第41話 孤氷
回想 アイラ視点
建国の時代、始まりの王と弟を愛した竜は彼らに祝福を授けた。二人は良き王として国を治めていくはずだった。
しかし始まりの王は裏切った。
弟へその力の口外を禁じ、地方へ左遷して国の中枢から遠ざけた。それ以来、王弟一族はこの地に追いやられ、没落貴族同然の生活を余儀なくされた。遠い王都では兄王の一族が栄華を誇っているというのに。しかし王弟は悲しみからか、優しさからか、復讐は望まず静かに生涯を終えた。
王弟没後、私達の一族は力を持つ者の誕生を待っていた。自分たちも竜に愛された血を持つ正統なのだと示すためには、力を持つ者の存在が必要だった。王都で今ものうのうと暮らしている王の一族達への復讐を夢見ていた。
しかし、燻る思いとは裏腹に、一番最初の王弟以降この家に力を持つ者は生まれなかった。年月を重ねるにつれ、その血は薄れて力も衰退していった。
しかし、最初の王弟から何代も経たある日、待ち望まれていた先祖返りの力を持つ者が生まれた。
それが私だ。
私が10歳になる頃、祖父の部屋へ呼ばれて古びた本を手渡された。それは、祖父が何代も前の祖先の手記を発見し、修復を試みたものだった。
それを指差して、その中には、自分達は王家の血を引いているが除外された存在であること、それを知らしめるには力のある者の誕生を待ちその者に家の悲願を託すことが書かれていたと説明した。
そして、暗い瞳でひたりとわたしを見て、言ったのだ。
「私達の祖先は、家の秘密と王家の理不尽、そして恨みを継承し血を繋いできた。そしてお前が生まれた。お前は、この家の無念を晴らす存在なのだよ。」
その時の祖父の表情は初めて見るものだった。怒っているようにも悲しんでいるように見えて、私はただただ怖かった。突然のことに何も言えない私を見て、祖父はしばらくするといつものような穏やかな笑みに戻った。
混乱させてしまったね、これからゆっくり家の話をしていこうと言い、二人で手記を読んだ。
祖父はもともと穏やかな人だった。…私達家族の前では。
家にいることが多くて町の行事には参加せず、たまに買い物に行っても周りの人とは話さず、笑顔も見せないような人だった。そんな祖父を、町の人が怖いと思っているのも知っていた。
しかしそれは、私の父が亡くなってから顕著になったと母が教えてくれた。
父は家を継ぐ予定だったけど、私が生まれて間もなくして病気で亡くなった。感情をあまり見せない祖父が、父の亡骸を見て泣き崩れたのだと聞いて驚いた。
そしてその話を聞いて私は、祖父が感情を揺り動かされるのは家族のことだけで、この家と、家族が何よりも大切なのだと理解した。
そして共感した。
私は幼い頃から身体が弱かった。すぐに風邪をひくし、少し頑張ればすぐに熱を出した。祖父も母もそんな私が心配でたまらないようであまり外へ出さなかった。でも私もそれでよかった。心配をかけていることに申し訳なさは感じたが家族のそばは一番安心できたから。家に閉じこもってばかりの私にとっては、この小さな世界が…家族が全てだ。
でも、そんな小さな世界にも、外の世界を運んで来てくれる存在があった。
それはラルフだ。
ラルフは近所の家の同い年の男の子だ。私とは正反対に身体が丈夫で活発で、友達も多くてみんなと仲が良かった。
私が病気がちなことや家に閉じこもってばかりのことを、こっそり悪く言っている人達がいることは知っていた。
でもラルフは明るくて、誰にでも分け隔てなく優しかった。私が動物と話せることを知っても気味悪がらず、私の意向を汲んで他のみんなには内緒にしてくれた。
ラルフが訪ねてくると、冷たい部屋に春の風が入ってくるようで心が躍った。狭くて息のし辛ささえ覚えるこの小さな世界に、彼はあたたかさを運んでくれた。私はラルフと一緒に過ごす時間が大好きだった。
しかし、やがて祖父は重い病気を患い、私よりもベッドから離れられない状態になってしまった。そんな状況でも、祖父は最期まで恨み言を吐いていた。王都で今も華やかな生活をしているであろう、もともと同じ血を分けた存在を憎んでいた。
私達はこうして静かに消えていこうとしているというのに。
時折吹き込む春風は私の心を軽くしてくれたけれど、苦しそうな祖父とそれを看る母だけがやはり私の世界で、私の胸にもとうとうと暗い感情が流れ始めた。
そして最期の時、意識も虚な祖父は私に言った。
「この山には竜がいる。それは、追放された王弟をこの地で慰めてくれたという。」
それは初めて聞く話だった。
いつかラルフがこの近くにも竜がいると言って目をキラキラさせていたが、まさか本当にいるなんて。それも、王弟に寄り添ってくれた竜がいたなんて知らなかった。王弟が兄王に復讐しなかったのはその竜に慰められたから…?いろんなことを考えたけど、祖父はそれ以上詳しいことを話さなかった。しかし自身の思いだけは私に話した。
「…アイラ、それを探して呼びかけるのだ。その竜と共に、国を興そうではないか。」
私はその時初めて、祖父の涙を見た。
祖父はきっと、できることなら自分で怨みを晴らしたかったんだと思う。でも力がなくそれができなかったから、暗い思いを抱えながら生涯を過ごしてきたのだろう。
でも、私なら。
祖先が繋いできた思い、そして祖父が私に見出した希望を叶えることが、きっと私の存在意義だ。
祖父が亡くなった晩の翌朝、私は山に向かった。
雪の積もった道は歩くだけで体力を消耗する。吹き付ける風は冷たいけど身体は熱くて、息は苦しくて。どこを歩いているかもわからなかった。しかし何かに導かれるように歩き続け、ついに私は見つけた。
獣の通り道のような小さな穴を抜けた先に、氷でできた世界が広がっていたのだ。壁面も床も氷でできていて、氷の結晶は向こうが透けて見えるほど透明度が高い。目に映る全てに圧倒される。
そしてその空間の中央にいる存在を見つけて足を止めた。
そこには霜を被った大きな生き物が眠っていたのだ。どっしりとした大きな像や置き物のようにも見えるが、ゆっくりとした呼吸に合わせて上下する身体が彼が生き物であることを示していた。
私はそれを見ても怖くはなかった。
ただ、この竜にやっと会えたという、泣きそうなほどの高揚感があった。
近付いて隣に膝をつく。手で優しく顔の霜を払うと、それは美しい白銀の鱗が現れた。そして、どんな宝石よりも綺麗な金色の瞳が私を見たのだ。
「…たすけて。私に、力をかして。」
なぜか私は目の前の竜が話を聞いてくれるという確信があった。彼ならきっと私の力になってくれる。
人知れず除外され、忘れられることが許せないの。
何代もの当主と、そして祖父までが涙を流してきた。
みんなの恨みや憎しみを私の代で断つのよ。
そう決心して告げた言葉を聞いて、彼の金色の瞳が一瞬揺れた。
そしてゆっくりと瞬きをした後、彼は言った。
『…この命を賭して。』
その時、私とリータスは、何よりも強い結びつきを得たのだ。




