた。
『そうか。でも私は人に見られても何とも思わないよ。人とは竜に興味があるものだろう?』
ネロは長く生きているからか達観した考えをしている。人間はそういうものだから仕方ない、気にしない、と言われては、こちらは何と言って引き止めていいか分からなくなる。
『レイドは私を心配してくれているんだろう?ありがとう。…でも、慣れないところはゆっくり眠れないから、できるだけすぐに帰って来ようね。』
まるで幼子に言い聞かせるような口調だ。
ネロには、本当に俺が幼くて庇護するべき対象として見えているのかもしれない。慣れない環境が苦手なのは本当かもしれないが、俺の心配を汲んで早く帰って来ようと言っている気がする。
この歳になってもこんな風に接されることがあるとは。恥ずかしいような、くすぐったいような気持ちになる。
あまりにもあっさり了承されてしまい、それを止めたかった身としては複雑だ。
ネロ本人は人から興味津々に見られることを承知で了承してくれたが、俺はまだネロが好奇の目で見られることに得心がいかない。
考えられる良い点としては、水が豊富な国だからネロにとって身体的な負担は少なそうなところだろう。国賓も同然に招くようだから、粗雑な扱いは受けないはずだ。
複雑な思いでため息を吐くと、ネロはそんな俺を見て穏やかに笑っている。
『そんなに心を砕いてくれるなんて。レイドは優しくて良い子だね。』
人の気も他所に、心配されていることが嬉しいようだ。ニコニコと機嫌よさそうにされては、なんだか拍子抜けしてしまう。
まだ思うところはあるが、団長達にネロが承諾した旨を伝えなくては。隣国へ赴くことが決定されれば、その後は、何もなくできるだけ最短で帰れることを願うばかりだ。
「どうだった?」
ネロと離れて竜舎の方へ向かうと、待っていたロゼッタが心配そうに聞いてきた。
「ネロは快諾した。俺の心配は理解してくれたが、人から見られることは不快ではないらしい。人間はそういうものだから、と。」
「そう…。大らかな竜だものね、人間に寛容なんだわ。」
ロゼッタと並んで一緒に歩く。
「碧の国への訪問が決定したら、しばらく会えないのね。」
訪問時の人選はまだ分からないが、ロゼッタが選出されることはまず無いと思われる。なぜなら彼女のパートナーは古竜だからだ。それを知って良からぬ考えを起こす人がいないとは限らない。古竜を抱えているということを知らせる必要はない。
「ああ。先方の王族の希望らしいから、団長やルーカス殿下が同行するだろうな。」
竜騎士団の代表か、もしくは竜騎士であり王族であるルーカス殿下が赴くのが妥当だろう。
ルーカス殿下はロゼッタが幼竜舎の前で会った日から数日後、竜騎士団の詰所に現れた。少し警戒したが、にこやかにみんなと話す姿はいつもの殿下と変わらず、あの時のような翳りは少しもうかがえなかった。少し安心したが、あの時は何だったんだろうという疑念も深まる。
「…あのねレイド、実はね。」
何か言いたそうなロゼッタを見る。
口元にふわりと笑みが浮かんでいて、声のトーンも少し高い。
「今度アルベロさんが王都に来られるんだって。ヴィオラさんはいらっしゃらないみたいだけど…。でも、久しぶりにお会いできるの。」
ほんのり頬を赤らめて、嬉しそうに話す。
良い人達に家族に迎えられて本当に良かったと思う。ロゼッタは物心ついた頃には孤児院にいて、両親のことなどまるで知らなかった。孤児院の院長や同じ境遇の仲間達と家族のように過ごしたと聞くが、寂しさを抱えていただろうことは言われなくても分かる。
「良かったな。忙しくてなかなか会いに行ける時間もなかったからな。公爵もきっと喜ばれる。」
「そう…、アルベロさんも喜んでくれるかしら。」
ロゼッタは微笑む。
桃色の頬も、体温が上がって少し潤む瞳も、彼女の嬉しいという感情を伝えてくる。そんな様子が可愛くて、ずっと見ていたい気持ちになる。
「花が咲くようだとはこういうことを言うんだろうな。」
花笑みを見つめていたら、思わず声に出てしまった。
「え?」
「いや、何でもない。」
ロゼッタはキョトンと不思議そうな顔をしたものの、話を続けた。公爵に会ったらどんな話をしようかと悩んでいる様子を微笑ましく見る。公爵はロゼッタの話なら何でも嬉しいはずだ。ロゼッタが大切にされていることが伝わってきて、俺まで嬉しくなった。
ネロが承諾したことを伝えた2週間後、碧の国から正式に招待されることになった。碧の国へは外務官と警備の一般騎士、竜騎士は相手国から要請されたレイドの他、ダイスとフォードが出向くこととなった。
外務官とその警備の騎士は先に陸路で向かっていて、竜騎士達は後から出発する。飛行する方が陸を移動するよりも早いからだ。目的地へはほぼ同時に到着する計算だ。
「行って参ります。」
今回のリーダーであるダイスさんが団長へ挨拶をする。
「ああ、気をつけて。」
団長は軽く手を挙げて応えた。
各自が竜の背に乗る際、団長が俺に近づいてきた。
「この前も伝えたが、今回は過去に例のない出動要請だ。竜を他国へ見せる陛下の思し召しは分からんが…、くれぐれも用心してくれ。」
やや固い面持ちで声をひそめてそう言った。今回の訪問に対してやはり警戒感を抱いているようだ。
訪問には団長もしくは副団長が同行するかと思ったが、どちらも別の仕事や用事の都合で難しく、ダイスさんがリーダーとなった。国に招かれるのであればルーカス殿下も候補に入るが、殿下もまた都合がつかなかった。
「はい、承知しています。何事もなく帰れるよう努めます。」
俺の言葉を聞いて団長は一つ頷き離れていった。
元の位置に戻った団長の後ろには見送りに来てくれたロゼッタとラルフが見える。二人とも俺たちに向かって手を振ってくれていて、俺も手を振り返す。
ロゼッタはちょうど俺達が碧の国へ訪問している間、王都を訪れるアルベロ公爵に会いに行くことになっている。もうすぐ会えるのだと嬉しそうに話していた様子を思い出す。楽しみだと微笑むロゼッタの顔を思い出すとこちらまで嬉しくなる。安心して過ごすことができる家族ができて本当に良かった。
…だが少し、心に引っかかるものがあった。
公爵のもとにいれば大丈夫だとは思うが、この胸騒ぎは何だろうか…。
ネロの背に乗って安全確認し、ダイスさんへ頷いて問題ないことを伝える。三人で頷き合い、ダイスさんの合図で飛び立った。
小さくなっていくロゼッタを見つめながら、何かなんてあるはずないと首を振った。




