第42話 前夜
View of エクスタ=カレンツォ ミルオース中央皇国 四大公 統制卿
結局、エインヘリアなる国の情報は殆ど得られなかった。
先行してやってきたロモロスは、肝心なことを殆ど知らなかったのだ。
これがこの男が無能だからなのか、それとも第七艦隊の者たち全員がエインヘリアのことを把握していないかで話は変わってくるのだが……さすがに良く知りもしない国の者たちを皇都まで連れてきたりはしないだろう。
しかし、提督の乗っている旗艦の第一航海士……それがあんな男でいいのだろうか?
いや、新大陸を発見したりと功績は上げているのだから、船の上では有能なのだろう。
政治の得意なロモロス家にあっては異端なのかもしれんが……だからといって納得できるかと言われれば否だ。
まぁ、アレのことはもうどうでも良い。
エインヘリアの者たちは……既にこの皇都に到着してしまったのだから。
しかし他国の使節団が皇都に来たとしても、我々の動きは普段と変わらない。
ただ、通常の仕事に加え謁見という雑事が加わるだけだ。
まぁ、他国の者の謁見なぞ久しくなかったことではあるが。
最後に行われたのは数年前、外征卿であるルデアクタス卿が南西の島国を制圧した後、その国の者たちが恭順の意を示すために来朝した時だ。
島国の王はルデアクタス卿に討たれており、王子と王女が使節団を率いてやってきたのだったな。
あの時はルデアクタス卿から詳細が既に知らされており、何の問題もなく属国となることを認めるだけで済んだのだが……此度はあの時と訳が違う。
何をしに来たのか……その狙いが何なのか、全くわからない。
ロモロスは挨拶に来た……程度の情報しか持ち合わせていないし……子供じゃあるまいし報告にきてそれはないだろうと罵倒したかったが、今更だ。
ゼパストル卿とも何度となくエインヘリアのことで話し合ったが、結局今日まで結論を出せないまま来てしまった。
せめてルデアクタス卿がいればもう少し詳細を知ることができたとは思うのだが……密偵も相手に動きがなさ過ぎて、ほとんど情報を得ることができなかったのも辛いところだ。
わかっているのは使節団の人員と……エインヘリアの王が若い男ということくらいだな。
「カレンツォ卿、今いいかい?」
扉をノックすることもなく、突然扉を開き一人の女性がずかずかと部屋に入ってくる。
その後ろには横に大きな男……ゼパストル卿もいるようだが、女性のあまりにも無礼な姿に苦笑しているようだ。
「エセリアス卿。まずはノックをしてから入って来てくれないか?ここには機密書類も多いのだからな」
「そりゃ悪かったね」
一切悪びれる様子も見せずエセリアス卿……農務卿はソファにどかりと腰を下ろす。
女性らしさどころか貴族らしさの欠片も感じさせない態度だが、エセリアス卿は民や軍人に人気がある。
彼女が外征卿や統制卿であったなら、軍部の人気は今以上に熱狂的な物になっただろう。
しかし、彼女は農務卿であり、自領を守る私兵程度の軍しか有していない。
外征を行うルデアクタス卿や国全体の統治を任せられている私のように国軍と呼ばれている軍を指揮する立場にはない……それでも軍部から人気があるのだから、私としては頭の痛い話だ。
年の頃は私より一つか二つ下だった筈だから、そろそろ四十になる頃合いの筈……年相応の落ち着きは感じられないが。
「んで、何が起きてるんだい?爺さんに聞いても何も教えちゃくれなくてさ」
「ルデアクタス卿麾下の第七艦隊の者たちが新大陸を発見。その大陸には複数の国が存在するようだが、そのうちの一つ、エインヘリアという国の王を含む使節団をこちらに一切知らせることなく連れ帰ってきた。そして現在エインヘリアの使節団は皇都に入り……明日謁見を執り行う」
「それはもう聞いてるさね。そのエインヘリアってのは何者なんだい?うちに恭順しに来たってことかい?」
私の返答に、犬でも追い払うかのような仕草を見せながら聞いて来るが……それは私が一番知りたいところだ。
「……正確なところはわかっていない。相手方の言葉を理解できるものがまだおらず、密偵も情報が探り出せないのでな」
「ルデアクタスの旦那の配下……第七艦隊だっけ?そいつらに聞けばいいんじゃないのかい?」
「勿論聞いたが……どうも要領を得なくてな」
私がそう返すと、エセリアス卿がこれ見よがしにため息をつく。
「爺さんもあんたも、ルデアクタスの旦那に遠慮しすぎなんじゃないかい?いくら外征卿の麾下だからっていっても、事は国政に関わる話だ。なら主導権は統制卿であるカレンツォ卿にある……そうだろう?」
「言いたいことはわかるが、これは暗黙の了解などではなく法に明記された事柄だ。組織の規律を乱すことは許されん。統制卿としてそこを曲げてしまっては私に法に携わる資格はないといえよう」
「堅い、本当に頭が固いよ、アンタは。爺さんも爺さんだ。アンタだったらもっと上手くやれただろう?」
ガシガシと頭を掻きむしった後、エセリアス卿は矛先をゼパストル卿へと向ける。
「いえいえ、私には荷が重すぎますよ」
「アンタが重いのはその体だよ。もうほんとに爺さんなんだし、いい加減痩せたらどうだい?」
「それも私には荷が重すぎます」
呆れたようなエセリアス卿の言葉だが、ゼパストル卿は意にも返さず笑っている。
「ルデアクタスの旦那はまだ戻ってこられないのかい?」
「エインヘリアの話を聞いてすぐに戻ってくるように使者を出したが……最短で移動したとしても厳しいだろうな」
皇都からでは、どれだけ急いだとしても新大陸にいるルデアクタス卿の元までは三か月程はかかってしまう。
連絡を受け取ってすぐにルデアクタス卿が戻ることができたとしても、そこからさらに三か月……間に合う筈がない。
「そのエインヘリアとかいう連中を待たせればいいんじゃないかい?」
「それも考えなかったわけではない」
こちらの権威を見せつけるという意味で、謁見を送らせるというのはよくある手だ。
しかし……。
「ぷふー。向こうは王自ら来ていますし……こちらを下に見るということはそもそもないでしょう。そして新大陸の情勢がわかりませんからね。現時点で相手を貶めることは避けるべきでしょう」
ゼパストル卿が大きく息を吐きながら言うと、エセリアス卿は訝しげな表情を見せる。
「でも臣従しにきたんだろう?」
「だからといって、さすがに三か月も待たせることはできんよ」
「……そりゃそうか。ま、面倒な話はアンタたちに任せるよ」
背もたれに寄り掛かるようにしながら、先程自分で乱した髪を手櫛で整えるエセリアス卿。
もうこの話は終わりということだろう。
「今回は金銀しか持って来ていませんが、新大陸ですからね。新しい食材も今後手に入る可能性は十分ありますよ?」
「それは楽しみだね。うちでも育てられればいいんだけど……水の少ない土地でも育つようなものがあれば最高だね」
ゼパストル卿の言葉に、この部屋に来てからずっと不機嫌そうだったエセリアス卿が笑みを見せる。
新しい食材を喜ぶ穏やかな笑みではなく、肉食獣の浮かべる獰猛な笑みだったが……。
「なんにしても、明日……連中がどんな話をするのか、こちらに何を求めているのかってことだね。謁見の間で楽しく見学させてもらうよ」
四大公の癖に部外者を気取るなと言いたいところだが、エセリアス卿には何を言っても通じないからな。
まぁ、いい。
明日は特別な日ではない。
何も特別な日ではない……確かに私はそう思った筈だった。
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ルミナが可愛いですよ!




