第42話 ルーカス
ルーカス視点
「もっと火の近くへ!毛布ももっと持ってきてくれ!」
ヴァイツの青竜が意識を失ったままの竜騎士達を運び出す。それほど雪の被害に遭わなかった町の近くの場所に火を起こし、運ばれてきた順からそこへ横たえる。
町の近くには砦の騎士と、ルーカス、ミラ、ダイスが集まっていた。
冷たい体で意識がない状態の仲間達を前にし、動揺が走る。呼吸に問題はないものの、はやく身体を温めなくてはならない。
ヴァネア、団長、フォードが運び出され、最後にレイドを抱えたヴァイツが下ろされた。ヴァイツは毛布を受け取るとそれをレイドに巻きつけ、急いで焚き火の近くへ運ぶ。
レイドの呼吸は少し落ち着いたが、顔は白く体も冷たい。
「ヴァイツ!君は無事か!中では一体何が…。」
二人に駆け寄って声をかける。つらそうなレイドの姿を見て胸が痛いが、唯一状況を話せるヴァイツに説明を求める。
「俺は問題ありません。主犯はやはりアイラで、この地に眠る古竜の力を借りて町を襲いました。町民達はあの洞窟の中に囚われているようです。先遣隊達も竜に襲われて、彼らのパートナーと共に氷漬けにされていました。」
「なんてこと…!」
ヴァネアを看ながら話を聞いていたミラが青ざめる。ラルフからはアイラのことを病弱な幼馴染とだけ聞いていたが、ここまで大それたことをやるとは思わなかった。
「…ラルフとロゼッタは?そこにはいなかったのか?」
運び出された者達を確認してヴァイツに問う。まさか、と嫌な予感を覚えながら。
「…ロゼッタは、アイラに捕まりました。ラルフが、アイラに手を貸したのです。」
「!」
ラルフが裏切る可能性も視野に入れて行動していたはずだが防げなかったのか。ラルフがアイラに協力してしまったことに歯噛みしながらも、信じられないような気持ちだ。
「殿下、お伝えしなくてはなりません。アイラは二つの要求をしました。それを外に伝えるために俺たちを逃したのです。」
「ああ、聞こう。彼女は何と?」
アイラの目的を知らなければ解決に近づくことはできない。気になることとすれば、ヴァイツはそれまで淡々と報告をしていたが、今は眉をひそめ視線を下に向けたことだ。まるで、言いにくいことを言おうとしているように見える。
「彼女の要求は、王家からの謝罪と、竜の血筋の真実を世間に明るみにすることです。」
ヴァイツは声をひそめてそう言った。
「王家からの謝罪…?」
端的に伝えられた内容は不穏なものだ。眉を顰めると、ヴァイツは私に近付いた。そして他に聞こえないように、アイラから聞いた始まりの王の弟と、一族の悲願の話を伝えた。
「ロゼッタを捕らえたのは交渉材料にするためでしょう。ロゼッタは竜の耳を持っています。…そして、洞窟の中で竜の目も発現させました。」
「竜の目を…!?」
「はい。ロゼッタのパートナーが彼女の居場所を知ることができたのは、その力があったからです。」
あまりの情報の多さとその重さに閉口する。
胸が鉛を入れられたように重く、手のひらには汗がじっとりと滲む。もうここにいる者と私の手に負える話ではない。
しばらくの沈黙の後、思わず口を滑らせた。
「…私がロゼッタと代われれば…。」
「何を言いますか!」
私の声が聞こえたみんなが動揺するように目を見開いた。すぐにヴァイツが声を上げたことでハッと我に返る。
「…すまない、こんなこと言うべきではなかった。」
少し考えさせてくれとその場を離れる。
焚き火から少し離れたところで立ち止まると、すぐにこちらへ駆け寄る足音が聞こえ、声をかけられる。
「殿下。」
追いかけてきたのはやはりヴァイツだ。
レイドのことはダイスに頼んだらしく、焚き火の近くに彼らが見える。優しい彼は私のことを一人にしてはいけないと判断したのだろう。
ヴァイツの方を振り向くと、私の顔を見て心配そうな表情を浮かべた。私もいつもの笑顔を浮かべられずに暗い表情をしている自覚がある。
心の余裕のなさを見せてしまい自分を恥じるが、ヴァイツに伝えておかなければと口を開いた。
「馬鹿なことを言ってすまなかった。ロゼッタは正式な王族としては公にされていないし、王族の象徴たる色を持つ私の方が、人質として分かりやすいだろうと思った。」
「殿下…。」
私は密かに考えていた。
時を経るごとに始まりの王の血は薄れ、自分を含め今の王族には、黄金の目と髪という身体的特徴のみが残されている。
自分には竜の目も竜の耳も無いが、交渉材料としての人質なら自分でも良いだろう。アイラは始まりの王の血筋を憎んでいるようだし、王族の色を持つ現第二王子である自分を見れば、ロゼッタに向けられている脅威がこちらに向くかもしれない。
そうすればロゼッタがこれ以上危険な目に遭うことはない。
ロゼッタの祖父である公爵を思い浮かべる。
公爵は優秀だったのにも関わらず早いうちから王位継承権を外されて、王都から遠い地に領地を与えられそこを治めるようになった。
それには、髪や瞳の色が関係していると囁かれている。
公爵は瞳こそ王家の色だが、その髪は異なる色をして生まれた。王家は、竜の力を発現する者がいなくなってからは、王位を継ぐのは最もその身体的特徴を受け継いだ者とするのが暗黙の了解だった。
それゆえ公爵は、優れた人物であれど王都を追いやられたのではなかろうか。
公爵の娘であるロゼッタの母は竜の耳を持っていたとされるが、はじめ、その力があることを公爵夫妻は隠した。憶測でしかないが、それは自分を追いやった家に、大切な娘を搾取されることを危惧したからではないだろうか。
娘は不慮の事故で亡くなってしまったが、今度は孫であるロゼッタが命の危機に瀕している。万が一のことがあれば、公爵の悲しみはどれほどか。
私は目を伏せ、後ろの皆に聞こえないように声をひそめた。
「…正直に言えば、この交渉に陛下が応じる可能性がどれほどかは分からない。真実を明るみにすることで王家の威信に傷がつくことと天秤にかけて、どちらを選択するか…。」
「人の命が懸かっていても、ですか。」
「…ああ。」
実は王都を出発する直前、陛下の側近を通して、北の地にはかつて追いやられた王弟の一族がいると知らされた。今回の作戦をお伝えした数日前には何も伝えられなかったのに、だ。
陛下は事実を知っていて、それを自分にも隠していた。出発直前にやっと伝えたのは、何かしらの思いの変化があったのか…。
「このまま籠城に持ち込めば、身体の弱いというアイラは先に限界を迎えるだろう。アイラの一族がいなくなればその真実を知る者はいなくなる。そして、その血も絶える。…陛下が望んでいるのはそれだと思う。」
アイラは真実を明るみにしろと要求したが、自分の都合の悪いことを隠そうとする王家の性質は今も変わらない。
真実を公表することは、始まりの王のイメージを傷つけることになる。そんなことを陛下が許すだろうか。祖先がそうしたように、今の王家の直系を竜に愛された唯一の存在としたいはずだ。
私の話を聞いてヴァイツは沈黙したが、すぐにまた口を開いた。
「…陛下が最終的にどんな判断を下すかは今は分かりません。とりあえず、早急に陛下へこのことを知らせましょう。我々は人質達を救助する手立てを考えなければなりません。」
ヴァイツは淡々と今できることを述べた。私の話に思うことがあっただろうが、それは一旦押し殺し、竜騎士団副団長として憂うことより行動することを優先しようとしている。
「…そうだな、ここでいくら懸念していても仕方がない。急ぎ行動しよう。」
そう言うとヴァイツは私の目をしっかり見て頷き、指示を出すべく他の騎士達の元へ向かった。団長が動けない今、砦の騎士と協力し事態収束の要になるのはヴァイツだ。
まだ動けないでいる仲間達と大切な弟を横目に見つつも進んで行く。
向こうへ歩いて行くヴァイツの背中を見ながら、彼にも言えないことを考える。
陛下はおそらくもう一つ望んでいることがある。
陛下は…父は、竜に愛された祖先とその物語を崇拝している節があった。
私達の一族は竜に愛された誇り高く尊いものだと、父自らが繰り返し私達に話して聞かせた。私も、幼い頃は竜の物語を聞いて目を輝かせていたが、どんなに望んでも竜の力が発現しない現実に落ち込んだものだ。それでも私はやはり竜が好きで、幸運にもディアナと相性も良く竜騎士団に入隊することができた。竜騎士団を率いているのは王族なのだから、わざわざ入隊することはないと言われたが、竜と仲間の竜騎士達と共に前線で国を守れることが嬉しかった。
そしてある時、ロゼッタが現れた。
もはや御伽話のような存在になっていた竜の力だが、それを持ったロゼッタは我々に衝撃を与えた。彼女のことは、王として何としても失いたくないだろう。古竜を止めるという目的がなければ、このような地に送りたくもなかったはずだ。
それだけ、竜の力を持つことを重要視しているはず。
力を発現させた彼女をより王家の中心の血に取り込み、あわよくばその力を子へ孫へと繋ぎ、竜に愛された一族という名誉を守りたいはず。
陛下が望んでいること…それは、ロゼッタに危険が及ぶくらいならば、それを私が被るように…私がロゼッタの身代わりになることではないだろうか。
「私がロゼッタと代われたのなら…。」
再び口からこぼれた言葉は、陛下の意思を汲んだためだけのものではない。これは、私自身の意思でもある。
ロゼッタの存在を知った時、驚きと共に嫉妬を覚えた。自分が欲しくてたまらなかったものを持っていたのだから当然だ。彼女は一体どんな人物なのか見てやろうと、仄暗い思いで接触した。
しかし彼女は、とても清らかだった。彼女が私の中に竜の面影を見た時、私は嬉しかったのだ。力の発現こそしなかったが、紛れもなく竜に愛された一族の末裔なのだと思うことができた。御伽話としか思えない先祖の伝説だけを道標としてきた私にとって、自分は紛れもない竜の血筋だと教えられた気がした。
日々の仕事をこなす姿からも、人や竜と接する姿勢からも、彼女は芯から真っ直ぐな人だと感じられた。彼女が竜や動物に好かれるのはその力のためだけではなく、彼女自身の強さや清らかさのためだと断言できる。
そんなロゼッタが危険に晒されていることに胸が痛い。アイラが始まりの王弟の一族だという情報が与えられていたのだから、彼女の行動や思考をもっと予測するべきだった。他の竜騎士達と共に第一線にいるつもりでも、やはり私は王族で、危険から離れたところに配置される。ここへ向かう時だって、ヴァイツの決定を振り切ってでも、ロゼッタの代わりに私が来ればよかった。
いくつもの後悔が押し寄せる。
『ルーカス。貴方を大切に思う者のために、そんなことは言わないで。』
暗く沈む私に声をかけたのはディアナだった。
顔を上げると、優しい眼差しで私を見つめていた。絆を結んでいるから、彼女が私を心底心配していることが伝わってくる。それと同時に、私の暗い感情も彼女に伝わっているだろう。
『起こってしまったことはどうにもならないわ。気持ちを落ち着けて、やるべきことを見極めなければ。』
「うん…そうだね。」
『それに、あの子が強い子なのはあなたも分かっているでしょう。信じることも大切よ。』
「…!ああ。そうだったね。」
導くような優しい声音に安心する。
ディアナは始まりの王を愛した竜の末裔で、王家の相性の良い者と絆を結んできた。そんな彼女は私のことを歴代でも相性が良いと言ってくれる。私を支えてくれる彼女の存在がとてもありがたい。
「弱音を吐いてすまなかった。私は、私にできることを。」
彼女の頬に手を添えて言えば、彼女は優しく微笑んだ。
ドンッ…!
突然、重い衝撃音が響いた。
弾かれるように空を見上げると、二頭の古竜が互いの身体をぶつけ合っている。
その迫力を目にして、地上の人間達は硬直し息を呑む。
二頭が互いの身体を離すと、耳をつんざかんばかりの咆哮が響き、古竜同士の戦いの火蓋が切って落とされた。




