第45話 交渉ではなく宣言
View of エクスタ=カレンツォ ミルオース中央皇国 四大公 統制卿
「くくっ……当然だとも。だが、それでも俺にはやらなければならないことがあってな」
従者によって生み出された石の玉座に座り、この場にいる誰よりも尊大に振舞う男……エインヘリアの王の言葉。
この場を完全に支配しているその言葉の続きを……我々は聞かなくてはならない。
「それは……?」
「売られた喧嘩を買ってやったと宣言してやることだ。俺たちはどこぞの蛮族とは違うのでな、しっかりと宣戦布告をしてから、堂々とお前たちを潰してやろう」
「……」
最悪だ。
このままだと我々は二つの大陸と交戦状態に陥ることになる。
既に戦端を開いている新大陸の方はともかく、エインヘリアと交戦状態になるのは避けたい。
だが……どうすればいい?
「それは……第七艦隊の独断によるもの。我々としてはまずお互い……」
「くくっ……独断とは言うが、その権限を与えたのはお前たちだろう?ならば当然その責任はお前たちにある。改めて言うことではないだろう?」
その通りだ。
言い訳にすらなっていないが……やはりダメか。
通じれば幸運程度……いや、その場合は相手の企みに乗せられたということで別の警戒が必要になるが、そういう狙いはなかったようだ。
となると、本気で我々と正面切って戦争を?
「さて、貴様らにとっては寝耳に水と言ったところだろうが、俺たちはとっくの昔に貴様らミルオース中央皇国を敵対国だと認識している。突然攻撃を仕掛けられた訳だからな、当然だろう?」
「……」
賠償……それを告げることは躊躇われる。
非を認めるということは現段階ではできない……それはミルオース中央皇国の国是を否定することになる。
それを私が……統制卿が真っ先に行うことはできない。
その基本方針が気に食わないとしてもだ。
「まぁ、幾分余裕はくれてやろう。この謁見が終わって後……俺がこの皇都を出るまでは敵対行動はとらない。それ以降は自由にさせてもらうがな」
「……それは、しばらく滞在するという意味で?」
「いや?明日にでも帰国の途につかせて貰う予定だ」
余裕とは……?
「それと、交戦状態になるとは言え互いに海を隔てた大陸に本拠地を持つわけだからな。やり取りが断絶してしまうと色々と不便だろう?だから大使館と大使を皇都に置いてやる。我々と交渉したいことがあるなら、大使に全権を持たせておくから好きに交渉すると良い。捕虜交換、和睦、降伏、亡命……その他、どんな交渉でも大使とのやり取りで進められるからな。そうそう、当然だが大使および大使館に手を出せば、以降はどんな弁明も聞かん……俺としては全力で大使館を守ることを勧める」
「……」
自分たちが負けるとは一欠けらも思っていない口ぶり。
いや、威風堂々たる姿と、そこから滲み出る自信……この王は負けたことがないのかもしれない。
だが、大陸一つを征している我々と、大陸に数ある国の一つでは明らかに国力が違う。
兵の数は勿論、英雄の数も……いや、我々が別の大陸と交戦中であることを知っていて、エインヘリアにあまり戦力が割けないと考えているのか?
確かにそこは不安材料の一つではあるが……攻めることこそ出来なくとも守りは完璧だ。
エインヘリアが第七艦隊の者から航海技術を盗み取っていたとして、それを使いこなし、我々と戦える程の船団を揃えるのにどれだけ時間がかかる?
……少なくとも一、二年で船団と呼べるものを揃えるのは至難だろう。
職人、施設、材料……一から揃えるのは並大抵のことではないし、出来立てのそれが十全に稼働するまでどれほどの習熟期間が必要か。
我が国であれば、ある程度の数を揃えることはできるが、エインヘリアはそうではない。
それにエインヘリアは大陸統一国家ではないというのも大きい。
すぐ傍に潜在的な敵を抱えているということは、それだけ力を分散しなくてはならないということ。
そんな状態で船に魔道具……更には魔導銃や魔導砲を我々に伍するレベルで揃えることは不可能に近いだろう。
そして、それらが万全に揃って初めて我々と戦うことができるのだ。
エインヘリアの王の自信は気になるところだが、いくら英雄とは言っても兵も無しに我が国を落とすことはできないし、船を大量に用意することもできない。
大陸の中の戦いとは違う……海に出て別の大陸と戦うということは、英雄個人がどうこうできる話ではなく、必要な物資、兵力そして危険……それらが桁違いなのだ。
しかし、可能性として一つ……先程エインヘリアの王が口にした皇都を出たら敵対行動をとるという言葉……それは、一度皇都を出てその足でエインヘリアの王自ら皇都を攻めるということかもしれん。
一国は無理でも皇都を英雄一人で壊滅させるのは不可能ではない。
まぁ、現在皇都には三人の英雄がいるから、それを防ぐことは難しくないだろう。
エインヘリアの手勢は……今この場にいる者だけ。
英雄さえいればどうとでもなる。
連中がこの場に居ないことに苛立ちを覚えるが……それは今更だな。
しかし、今後暫くの間はこちらの指示に従うようにきつく言っておかなければ……何が起こるかわからない。
それと大使館か……交渉の窓口を残すのは悪くない話だが……。
「大使にはここにいる外交官、バーシェルを就かせる。あぁ、大使館はこちらで適当に用意するから気にしなくていいぞ?」
エインヘリアの王がそういうと、玉座の傍に控えていた文官風の男が恭しく頭を下げる。
こちらは大使館を置くことに一言も許可を出していないのだが……いや、戦時中だからこそ交渉の窓口が大事だとは思うが……貴族たちはそれを正しく理解できるだろうか?
……マズいな。
馬鹿が余計なことする未来しか見えない。
言い含めるだけでは駄目だ……見せしめに何人か処分しておく必要があるだろう。
私は視線だけで今も言葉を失っている何人かに視線を向ける。
「それとだ……こちらが航海技術を持たず、数年は攻め込んでこられない……等とは考えないことだ。確かに俺たちは船で海を渡る技術は持っていなかったが、海を越える技術は持っている。あぁ、貴様らが船を差し向けたおかげで航海技術も得られたがな」
「何故それを……?」
慢心なのか?
だが、我々とは年季が違う……いや、海を渡る技術がなかったのに海を越える技術はあった?
どういう意味だ?
「奇襲のような形で叩き潰しても、納得できないだろう?面倒だからな……しっかりと完膚なきまでにミルオース中央皇国を叩き潰す」
「……大した自信だ」
私の皮肉なぞ歯牙にもかけていないのか、エインヘリアの王は自らの言いたい事だけを続けていく。
「そうそう。貴様らには大事な話を一つしてやろう。我がエインヘリアでは貴族という地位を認めていない。俺たちに負ければ、お前たちは全員晴れて平民だ」
皮肉気な笑みを、私だけではなく謁見の間にいる全員に向けながらエインヘリアの王が口にした台詞に、多くの者が反応をするが……騒ぎ立てる者は一人もいない。
エインヘリアの王の放つ雰囲気に完全に飲まれているのだろう……そう考えれば最初に声を上げることができた伯爵は相当なものだな。
色々な意味で……だが。
「それが嫌なら全力で抗って見せるのだな」
そう口にしたエインヘリアの王が立ち上がり身を翻す。
悠然と去っていくエインヘリアの面々を……我々は見送ることしかできない。
護衛の騎士たちが扉を開け放ち、謁見の間より出ていく……その姿が見えなくなるまで誰一人として言葉を発さなかった。
そして暫くした後……誰かが呟いた。
「この椅子……このままなのか?」




