第40話 王弟の一族
ラルフは視線をレイド達に向けたままゆっくりとアイラさんの方へ動いていく。ナイフを首元にあてられた状態では抵抗できず、ラルフとともにレイド達から離れる。
アイラさんの近くまで来て止まり、わたしと目が合った彼女は淡々と話し始めた。
「動物と話せる力は、始まりの王の血筋だということを示している。それは知っているわね?…でもね、私はあなたとでは少し違うのよ。」
動物と話せる才能は、王家の血筋…竜の血を飲んだ建国の王の末裔だという証だ。それは私も含めて、意識があるこの場の全員が知っている。
だけど、彼女の言う「違う」とは、何のこと?
言おうとしていることが分からないわたしに、彼女は告げた。
「私の家はこの地域に追いやられた、建国の王の…弟の末裔よ。」
「王の、弟?」
建国の王の弟の話なんて、誰からも聞いたことがない。お伽話の中でだって当然聞いたことがない。
その言葉の真偽が分からずヴァイツさんに視線を送る。古くから竜騎士を輩出している家柄から、他よりそういった事情には詳しいはずだが、ヴァイツさんですら困惑しているようだった。
わたし達の反応を見てアイラさんは溜め息を吐く。
「やっぱり、伝えられていない話なのね。」
その表情はより暗くなったが、口許には自嘲的な笑みを浮かべている。
「建国の時代、その竜に愛されたのは一人じゃなかった。王と、その弟の二人だったのよ。二人は竜の血を飲んで力を手に入れ、二人の王として国を治めるはずだった。…だけど兄が裏切った。そんな事実は無かったことにして、弟の名も剥奪し辺境へ追いやったのよ。」
それは予想もしていなかった話だ。
思いがけない話に理解が追いつかず困惑する。突然そんなことを言われたってすぐに受け入れられるわけではないし、それに、彼女がいい加減なことを言っている可能性もある。
でも、白くなるほど強く握られたその手を見て、どうしても嘘だとは思えなかった。静かに淡々と紡がれた言葉には確かに彼女の怒りを感じた。
「そんな話、聞いたことがないわ。」
わたしは言った。
「この話が知られていないこと、私が竜の力を持ってここにいることが何よりの証拠よ。」
自分の話の信憑性を疑われても少しも怯まず、ただ淡々とアイラさんは言った。そして、ヴァイツさんやレイド達の方へ視線を向けた。
「町の人たちも、ロゼッタも無事に返してほしければ私の言うことを聞きなさい。私は王に二つ要求する。真実を伝えることと、謝罪することよ。王家の秘密と除外された私の一族の話を明るみにして民に広く伝えなさい。そしてその理不尽に巻き込まれた者達に謝罪しなさい。」
青白くて細い身体に不釣り合いなほどにその目も言葉も力強い。彼女の胸の内にはとてつもない怒りや悲しみがあって、それが彼女を突き動かしているように見えた。
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〜ラルフ視点回想〜
町の夜は思っていたよりも冷え込んだ。
この時期でもまだこんなに寒かったかなと思いつつ赤ら顔のおじさんに聞くと、ここ最近はいつもより寒いのだと答えた。そのため、風邪をひかないように宴は少し早めにお開きとなって、町のみんなは飲み足りないと言いつつ家に帰っていった。
俺たちはその晩、交代でアイラの動向を見張っていた。俺の前に見張りをしていたフォードさんとレイドからは特に動きはなかったと報告されて、俺はヴァネアさんと一緒に見張りについた。
もうすっかり灯りの落とされたアイラの部屋を見て、何も起こらないでくれと願ってしまう。
気がつけば、夜の闇に覆われていた空がうっすら明るくなってきた。遠くの山の端にオレンジ色がかかり始めている。もうそろそろ夜明けだろうという頃、少し動きがあった。アイラの寝室の窓が開いたのだ。
まだ町のみんなは寝静まっているというのに随分と早起きだ。それに、まだ外は寒い。ここからアイラの姿までは見えないが、身体を冷やしてしまうのではないかと心配する。
すると、少ししてアイラの部屋の窓辺から一羽の鳥が飛び立った。
アイラの友達が外に出してと訴えたのだろうかと思ったが、その時、レイドから聞いた話が頭をよぎった。
『訓練生の時に俺とロゼッタが誘拐されたことがあっただろ?あの時は、ロゼッタが動物達に協力を仰いだんだ。ロゼッタの力のおかげで俺達は助かった。』
…まさか、あの鳥がアイラに協力しているなんて可能性はないか?
アイラは動物と話せる力を生かして、いつの間にか町の噂話を聞いていたり、こっそり探し物を手伝ってくれたりすることがあった。
もしアイラが何か良くないことを企てているとして、彼女の友達に協力を仰いでも不思議ではない。
そう思って小鳥の行方を目で追うが、小さい姿は空に溶け込んですぐに見失ってしまった。
しかし、その小鳥が飛んでいった方角は、昔行方不明になったアイラを見つけた山の方だと気付いて急に胸がドキドキし出す。振り返ってアイラの部屋の窓を見るとすでに閉じられている。
なんだか、とても嫌な予感がした。
「ヴァネアさん、今アイラの部屋から出た小鳥が何かしらの合図という可能性はないでしょうか。…伝書鳩がいるくらいですし。」
俺の話を聞いてヴァネアさんも小鳥が飛んでいった方向を見る。
「今の白い鳥が…。可能性はなくはないわね。」
ヴァネアさんはアイラが動物と話せることを知らないが、動物を介した情報のやり取りの可能性に気が付き眉をひそめる。
その時、ちょうど団長がやって来た。見張り交代の時間になったのだ。
俺たちの話を聞くと団長は神妙に頷き、指示を出した。
「フォードとレイド、それにパートナーの竜達にも知らせておこう。何かあればすぐに動けるように。」
団長の言葉に頷き、俺とヴァネアさんは駆け出した。
しかし、恐れていたことが起きてしまった。
それからほどなくして、古竜が轟音を立ててあの山から出現したのだ。
やはり、あの時アイラは既に古竜と出会っていたのだと確信する。
町のみんなに避難を呼びかけながら、なんとかしなければとその古竜の元へ走ったが、なぜか向かう先にはアイラがいた。
「アイラ!なんでここに!危険だから逃げろ!」
驚いて呼びかけるが、アイラは表情ひとつ崩さず佇んでいる。そしてそのまま、なんでもないことのように話し始めた。
「私知ってたよ、ラルフ達が私を監視していたこと。それに、あなたのもう一人の同期…ロゼッタは、王族なのね?」
「!…なんで、それ…!」
驚く俺をよそに、アイラはふふふと笑う。
「ラルフったら忘れたの?ここには私の友達がたくさんいるのよ。人に気づかれないように話を聞くなんて簡単なことよ。…これだけ大きく騒げば、砦まで聞こえたかしら。」
そう言われてやっと気がつく。昨夜の、俺とレイドの話を聞かれていたのだ。俺たちはアイラを見張っていたが、アイラも俺たちを見張っていた。
そして、近くに人がいないことに油断し、ロゼッタのことを口走ってしまった自分の未熟さを恥じた。
俺を見つめてアイラは言う。
「…ラルフには教えておいてあげるね。私の家は始まりの王の弟の血筋なの。歴史から消された、ね。」
「始まりの王の弟…?歴史から消されたって?」
突然の話に困惑して、アイラの言葉を繰り返すことしかできない。
「ええ。…私はこの国に、王に、過去の過ちの謝罪と公言を求める。このまま消えていくだけなんて、ここまで命を繋いだ祖先が浮かばれないわ。」
暗い瞳のアイラに呼応するように、白銀の古竜が力を奮い、団長の赤竜を落とした。
そして恐ろしいことに、そのまま町を氷漬けにしようと古竜が町へ近付いてきたのだ。
町の方からは悲鳴が聞こえる。
「アイラ、やめろ!こんなことしたらみんなが傷つくだけだ!町のみんなは、アイラのことを心配してたんだぞ!」
「心配…?それはどうかしら。」
アイラを落ち着けようと思い言った言葉だったが、アイラの表情はより暗くなった。初めて見るそんな顔のアイラにたじろぐ。
「私が家にいれば何もしないで引きこもってるとか、私が外に出れば病気が自分や子供にうつるんじゃないかとか…。ヒソヒソ話す声を聞こえないと思っているのかしらね。」
「!…アイラ…。」
手紙でやり取りするアイラも、昨日久しぶりに顔を合わせて話したアイラも、昔と変わらない穏やかな彼女だった。
しかし、俺に見せなかっただけで、アイラは重く苦しいものを身の内に抱え込んでいたのだ。俺はそれに気が付けなかった。そして、こんなアイラを、俺は一人にしてしまっていたのか…。
「私、ラルフのことは好きよ。でもね、私の世界では私の家のことが全てなのよ。」
愕然とする俺に向かってアイラは言った。
そしてハッとする。
口元には自嘲するような笑みを浮かべているのに、その薄黄色の瞳は泣きそうに歪んだ。
胸を締め付けられてアイラに手を伸ばしたが、触れることは叶わなかった。
大きな羽ばたき音と吹き付ける冷たい風に空を見上げると、いつの間にかすぐそこに古竜が来ていた。白銀の身体のそいつと目があったかと思うと、急激に寒さに襲われて意識が遠のいていった。
「…傷つける気はないの。お願い、少し眠っていて。私の邪魔をしないで。」
掠れる視界で見たアイラは、とても悲しい顔をしていた。
俺は、アイラのことを何も分かってやれていなかったんだと後悔ばかりが押し寄せた。




