第46話 花は降り注ぐ
王都は真夏を迎えた。
空は吸い込まれそうな濃い青色をしていて、天高くそびえる雲の輪郭をくっきりと縁取っている。太陽の強い日差しがじりじりと肌を焼いて痛いくらいだ。
太陽は高く、日は長く、活動的で開放的になる良い季節だ。
わたし達はデスクワークをこなし、竜達と触れ合いながらメンテナンスや訓練を行う。まだまだ新人だから覚えることはいっぱいあって、でも少し仕事に慣れてきた。前と変わらない生活が戻ってきているのに、わたしの心はどこかすっきりとしなかった。
白銀の町から帰ってきて一ヶ月が経過している。
アイラさんの簡単で質素な葬儀が行われた後、その身体は白銀の町で眠ることになった。先祖代々の墓所に名前を刻まれている時、そこにはたくさんの町の人たちが集まっていた。アイラさんと同年代の人達、その親世代、年配の方まで様々な年齢層の人達が彼女のことを偲んだ。わたしには彼らとアイラさんの関係性は分からないけれど、あんなことがあっても尚、アイラさんを大切に思う人達がたくさんいることに安心した。
一人、また一人と花を供えて帰っていく。わたし達騎士は、事件を起こした者を取り締まる立場として花を供えることはできず、慎ましやかなお別れの儀式が終わるのをただ見守っていた。
隣に立つラルフをそっと覗き見ると、彼はアイラさんの眠る場所をひたりと見つめていた。何も言わず、わたし達の前では涙一つ流さなかったけれど、その心はどんなに重く苦しいものを抱えていただろうか。それを思うと、心が痛みを伴ってぐちゃぐちゃになりそうだった。でもラルフが泣いていないのに、わたしが涙を流してはいけない。震える唇に力を込めて墓石を見つめていると、供えられた花を暖かい日差しの中で腕いっぱいに抱える彼女の姿が見える気がした。
ねえアイラさん。あなたは間違いなくみんなから愛されていたよ。
わたしは心の中でそう呼びかけた。
アイラさんのお母さんは、騎士の詰め所には連行されずにそのまま町で暮らすことになった。この場所で管轄する裁判機関での沙汰を待つのだそうだ。
それは、アイラさんのお母さんを心配し、面倒を見ると言った人達がいたからだ。手を挙げたのはラルフのご両親だった。深い悲しみを負った人を一人にしてはおけない。その苦しみを無くしてあげることはできないけれど、そばに誰かがいることで少しでも苦しみを軽くしてあげたいと訴えたのだ。
アイラさんのお母さんは監視対象ではあるが、町の人同士の助け合いを跳ね除けるような騎士や役人はいなかった。それに、憔悴しきって判決が出る前に儚くなってしまうことは望まない。騎士による監視の目は付くものの、町で生活することを許されたのだ。
ラルフのご両親は、人を想う心の優しさを持つ素敵な方々だった。あのお二人がいたからこそ、ラルフの優しさも育まれたのだろう。
竜は去り、町の復興も一段落したことでわたし達竜騎士達の仕事は終わった。後のことは管轄する騎士達に任せて、わたし達は帰途についた。
今回の任務での活躍を認められて、白銀の町に出向いた竜騎士達にはそれぞれ手当と休暇が与えられることになった。一斉に休むわけにはいかないので交代で休暇に入り、今度はわたしの番だ。だけど何をしたらいいか分からない。買い物に行くとか、美味しいものを食べるとか?やりたいことを考えてみたけれどなんだか気が重い…。
結局、わたしは幼竜舎に来ていた。
外は暑いけれど、ここは空調がしっかりしていて適温が保たれている。元気に追いかけっこをしたり、お腹を出して日向ぼっこをしている幼竜達を見るといくらか心が癒される。植えられた木々や植物達の香りを深呼吸して吸い込むと、森に包まれるように感じる。
中央の大きな岩場にはナクティスが眠っている。ナクティスの身体によじ登ろうとしている子や、寄りかかって眠っている子もいる。それはとても可愛らしい光景だけど、わたしの胸には少し不安がよぎる。
ナクティスはここに戻ってきてから眠ることが多くなった。もともと火山の中でずっと眠っていて、今回の白銀の竜の異変を感じ取り目覚めたのだから、それが解決した今は当然と言えば当然かも知れない。穏やかな寝顔だがずっと見ていると、このまま目覚めないのではないかと不安になってしまうのだ。
ナクティスが起きている時に、ずっと眠っていた火山に戻りたいか聞いたことがある。だってその方が、快適な環境だろうと思ったから。でも彼は首を横に振った。
『今はまだ、ロゼッタと共にいたい。』
その言葉は涙が出そうなほど嬉しかった。身体も心も傷付いた彼に適切な場所で休んで欲しいとは思ったけれど、離れたくないとも思っていたから。
幼竜達のようにわたしもナクティスに寄りかかる。その皮膚は硬いけれど温かくて、お日様の匂いがする。彼の力強さに包まれるようで、ここはとても心が安らぐ。
しばらくの間そのままでいたが、扉が開く音がして目を開ける。管理人のガランさんかなと思ったけど、入ってきたのはレイドとラルフだった。
「やっぱりここにいた。」
ラルフが笑って言い、レイドと一緒にこちらへ歩いてくる。新しいお客さんが来たので、幼竜達は喜んで駆けて行ってその足元にじゃれつく。幼竜達の目にも二人は信頼できる人間に見えるようだ。それが嬉しくて自然と笑みが浮かぶ。
「二人ともお休みだったのね。どうしたの?」
体を起こして私服姿の二人と向き合う。わたしを探してここに来たのだろうから、何か用事があるのかなと二人を見る。
「俺たちと一緒に出かけないか誘いに来たんだ。」
レイドは言った。思わぬお誘いに少し驚く。
「出かける?どこかに行くの?」
「街に行こうかと思ってるけど、まだ具体的には決めていない。でも、俺達三人で出かけたことないだろ?せっかくなら一緒にどうかと思って。」
レイドの言う通り、改まって三人で出かけることなんてなかったかも。職場は同じだし、時間が合えば食堂でランチを食べたり休憩を取ったりしているから、なんだかんだ一緒にいる時間は多いけれど。
そんなことを考えていると、わたしが渋っていると思ったのかラルフが困ったような声で言った。
「ねえロゼッタお願い。このままだと俺、レイドと二人きりだよ。男二人で出かけるなんてむさ苦しいことこの上ないよ。」
そう言われたレイドはジトっとした目をラルフに向けていて、それがなんだか面白くて笑ってしまう。レイドとラルフが並んでいても、むさ苦しいと思われることなんて無いと思うんだけどな。
「分かったわ。わたしも一緒に行きたい。」
クスクス笑いながら返事をすると、二人とも優しく微笑んでくれた。
そうしてわたし達は街に繰り出した。
一人でいる時に何をしようか考えても足が重く感じて何もすることができなかった。でも二人と一緒に出かけてみれば、あそこのお菓子屋さんに行きたいだとか、あの雑貨屋さんを見てみたいだとか、やりたいことが次々に浮かんだ。
女の子が好みそうなお店ばかり選んでしまったけれど、二人は文句も言わずに着いてきてくれた。
それに、二人がどんなものに興味があるのか、どんなものを選ぶのかを知れて、二人の新しい一面を見ることができて楽しい。今入ったケーキ屋さんでいうと、レイドは意外と甘いものが好きで、逆にラルフは甘さ控えめのさっぱりしたものが好みだ。そういうわたしはシンプルな素材の味を生かしたものが好きで、柔らかい甘さのシフォンケーキを口に運ぶ。
久しぶりにこんなに心が軽いのは、きっと二人がいてくれるからだ。
気が付けばあっという間に時間が経ち、空の端がオレンジ色に染まってきていている。もう少しすればオレンジがより濃くなって紫色へとグラデーションに染まるだろう。
もう帰ろうかという時に、ラルフが言った。
「あ、ここだけ寄らせて。」
スタスタと歩くラルフの後に続くと、目的のお店はお花屋さんだった。
このお店は花の種類が多く、鉢植えや、小さな花束にまとめられたもの、ドライフラワーに加工したものなど様々で、見ているだけで楽しい。店内は優しく甘い香りに包まれている。
ラルフは手慣れた様子でいくつか選ぶと、店員さんの手で可愛らしい花束にまとめられた。白と薄黄色の可愛らしい花束は、楚々とした清廉な雰囲気だ。
…ああ、これはアイラさんへの贈り物だわ。
何も言われなくても自然にそう思った。
「…素敵ね。きっと喜んでくれるわ。」
「うん。」
出来上がった花束を見てラルフは満足げに笑っている。そのすっきりとした顔を見て、わたしは胸の重しがスッと軽くなるのを感じた。
まだ完全に傷が癒えたわけではないだろうけど、ラルフはこうやって少しずつ受け止めている。
彼は本当に、強くて真っ直ぐな人だ。
ふと、昔、孤児院の院長に聞いた話を思い出した。
人が、亡くなった人のことを想うと、あちらの世界でその人に花が降り注ぐのだと。
誰かがアイラさんを想う度に、花を贈る度に、きっと彼女の元にも花が降り注ぐのだ。
花の香りに包まれたあたたかい場所で、心安らかであることを願うばかりだ。




