第39話 伏兵
〜アイラ視点〜
突然、爆発のような音と衝撃が響いた。
氷と石壁が砕け散り、視界が白く煙る。
あまりにも突然衝撃を受けて理解が追いつかない。うるさいくらい心臓がドキドキする一方で、あまりにも大きな衝撃を受けると全く動けないものなのだなと考える冷静な自分もいる。少しずつ晴れていく白い煙を見ていると、やっと見えたそこには大きな穴がぽっかりと空いていた。
一瞬でこんなことになるなんて、一体何が…。
そう思った時、その穴の縁に鋭い爪がかかった。
まさか。
最悪の可能性が脳裏に浮かんだが、その通り、煙の中から恐ろしい真っ黒な生き物が現れた。その生き物が金色の瞳をしているのに気が付いた時、やはり、それは竜なのだと理解した。
その鋭い目がぐるりとこちらを捉えると、場を震わせるほどの咆哮を放った。
耳をつんざく程の声量は音の震えとなって身体の芯までびりびりと揺らす。隣の母はその恐怖に立っていることができず膝から崩れ落ちる。力無く座り込み、目を見開いて震えることしかできない。
私はかろうじて立っているがそれでも膝が震えている。
先の見えない闇を見ているような、重厚で恐ろしい存在感に呑まれてしまいそうだ。少しでも気を抜くと母のように地面に崩れ落ちてしまいそう。
この竜も、きっと古竜だ。
回らない頭で必死に考える。
どうして?古竜が来ているなんて聞いていない。竜騎士達は古竜を連れていたということ?そうならば、そんなことができるのは自分と同じ力を持つロゼッタしかいない。
だけどどうしてここが分かったの?他の竜騎士や竜に見つからないために洞窟の中にいたのに。
慌ててロゼッタを見た時、彼女の変化に気付いて息を呑んだ。
黒かった彼女の瞳は、竜と同じ金色の瞳となっていたのだ。
これがおじい様が言っていた、竜の目なの?
はじまりの王が得たとされる二つの力は、動物達の声を聞く竜の耳、そして竜と同じ世界を見るための竜の目だ。
私は竜の耳を持っている。だけど彼女は両方を持っていたんだわ。
正真正銘の竜に血筋…!
焦りや恐怖もあるが、やはりロゼッタは計画に欠かすことができないと確信する。だって、おじい様やご先祖様の無念を晴らすために、私はここにいるのだから。
「リータス!」
恐怖を振り切るように大きな声で呼びかければ、私の竜はすぐに反応した。黒竜に向かって突進し、ぶつかり合いながら二頭とも洞窟の外へ出た。
リータスが外に出たことで、竜達を拘束していた氷が割れて気を失ったままの竜達がその場に崩れた。レイドとロゼッタを覆う氷も砕ける。
すかさず、副団長と名乗った竜騎士がレイドを抱えてロゼッタや他の竜騎士たちのところへ走った。
仕方なかったとは言え、私の竜という脅威がこの場にいなくなったことで、こちらの分が悪くなってしまった。だけど、どうにかしてロゼッタを捕まえなければ。
……………………………
〜ロゼッタ視点〜
燃えるような熱を持った目は今は落ち着き、自分だけの視界が戻ってきた。
「ロゼッタ、今のは…。」
「…おそらく今のが竜の目なんだと思います。気が付いたらナクティスと見ている世界が一つになって…。」
自分でも受け止めきれていない現象を説明する。目が熱くなったかと思うとナクティスと視界を共有していた。だけどそれだけではない。言葉ではなく頭の中で意思も疎通していて、この場所を知らせることができた。
ナクティスによって開けられた穴から彼らの様子が見える。彼らは上空で互いを牽制するように飛んでいた。
ナクティスが盟友とまで呼んでいた白銀の竜とこんな形で会うことになってしまった。悔しさや悲しさや…、彼の胸の内を思うとわたしも胸が痛い。
だけどナクティスのおかげで事態が少し好転した。この場に白銀の竜がいなくなったことで私達に及ぶ危険が少なくなった。
氷で冷やされた足を動かしてヴァイツさんに抱えられたレイドに近付く。
レイドの身体を覆っていた氷は無くなったけど、顔は白いし短い呼吸を繰り返している。頬に手を当てるととても冷たくて、どうしようもなく怖くなってくる。
「レイド…。」
名前を呼ぶとゆっくり目を開け、わたしと自分を抱えるヴァイツさんを見た。
わたし達が無事であることを確認してホッとしたように表情を緩めたものの、また目を閉じた。
「レイド…!」
嫌よ、嫌…。
両手で頬を包み込み、何度も名前を呼ぶ。
あっという間に私の手の体温が奪われるのにレイドは少しも温まらない。
どうしよう、どうしようと焦るわたしの肩に手が置かれ、ハッとヴァイツさんを見る。
「ロゼッタ聞いてくれ、外に俺の竜が来てる。みんなを運びたいが、動けるか?」
こんな状況でもヴァイツさんの紫色の目は凛としている。その力強さは動揺するわたしを少し落ち着かせてくれた。
ヴァイツさんの言葉に頷いて返事をする。
ナクティスが開けた穴から外が見えるから、そこから出られればヴァイツさんの竜の力を借りられるし応援を呼べる。
団長達の体重を考えると運び出し役はヴァイツさん、アイラさん達の牽制はわたしが担うのが適切だろう。
アイラさんのお母さんは怯えて動けないようだし、アイラさん一人を止めておくことくらいできる。
みんなを外に出すなら今だ。
アイラさん達の後ろに倒れているみんなの竜を見る。その中にはもちろんアルもいる。いつも元気でキラキラとした目をしているアルが、力無く目を瞑っている姿に心が痛い。
みんなも早く出してあげたいけどわたし達二人では無理だ。だけど、体が大きい分人間よりは丈夫なはず。まずは人間を優先しないと。
「わたしがアイラさん達を止めます。みんなをお願いします。」
ヴァイツさんがみんなを運び出す間、アイラさん達を止めておかなければ。
たとえ凶器を持っていたとしても、鍛えられていない一般市民に押されることはない。
「ロゼッタ…。」
動こうとした時、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「!…ラルフ!」
わたしを呼んだラルフは、苦しそうな顔をしながらもハッキリ目を開けている。まだ身体がつらいだろうに、手をついて上半身を起こそうとするのを手伝う。
「よかった…!大丈夫?動けそうなの?」
わたしの言葉にラルフは頷く。目を開けてくれた嬉しさと心配で、その顔を覗き込もうとした時、首元にヒヤリとしたものが当たった。
「え…?」
「ラルフ!?」
一瞬、理解できなかった。
ヴァイツさんの驚いた声と、自分の首元にあるそれを見てようやく理解が追いついた。
ラルフが、わたしの首にナイフをあてているのだ。
「ラルフ…?どうして。」
困惑の声を上げたのはアイラさんだった。
その言葉で、これはラルフの突発的な行動だとわかる。
「言っただろアイラ。俺は昔と何も変わってないって。」
「ラルフ…!」
アイラさんが嬉しそうに笑う。希望を見出したような笑みだ。
ラルフが立ち上がるのと同時に、強い力で体を持ち上げられるように立たされる。普段からは考えられないその乱暴さもますますわたしを動揺させる。
「ラルフ…?」
どうしてなの?
ラルフ、どうしてこんなことをするの?
その理由を聞きたくてラルフの顔を見るが視線が合うことはない。いつもの元気な笑顔が嘘のように無表情で、感情を読み取ることができない。
…ラルフが何を考えているか分からない。
「ラルフ、お前っ…!」
声の方を見ると、レイドが苦しそうに目を開けてラルフに呼びかけていた。
どうしてだ、何故そんなことをと、目で訴えかけているのが分かる。
それでもラルフは答えない。
わたし達の言葉さえラルフに届かない。
〜ヴァイツ視点〜
ヴァイツは懸念していたことが起こってしまったと思っていた。
今回の任務にはラルフを連れて来ざるを得なかったが、団長をはじめとしたメンバーの中である懸念があった。
それは、ラルフがアイラに協力してしまうこと。
ラルフはアイラのことを大切な幼馴染だと話していた。情に厚い彼がアイラに肩入れしてしまわないかという不安があったのだ。
そのため、アイラの周囲を見張るときも誰かとペアを組ませ、おかしな様子がないかラルフのことも見張らせていた。
俺達がここに来た時にはラルフも他の仲間たちと同様の状態になっていた。そしてアイラも、ラルフ一人だけ特別扱いするような様子がなかったことから、この二人は協力関係にならなかったのだと思った。
しかしまさか、ここに来てラルフがアイラに寝返るなんて思わなかった。アイラの反応を見ると、アイラすらも予想していない展開らしい。
そして、あんなに大切な仲間だと言っていたロゼッタを人質に取るなんて。
それだけ、アイラのことが大切だということなのか。
ラルフの思わぬ行動に奥歯を噛み締める。ラルフを睨む腕の中のレイドも、首元にナイフをあてられて呆然とするロゼッタも、今の俺にはどうすることもできない。悔しさと情けなさが募るだけだ。
「アイラ、言ってやれよ。こんなことをする目的を。ロゼッタは手に入れたけど、目的を外に伝えなきゃ意味がないだろ。」
ラルフは感情のわからない声で淡々とそう言った。その言葉を聞いて、ラルフはアイラの目的を知らされているのだと知る。
アイラはラルフを見て頷いた。
「そうね。ロゼッタがこちらに来たら、約束通り他の竜騎士達は外に出ていいわ。そして、私の目的を王に伝えなさい。」
暗く澱んだ目をこちらに向けながら、アイラは自らの目的を話し始めた。




