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第53話 やべぇ



View of ガルラ ミルオース中央皇国所属 英雄






 結局、請われるがまま皇都を案内することになったのだが……翌日まで逃げられなかった。


 統制卿の所へ報告に行くこともできない……隙を見て逃げようともしたのだが、そもそも一瞬の隙も無く、強引に逃げ出せば何事もなかったかのように先回りされる。


 ミルオース中央皇国において英雄の名を冠している身としてはなんとも情けない限りだが、この男……バーシェルと名乗った男は、格が違い過ぎた。


 今日初めて会ったにも拘らず、的確にこちらの心を読み、行動を先読みし、全てを封じてくる。


 言動は凄まじく生真面目……しかし何処までもケチ……いや、きっちりしている。


 日が昇るまで皇都を案内させた挙句、途中で取った食事は全て割り勘……当然銅貨七枚も払わされた。


 いや、払うのが当然なんだろうが……徹夜で皇都を案内したというのに無報酬なのは、どうなんだ?


 正直、そんなことを気にしている場合ではないというのは理解しているのだが、体力的な疲労よりも精神的な疲労によって思考が鈍くなっているのを感じる。


「さて、そろそろ時間なので、私は一度宿に戻り報告を……そして出立されるフェルズ様の見送りをせねばなりません。貴方にも是非同道してもらいたいですね」


「……あぁ」


 拒む気すら起きず、俺はバーシェルの提案を受け入れる。


 もうこの時には、バーシェルがこの場から離れたのだから今なら逃げられるなんて考えは一切起こらなかった。


 一日にも満たない時間で、俺の心は完全に折れていた。


 いや……折れていたと思っていた。






「そ、空を飛ぶ船だと!?」


「えぇ、飛行船といいます。初めての土地に向かう時、我々はアレを使います」


 皇都から少し離れた地に、エインヘリアの王を乗せた馬車が到着すると……何もなかった筈の空から船がゆっくりと降りてきた。


 いや、何もなかったわけではない。


 気付かなかっただけでずっと空に浮いていたのだろう。


 バーシェルに請われるがままに空を見上げ……よくよく目を凝らせば空の一点に違和感を感じたのだ。


 見つけてしまえばそれと分かる程度のものではあったが、知らなければ絶対に気付けない……飛行船という存在を知ったからこそ、見つけることができる違和感。


 いや、知っていたとしてもかなり用心深く空を見ておかなければ気付くのは難しいだろう。


 今は昼だから違和感に気付けたが、夜間だとしたら……英雄である俺であっても発見するのは困難かもしれない。


 こんなものに攻め込まれたら対策できるか?


 ウェティカであれば空を飛ぶ船でも魔法を叩きこめるだろう。


 魔導砲を上空に向けられるようにすれば迎撃できるかもしれない。


 だが、エインヘリアとの戦争は既に始まっているわけで……今から魔導砲の改修が間に合うのか?


 ウェティカ一人で飛行船とやらを全て撃墜できるのか?


 無理だ。


 飛行船は空を飛び、ミルオース中央皇国のどこにでもいける。


 とてもではないがウェティカ一人でどこから現れるかもわからない飛行船の相手ができる訳がない。


 そもそもあの船に英雄が乗っていれば、ウェティカの魔法でも落とせるか怪しくなってくる。


「参考までに聞きたいのだが……」


「なんでしょう?」

 

「あの飛行船という船は……どのくらい数が……いや、エインヘリアでは普通に使われているものなのか?」


 数なぞ聞いても答える筈がない。


「そうですね、一般の民でも使えるくらいには。あぁ、勿論個人で所有しているという意味ではなく……決まった航路を飛ぶ定期便が大陸各地に飛んでいて、民も利用していますね」


「な、なるほど」


 軍事専用ではなく、既に一般の民にも……これは、技術だけではなく国力も確実に先を行かれている。


 統制卿は情報の面で後れを取っていると考えていたが、技術力ではミルオース中央皇国が先を行っていると考えていた。


 だがこれは……根底から話が変わってくるぞ。


 正直、技術力も情報力も個々の英雄の力でさえも、エインヘリアに上を行かれている。


 少なくとも俺はバーシェルには絶対に勝てない。


 そしてあの椅子を作ったという魔法使いにウェティカは勝てるか?


 可能性があるとすればルトアスくらいだろう。


 そもそも統制卿の考えでは、エインヘリアは攻め込めたとしても大した戦力を送り込んでくることはできないという考えだった。


 しかし、この飛行船を使えば……それこそ、いきなり皇都を戦場に……四大公の本拠地を強襲することも可能ということだ。


 飛行船がどのくらいの速度で動くことができるかは知らないが、地形を無視して移動できる以上陸路で追いかけられるとは思えない。

 

 というか……エインヘリアと戦争?


 大使と称して英雄を皇都に堂々と潜り込ませ、皇都の傍に空を飛ぶ船で乗り付ける。


 情報を一切与えずにここまでやってきたかと思えば、宣戦布告と同時にどんどん手札を見せていく。


 ……あぁ、そうか。


 エインヘリアの王が宣戦布告をした時に堂々と叩き潰すと言っていたと統制卿から聞いたが、それはこのことか。


 ……海戦での守戦なら分があると統制卿は言っていたし、俺もそう思っていた。


 だが……海に浮かぶ船と空を飛ぶ船……戦いになるか?


 魔法すら必要ない……上から岩を落とされるだけで碌な反撃すらできないんじゃないか?


 それに、ルトアスは確かに強いし、その能力も非常に戦闘向きだ。


 恐らくエインヘリアでもルトアスの相手はかなり厳しいだろう。


 しかし、それでもルトアスは無敵ではないし、能力の範囲こそ非常に広いが本人は近接戦闘特化。


 空飛ぶ船相手に有効打は出せないだろう。


 何よりルトアス一人でこの大陸全土を守ることは不可能……どうやってもエインヘリアに勝つビジョンが見えない。


 相手の本拠地どころか大陸の位置すらわからない。


 英雄の数もわからない。


 英雄の質は恐らく相手の方が上。


 技術力も相手の方が上。


 経済力はわからないが……持ってきた金銀を考えると、少なくとも金は持っている。


 総合的な国力は……いや、落ち着け。


 今の推測もエインヘリアの一面を見ただけに過ぎない。


 色々と判断するのは早計だ。


「少し席を外します。すぐに戻りますので、聞きたいことがあるようでしたらその時に……」


 そんなことを言ってバーシェルが俺の傍から離れ、エインヘリアの王の乗っている馬車の方へと歩いていく。


 馬車に乗る時はその姿を見ることはできなかったが……そんなことを考えながら馬車の方を見ていると、開かれた扉から一人の人物が……。


 ……馬鹿な。


 なんだあれは?


 アレが……エインヘリアの王?


 滲み出る雰囲気、纏っている空気が違う……。


 俺も英雄だ。


 味方とはいえ、英雄は何人も見ている。


 だが……アレは……アレは違う!


 英雄がどうとか……アレはそういう存在じゃない!


 バーシェルのようにこちらを見ているわけではない。


 ただ、馬車から外に出てきただけ……ただそれだけで、他者を制圧するような気配をまき散らしている。


 ここが敵地であることを差し引いたとしても、さすがにこれは……。


 続いて出てきた農務卿は……さすがだな。


 気圧された様子を一切見せない。


 だが、エインヘリアの王と少し話した後空を見上げ……さすがに驚愕したような様子を見せる。


 まぁ、そうだろうな。


 飛行船はもうかなり近くまで降りてきている。


 エインヘリアの王はアレに乗って国に帰るのだろうが……そういえば、サレーン港には行かないのか?


 もしや、第七艦隊の者たちも飛行船で移動するのか?


 マズい。


 どんどん予定が……前提が覆されている。


 バーシェル、エインヘリアの王、飛行船……だ、ダメだ。


 つい先程、早計過ぎると考えたばかりだが、やはり勝てる気が一切しない。


 ……ぼ、亡命も視野に入れるか?









明日は書籍版はおー第三巻の発売日です!

いつもと同じようにあちこち手直しをしつつ、書下ろしエピソードもぶち込んであります!

それと今回の特典SSは電子書籍版だけですが、Web版ではやっていないエインヘリアのメイドの子視点です!

それと、今回のカラー絵は相当肌色多めとなっております……ぜひご堪能ください!





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亡命が選択肢に入るの、賢いな……
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