第32話 自宅にて
View of テレスタ=ゼパストル ゼパストル公爵家 長男
新大陸に行っていた父が帰ってきた。
正直、四大公と呼ばれる一人……商流卿である父がわざわざ国を離れてまで行く必要はなかったと思うのだが、見た目によらず父のフットワークは軽い。
そして何より商機を逃さない目と勘を有している。
その父がわざわざ海を越えてまで新大陸に向かい外征卿と交渉してきたのだ。
そこには父でなければならない理由があったのだろう。
「父上、新大陸はどうでしたか?」
「こちらより少し暑かった気がするな。今はまだ海に近い小国程度の領地しか切り取れていないが……今後は珍しい動植物もこちらに持ち帰ることも可能になるだろう」
「それは……楽しみですね」
「あぁ。だが今回の本題はそこではない」
そういった父上が私のことをじろりと見る。
試されている……。
私は既に四十になっているが、未だゼパストル公爵家の当主ではなく、名も実も父上が掌握している。
四大公の一角である商流卿。
その地位を継ぐには、私では力不足ということだろう。
いや、私自身、ミルオース中央皇国の物と金の流れを司る商流卿たる力があるとは思えない。
その辺の貴族家の当主ならまだしも、私がゼパストル公爵家を継ぐのというのは……麾下の貴族たちも不安になることだろう。
特に無能という訳ではないと思うが、父のような圧倒的な才覚は私にはない。
現状を維持する程度は可能だと思うが、商流卿が現状維持を目指してしまっては国が先細ってしまう。
だからこそ、私は商流卿であるゼパストル公爵家当主になるべきではないのだ。
幸いというか……私の息子は親の贔屓目を除いたとしても、私より才があるように思える。
だから私はサポート……父や息子のサポート役に回ろうと思う。
……恐らく父が私を後継としなかった理由は、私のそういった気質を見抜いているからなのだろう。
必ずしもトップがあくせく働く必要はない。
人を上手く使う……それもまたトップに必要な資質なのだから。
問題は、私自身にトップに立つ気概がないのだ。
とはいえ……さすがにこの程度の問いかけならば私でも対応できる。
「外征卿閣下に直接交渉されたのでしょう?本国の人手不足……それを解消するために捕虜を奴隷として欲しいと」
「あぁ。今はまだ顕在化していないが、恐らく十年……あるいは数年後には労働力不足が問題になってくる筈だ。若い者は外征卿の下で兵となり戦うことを望む……何も持っていない若い連中が身一つで立身出世を狙える唯一の場だからな」
父がため息をつくように言う。
「夢を見る者じゃなくとも、一度の遠征でそれなりの財産が得られるとすれば困窮している者たちは飛びつきますね」
我々から見れば大した金額ではないが、それでも何も持たない彼らにとっては命を懸けるに値する金額なのだろう。
それに、蛮族共からの略奪品は基本的に手にした者に所有権がある。
給金以上に、略奪品は魅力的だろう。
勿論遠征中に略奪品を抱え込むことは不可能……外征卿の軍では略奪品の買い取り、もしくは保管を有料で行っている。
立身出世が叶わなかったとしても、生きて戦場から戻ることができれば数年は問題なく暮らせるほど稼ぐこともけして夢ではない。
勿論、五体満足のままひと財産を稼げる者は……そう多くはないが。
「だからといって、働き手となりうる年代の者たちが誰も彼も兵となってしまっては国が立ち行かなくなる。資源を得る。土地を得る。大いに結構。だが、国とはそれだけで富むものではない」
「はい」
ため息交じりに言う父に私は頷く。
「正直に言えば、奴隷を使って労働力を補填するやり方は避けたいのだ。労働力を外に頼るというやり方は安定しない……自ら望んで職に就いているわけではないからな。作業効率も一定以上は絶対に上がらないし、成果もそれなりのものだ」
強制されて働く奴隷たちに成果を求めるほうが無理な話だろう。
給金もなく、モチベーションが上がるような報酬もない……与えられる仕事は誰もがやりたがらないような危険が多くきつい仕事……しかし同時に国の根幹を支える重要な仕事だ。
従事させないわけにはいかないし、犯罪者を除けば……やはり強制労働させるのは奴隷以外にはないだろう。
「前線で武器を持たせて戦わせるよりはマシかと」
「武器を持たせて反乱でもされたら堪ったものではないしな。だからこそ外征卿も捕虜を使い潰す様な事をしたのだろう」
「捕虜を……?」
私が首を傾げると父は苦々し気に表情を歪める。
「あぁ。敵の砦を吹き飛ばすのに捕虜に爆破魔法を仕込んで解放したらしい」
「……」
人手不足に頭を悩ませている父からすればとんでもない話だろう。
「残っていた捕虜と、これから先に得るであろう捕虜は優先してこちらに送るように頼んできたが……予定していた数の半数以下しか連れて帰ることができなかったのは非常に厄介な話だ」
「そうでしたか……」
「農務卿からも人手の件で相談されているのだが、そちらはお前たちに任せようと思う」
「畏まりました」
「それと、鉱夫の追加募集をかけておけ。条件は前回と同様で構わん」
「そちらは既に手配してあります。応募の方は渋いですが……」
私の返答に、父が再び顔を歪ませる。
「……今回連れ帰った捕虜を使って、向こうの言葉を通訳出来るものを複数育ててくれ。今後必ず必要になる……向こうの大陸は、思っていた以上に手ごわそうだしな」
そういって父が椅子の背もたれに体を預けると、ぎしりと大きな音を椅子が立てる。
……壊れるかもしれんな。
一瞬そんなことを考えてしまったが、父は椅子のことを気にする様子も見せず言葉を続ける。
「溜まっている仕事を片付けたら私は中央へ向かう。恐らく不在中に外征卿から書状が届くはずだ。文官を寄越せとな。書状は許可するから開けて構わん……対応も任せる」
「畏まりました」
私が答えると、父は大きく息を吐きながら目を瞑る。
父もかなりの年だし、疲労がたまっているのだろう。
息子として、父の代わりに慣れないことを不甲斐なく思うが、それでも父以上に優秀な人物を私は知らない。
誰であっても父の代わりにはなれない。
息子が経験を積んで父の後を継いでくれるには……まだまだ時間がかかるだろう。
ミルオース中央皇国の未来は……父の手腕にかかっていると言っても過言ではなく、父の代わりができる人物なぞどこにもいないのだ。




