第52話 きっちりしてる
View of ガルラ ミルオース中央皇国所属 英雄
農務卿が皇都の家に戻ってきたタイミングで俺は農務卿の部屋へと忍び込み、卿が手に入れたエインヘリアの情報を聞き取った俺は、農務卿に礼を告げてからエインヘリアの者たちが泊まる宿付近へとやってきた。
農務卿はこれから城に向かい統制卿と話をするとのことだったが……恐らく先程聞いた見送り云々の話だろう。
農務卿は相手の懐に入り込むことが上手いからな。
あの方法なら、私とは別口でエインヘリアの情報を集めてくれるだろう。
しかし、エインヘリアの王は統制卿から見ても農務卿から見ても一筋縄ではいかない相手のようだ。
それに相手はこちらの言葉を完璧に理解しているのに、こちらは向こうの言葉がわからないというのも厳しい。
当然宿の中では連中の言葉でやり取りをするだろうし……ひとまず遠目から動向の確認をしつつ、連中の言葉を聞き取っておこう。
俺が遅刻しなければ……あるいは、農務卿がエインヘリアの連中の所へ行く前に接触できていれば楽だったのだが……まぁ、自業自得だな。
相手が普通の存在であれば、適当に宿の従業員を装ったり農務卿の使者を装ったりして内側に入り込むのだが、今回の相手は普通ではないらしいし、可能な限りリスクは避けたい。
俺には他人の視覚や聴覚といった感覚を共有する能力がある。
これを使えば機密情報の類を盗み出すことは簡単だし、弱みを握ることも片手間にできるので非常に重宝している能力なのだが、当然無条件に使用できるわけではない。
まず大前提として、感覚を共有するには俺が相手に直接触れる必要がある。
そして能力を発動するタイミングは任意だが感覚を共有している間、俺自身の五感は全て消失するので完全に無防備になってしまう。
更に対象と距離が離れすぎると強制的に共有が解除される。
便利ではあるが制約も多く、メリットもデメリットも非常にでかい能力だ。
エインヘリアの王に接触できれば最高なんだが、まず無理だろう。
使節団の者が宿の外に出てくれば接触できるかもしれんが……そんなことを考えながら遠目に宿の入り口を監視していると、数人の男女が宿から出て来て通りを移動し始めた。
一人は文官風の緑髪の男。
もう一人は不思議な恰好をした黒髪の女。
最後の一人は……随分と軽装の男だが、腰に剣を佩いているので護衛だろう。
貸し切りとなっているあの宿から出てきたし、服装や人相が統制卿や農務卿から聞いていたエインヘリアの王の従者のものと一致している。
感覚を共有する相手としては最上だろう。
……行けるか?
一瞬、そんな考えが頭をよぎったが……文官風の男が、常人では人相すら確認出来ない距離の酒場で酒を飲んでいる風を装っている俺とばっちりと目が合い、軽く一礼をしてから通りの向こうへと歩いて行ったのを見て背筋が凍った。
アレはまずい。
確実に俺のことを認識しながらも放置……それ自体はまだいい。
問題は……あの容姿、確か大使として皇都に赴任する人物ではなかったか?
アレは間違いなく英雄。
エインヘリアの王、魔法使いの女、文官風の男……これで最低三人の英雄が皇都に入り込んでいるわけだ。
いや、一緒に出てきた軽装の剣士……アレも尋常ではなさそうだ。
もう一人の護衛である女の騎士も英雄と見た方が良さそうだな。
となると五人……謁見に現れた六人中五人が英雄ということになる。
統制卿は当初、エインヘリアとは人口百万規模の国だと考えていたようだが、ありえないな。
王自らここにきている以上、その守りとして国にいる全ての英雄を連れてきている可能性もゼロではないが……いや、そもそもアレは本当にエインヘリアの王なのか?
王が英雄として生まれる確率……砂漠の中から特定の一粒を見つけ出す様なものではないか?
在り得るのか……?
いや、絶対にないとは言い切れないが……それでも英雄が王の影武者としてここに来たというほうが現実味がある気がする。
……いや、それは俺が考えるべき事柄ではない。
問題は、私の監視をあっさりと見破る相手が皇都に大使として赴任するという事実。
アレが斥候系の英雄なのかはわからないが、少なくとも俺がヤツ相手に諜報関係で出し抜くことは不可能に近いだろう。
能力を使って探ろうにも、能力の有効射程を考えると今見つかった距離以上離れることはできない訳で……無論、相手の姿を見通せる必要はないから、建物の中に潜んでという形で能力は使うが……あっさりと見破られそうな予感がする。
……一番マズいのは、船に潜り込む予定が完全に崩されたという点だ。
俺の姿を見たのはあの文官風の男だけだが、当然俺のことをエインヘリアの王に報告する筈だ。
多少変装した所で誤魔化せるとは思えないな……仕方ない、船に潜り込むのは別の者に任せるか。
……ひとまずこの件を統制卿に伝えておかなければ。
そう考えた俺は椅子から立ち上がり……。
「お酒はもう宜しいので?」
目の前に立っている男に声を掛けられ、目を瞠る。
大通りに面した大衆酒場には似つかわしくない小奇麗な服装。
髪もしっかりと整えられており、視線は鋭く生真面目さが全面に出ている。
これが酒場の店員であるなら、この店はもう少し店の格というものを意識した方がいいだろう。
だが、この男が店員でないことは改めて確認するまでもない。
何故ならこの男は……先程、エインヘリアの者たちが泊まる宿から出てきた文官風の男に違いないのだから。
それを認識した瞬間、俺は窓から飛び出し通りを駆け出す。
街の雑踏に紛れるようにと一瞬考えたが、その考えを捨てて足に力を籠め、一気に建物の屋根へと上がり全速力で走る。
目指すは城の……統制卿の執務室。
なりふり構わず得た情報を伝えるべきだ……そう考え、とにかく一直線に城を目指す。
追いかけられては……いない。
見逃された?
いや、ならば何故俺の前に出てきた……?
そもそも、宿を出た時に気付いていたことをこちらに知らせる必要すら……。
「英雄とはいえ、無銭飲食は良くないのでは?まぁ、今回は私が立て替えておきましたが」
「っ!?」
不安定な屋根の上に直立不動の姿勢のまま苦言を呈してくるのは……どこからどうみても先程の男。
「それともツケの利くお店だったのでしょうか?ひとまず、銅貨七枚支払っておいたのでお返しいただけますか?」
「……」
金を請求に来た……わけではないよな。
そんな理由だったら即座に払ってこの場を去りたい。
「まぁ、その話は後にしましょう。実は貴方にお願いしたいことがあってやってきた次第でして」
「……」
……ダメだ、逃げる隙が無いどころの話ではない。
指一本……自分の意思で動かすことができないような……圧倒的な……。
「明日、我らが王であらせられるフェルズ様は皇都を立ちエインヘリアへの帰路につきますが、私は大使としてこの地に赴任します。そこで、皇都に詳しい貴方に是非大使館として使う土地を探す手伝いをしていただきたいのです」
何故俺がそんなことを……。
「フェルズ様が出立される前に土地の確保を報告したいのですよ。お手伝いいただけませんか?」
拒否権は……ないな。
圧が強すぎる。
「……わかった」
「ありがとうございます。あ、銅貨七枚もお忘れなく」
……細かすぎないか?




