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第50話 空を見なよ



 宿の外に出ると、そこには農務卿が獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべて仁王立ちしていた。


 ……仁王立ちが似合い過ぎるな、この人。


「やぁ、エインヘリア王。今から帰るのかい?」


「あぁ。もうここでやることはないからな」


「そうかい。なら約束通り見送りをさせてもらうよ……皇都の外まで同乗させてもらっても?」


 え、やだなぁ……とは言えない我覇王。


「俺は構わないが、そちら的には大丈夫なのか?」


「今回はさすがに統制卿であるカレンツォの旦那に話は通しておいたからね。問題ないよ」


「そうか。では束の間の旅を共に行くとするか」


 まぁ、一緒に行くのは想定内……というか予定通りなんだけどね。


 それはそうと……馬車に乗る時ってエスコートするもんなのかしら?


 え?どうしよう?


 誰かに……というか『鷹の声』を使ってフィオに聞く暇すらない。


 やばっ!?


 降りる時に手を貸すシーンは見たことがあるけど、乗る時……?


 そもそもどうやってエスコート?


 馬車の外で手を……難しい。


 馬車の中から手を……なんかおかしくない?


 やヴぁい!


 覇王ここにきて大ピンチ!


 いや……エインヘリアは馬車なんて使わない訳で……よし。


 俺はささっと馬車に乗り込んでから、農務卿に向かって手を差し出す。


 一瞬驚いた様な表情を見せた農務卿だったが、すぐににやりと笑みを浮かべながら俺の差し出した手に自らの手を重ねる。


「女扱いされたのなんて十年ぶりどころじゃないよ」


「くくっ……ミルオース中央皇国の男は紳士足り得ないようだな」


 俺が紳士的な笑みを見せながら言うと、エセリアス卿は全くだと言いながら俺の向かい側に座る。


「しかし、問題ないようで安心した」


「何がだい?」


「実はエインヘリアでは馬車というものはあまり使うことがなくてな。このやり方であっているのか一瞬悩んだ」


 俺がそう言って肩を竦めると、エセリアス卿がきょとんとした表情を見せる。


「馬車以外の乗り物があるのかい?」


「くくっ……まぁ、そうだな」


 移動は基本歩きか、転移……もしくは飛行船だね。


 そんな話をしていると、馬車がゆっくりと動き始める。


 あぁ、腰にくるなぁ。


「大陸が違うと乗り物まで違うのか……エインヘリア王と話していると別の大陸の人って感じがしないけどね。当たり前のようにうちの言葉を使ってるけど、魔道具の効果なのかい?」


「いや、これはこの大陸の言葉を覚えただけだ。普通に会話をする程度にしか使えないが……まぁ、挨拶程度なら十分だろ?」


「そりゃ……凄いね。言葉を覚えるってかなり大変だろうに」


 そうだね……覇王のスペックじゃなかったら滅茶苦茶大変だと思うけど、覇王のスペックだと数日である程度使えるようになっちゃうんだよね。


 おかげでしっかり謁見で煽り散らすことができた訳だ。


 覇王マジ反則。


「簡単とは言わないが、覚える価値はある。通訳を挟むと細かいニュアンスが通じていない可能性もあるし、そもそも正しく伝わっているのか把握できないからな」


「……エインヘリアは、うち以外にも異なる言語を使う者たちと交流があるのかい?」


 少し考え込むような様子を見せながら農務卿が聞いてくる。


「あぁ、あるぞ。我が国は二つの大陸に領土を持つ国だしな」


「へぇ」


 大した話ではないといった様子で俺は農務卿に言ってみせる。


 もう宣戦布告は終わったからね、情報も解禁で問題ない。


 ってキリクが言ってました。


 農務卿のおば……おねぇさんは警戒と好奇心が半々って気がする。


 これならこちらの予想通りになるかな?


 まぁ、実際のところ腹の内は全く読めないけどね……この人も、四大公としてこの国の貴族たちのトップを張ってきた人だからね。


 俺程度に本心を見抜かれたりはしないだろう。


「エインヘリアも、うちと同じように海を越えて戦っていたって訳かい」


「くくっ……そういう意図はなかったのだがな。我が国が大陸を股にかけて国土を広げたのは、事故……いや、人災だな」


「人災?」


「世の中には物騒な魔法や儀式が存在するという話だ」


 俺が肩を竦めると、農務卿は意味がわからないとばかりに首を傾げる。


「話すのは構わんが……少し長い話になりそうだしな。皇都を抜けるまでには終わるまい」


「次の機会を楽しみにしとくよ」


 にやりとした笑みを見せる農務卿だけど、その振る舞いに若干疑問を覚えた俺は予定にはなかった質問をしてしまう。


「しかし、このまま俺が皇都を出れば戦争が始まる訳だが、貴殿はそれでいいのかな?」


「あまり良くはないけど、先にやらかしたのはこっちだからね。腹をくくるしかないじゃないか」


 そういってカラカラと笑う農務卿。


 英雄ではなさそうだけど、随分と肝の座った人だね。


「まぁ、戦争となったら私の領分じゃない。外征卿と統制卿……ルデアクタスの旦那とカレンツォの旦那の領分だ。アタイは……まぁ、うちの領地に足を踏み入れるなら戦うだろうけど、うちから攻めるかい?」


 そういってギラギラした目を向けてくる農務卿。


 随分と強気な姿を見せているけど……さすがにこれには騙されない。


 農務卿は俺たちから自分の領地を守れるとは全く思っていないだろう。


 寧ろこっちには攻めてくんなと全力で思っている筈だ。


「くくっ……その時はお手柔らかにな」


 俺の返答に鼻を鳴らす農務卿。


 俺としてはわざわざ攻める必要性は感じないところではあるけど、農務卿やその領地がどうなるかは……まぁ、彼女やその配下の立ち回り次第だろう。


 そんな事を考えていると馬車がガタンと音を立てて大きく揺れた。


「皇都の外に出たみたいだね」


 窓の外に視線を向けながら農務卿が言う。


 なるほど……さらに道が悪くなったって訳ですね。


「見送りはここまででいいのかい?」


 こちらをじっと見ながらそう口にする農務卿の表情には、エインヘリアのことを教えてやると言った割にあんまり聞けてなくない?といった雰囲気が感じられる。


「くくっ……もう少し先まで頼もうか。あぁ、皇都は出たが危害は加えないと約束しよう」


「ははっ、そこは心配しちゃいないよ」


「そうか。まぁ、そこまで時間は取らせない……」


 と俺が言ったタイミングで、馬車がゆっくりと動きを止める。


「どうやら目的地に着いたようだ」


 ってか本当に近くだったな……もう少し先までとか言った意味よ。


 そんな風に若干気恥ずかしさを覚えていると、外から声がかかり扉が開かれた。


 馬車の外にいたリーンフェリアが開けてくれた扉から外に出て……再び農務卿に手を差し出し、馬車の外へとエスコート。


 ……これめっちゃ緊張するな。


 ちゃんとできてるのだろうか?


 そんな妙なプレッシャーを覚えた俺は、思いっきり背伸びしたい気持ちをぐっと堪えつつ、俺は農務卿へと話しかける。


「さて、俺たちはこれから国に帰る訳だが……どうだ?農務卿。エインヘリアに来るか?」


「ははっ!裏切りの打診かい?」


「くくっ……そういう訳ではない、言葉通りの意味だ。こちらからは皇都に大使を残してきたが、そちらは我が国に誰も派遣出来ていないだろう?」


「……第七艦隊の連中がいるんじゃないのかい?」


 訝しげな表情を見せながら問いかけてくる農務卿に、俺は肩を竦めながら答える。


「彼らは亡命希望だからな。既に所属はエインヘリアとなっている」


「……攫うってわけじゃなさそうだけど」


「当然だ。旅行に誘っている……といったところだな。勿論拒否してもらっても構わん」


「興味はあるけどねぇ……」


 さすがの女傑でも頷かないかな?


 まぁ、どちらでも構わない。


「ここから馬車で……二カ月かけてサレーン港。そこから船でまた数か月だろ?さすがにそんな長い間国を空ける訳にはいかないね」


「くくっ……当然だな。俺も今回半月ほど国を空けてしまったからな。今から溜まった仕事で気が重いというものだ」


 俺が肩を竦めてみせると、農務卿が訝しげな表情を見せる。


「半月……?エインヘリアの一ヵ月ってのは……」


「三十日だな」


「……どういうことだい?」


 当然理解出来ないよね……でもまぁ、すぐにわかるよ。


「くくっ……我がエインヘリアの船を紹介しよう。飛行船だ」


 そう言って俺が自分の真上を指差す様に上げると、農務卿はつられた様に顔を上に向け……。


「なっ!?なんだいアレは!?」


 飛行船に新たに搭載された迷彩の魔道具の効果で地上から視認しづらくなっていたけど、さすがに降下してくればその姿は肉眼でもはっきりとわかる。


 飛行船の姿を見上げ言葉をなくす農務卿。


 その横に並び立ち、俺は飛行船を見上げる。


 俺はフェルズ……覇王フェルズだ。


 何の因果か海を越えてまでバリバリの覇王ムーブを見せつけに来た、この地を蹂躙する覇王だ。





ここまでお付き合いいただいて下さった皆さんならもうお判りでしょうが、この章はこれで終わりになります。

いつもならこの後閑章に突入するところですが、この状態でそれは生殺しというか……本編はよ!って言われそうなので、次回から閑章は挟まずに三章に突入します!

今後とも『覇王』をよろしくお願いします!


あ、今月書籍版『覇王』の三巻が発売です!

Amazonとかで表紙が見られるので是非!







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