フィシアム本店『サルメスタ』
あつい
人通りが盛んな繁華街。そこに並んでいた一つの宿。アーリさんは用事があるらしく、トトの案内の下、『サルメスタ』という宿で僕らは泊まることになった。
どうやら一階は広間というか、食堂兼受け付けのようらしい。横を見ればテーブルや椅子、観葉植物が飾られていて、天井からはお洒落なランプが吊るされていた。正面には受け付けがあって、係りの人とおぼしきお婆さんと目があった。
「マテル君は個室で良い?」
「うん、いいよ」
そんな受け付け前での会話。トトはアーリさんから預かったお金を握っていて、各部屋の料金を確認している。
僕は、トトの質問に答えるとあくびをした。すると頭が少し傾くから、その上の白が落ちかけて、慌てて支える。つい忘れてしまうのも眠気が悪いんだ。だから白、恨むならそっちに当たって。
あぁ、三日も経っていないのに、ゆっくりできる時間が久しぶりに感じる不思議。食事もできて個室もあるとか、想像しただけで今までの疲れが振り返す。よーし、思いっきり羽を伸ばすぞ~。
「なぁ、『マテル君は』って何だ。『は』って、まるで俺は個室じゃないみたいに──」
「じゃあ、個室一つと二人部屋一つ。あっ、ベッドが一つだと助かります」
「ちょっと話そうな?」
受け付けのお婆さんは、ゴネットとトトのやり取りに微笑む。が、そこは商売人なのだろう。しっかりとお高い二人部屋の、トトの注文を受注していた。ゴネットの意識がそちらに向いたときには、トトからお金を受け取って、その手に鍵を渡していたほど、お婆さんの判断は早かった。
客室は全部二階らしい。一階はほぼ完全に食堂と化しているのだそうだ。しかも、料理が美味しいらしく、そちらのチェーン店がいくつか、他国でも展開されているらしい。もはや宿なのか飲食店なのか、分からない発展を見せているのだとか。夕食の期待が膨らむ。
階段を上がって、僕の部屋とゴネット達の部屋は向かい同士の関係にあった。隣同士だと明日気まずくなるかもだから、お婆さんが配慮してくれたのかもしれない。ともかく、僕は部屋に入って早速、リュックサックを投げ出し、視界に入った広いベッドに倒れ込んだ。
「あっ」
やはり眠気が諸悪の根元なのだろう。勢い良く転がり落ちた白が、離れたところからぴょんぴょんとベッドの上を跳ねて、僕の頭上に着地する。その後、何度か跳ねて抗議をしていた。
そんな仕草で何となく言いたいことが分かるから、僕は体を捻って仰向けになり、白を撫でながら謝った。謝って、思ってしまう。
「そうだよね。白がいる。ゴネットがいなくなっても、独りじゃないんだよね」
ふと、無意識に呟く。
今となっては茶番でしかないけれど、それでも今朝は覚悟を決めたはずたった。一人でもなんとかしようと、立ち上がれたはずだった。けれど、今は不安しかない。
今日一日で、僕は沢山の人を見た。僕にはできないことを、平然とやってのける人達を、僕は沢山見てしまった。だから思うのだ。僕一人で、この先大丈夫なのかと。
知らなければ蛮勇が湧いていた。知った今は臆病が巣食っている。どちらも厄介なのだろう。臆病だからこそ、今朝の覚悟は危ないものだと、なんとなく理解できている。
一人であの距離を進むことはできなかった。僕なんて、最初の亀の突進で死んでいたんじゃないだろうか。仮に助かったとしても、行く手にはサンサン山脈がある。回避するにしても、どれだけの時間を費やすのか。その間に何が起こるのか。とても、王都に辿り着ける想像ができない。
つまり、本当にゴネットが死んでいて、アーリさんも助けに来なかったのなら、あのときは素直に引き返そうとするのが正しかったのだろう。蛇の魔物が一掃していたようだから、帰り道に関しては安全だったはずだ。距離だって一日あれば帰れる程度なのだから。
「この先の旅、どこに行こうか」
でも、それはもう終わった道で、今更家に帰るなんて選択肢はない。帰って何をするだと、僕はそう思っている。
父さんと母さんに、勝手に出ていったことを叱られるのは世界を見て回ってから。お爺ちゃんにお礼を言うのは帝国に寄ってから。なら今は、お土産として色んな話ができるような旅をしたい。
こうして思い直すと、これは子供のわがままなのだろう。嫌だ嫌だと癇癪を起こして、意地っ張りになっているのかもしれない。
僕は息を吐く。どうしようもない思いを吐き出したくて、それでも晴れない悩みに目を瞑る。白を両手で持って、胸の上に置いて、何も考えずに撫で続ける。その僅かな温もりと重みが、今の僕には心地よかった。
少しして、大した時間も経っていない頃、扉が叩かれた。僕が誰だろうと目を開ける前に、そいつは呼び掛けてくる。
「マテルー。これから夕食食いに行くけど、お前はどうする?」
なんとなく予想はしていたけれど、扉の向こうにいるのはゴネットだった。僕は気だるい体を起こして、白を抱えながらに答える。
「んー、行く行く。待ってて」
ちょっと眠りかけていたから、起き上がると僕は体を伸ばした。
別に、今すぐ王都を出発するわけでもない。その内に納得できる答えを探せばいい。散々に思い悩むのは、早くても王都を見て回ってからにしよう。
うん、逃げの一手。今考えても答えが出せないんだから、答えが出せるのは今じゃないんだよ、きっと。そうに違いない。
本当に、旅に出てから悩みが倍ほどに増えたと思う。一人じゃ処理しきれないくらいで、それでも何だかんだ時間は進んでしまう。今が良い証拠だ。昼頃は謁見と聞いて狼狽えていたのに、どういうわけかもう夜空で、あの不安も落ち着いている。
きっと、この悩みもいつかは解消されるはずだ。待つだけなんてことはしないけど、必死に動けばそれなりの形になるとは思うんだ。
だから、僕は立ち上がった。お腹が空いていると集中できないから、まずは腹ごしらえから始めようと。
さっきまで横になっていたから、髪が乱れていないかと僕は手で解す。
やや時間を掛けてしまいつつも、僕は廊下に出た。少し心配だったけれど、そこにはゴネットとその肩に乗っているパリト君、トトとポケットの……ネズミ君? が待ってくれていた。そう言えばトトの従魔の名前、聞いてなかったね。
「お待たせ。お金ってどれくらいいるの?」
ゴネットに呼ばれてから、夕食代っていくらするのだろうと、取り敢えず僕は王様から貰った袋を開いてみたのだ。すると、何とも眩い金貨がざーくざく。端的に言って初対面に渡す額ではない。
一枚ずつ出して数えてみたところ、金貨が三十枚! 銀貨が二十枚! 銅貨は十枚! うーん、枚数がおかしい。銅貨と金貨の数、逆じゃないの? それでも充分多いんだけどさ。
僕はそんな、父さんの月給以上あるお金から、銀貨五枚だけを取って、残りはリュックに戻した。だいたいこれくらいあれば足りるだろうと。時間を掛けてしまったのはこのためで、廊下に出た僕は、一応確認のために聞いたのだ。すると。
「お金はいらないよ。宿代に含まれてるらしいから、食堂で自分の部屋の鍵を見せればいいんだって」
僕に鍵を見せながら、トトが説明をしてくれた。金属性の鍵には部屋の番号が刻まれていて、それと名簿で照らし合わせるのだろう。つまり、もうお金は払っているから、食べないと払った分が勿体ないってことか。これは沢山食べないとなぁ。
と、そう考えていたのだけれど、どうもそういうわけでもないらしい。
「メニューにはいくつかコースがあって、宿代に含まれてるのはその中の最大料金。だから一番安いコースを頼めば、余分な差額は返ってくる仕組みらしいよ」
「へぇ、良くできてるね」
料理を頼まなければ翌朝か、事前に直接言えば食事代は返してもらえるそうだ。
この宿では、一々の会計を面倒臭がるお金持ち用に、最初で一括払いできるサービスをしていたらしい。だが、その後にメニューを変更するお客さんだったり、最初の注文の多岐化などの問題に伴い、今の形に落ち着いたのだそうだ。
トトはやけにこの宿について詳しいなと、僕が思っていると、どうもあの部屋にはパンフレットが置いてあったらしい。トトはそれを持って来ていて、階段を下りながらに教えてくれた。
「ちなみに、余剰金は誰の懐に行くんだろうな?」
「そりゃあ引率代として私がきっちり頂くね!」
「おう、俺さ、今度代わりに頭下げに行くよ。アーリさんに『図々しくてごめんなさい』って」
「えぇーっ、これは正当な代価だからね? ほら、最大料金を頼んだことにすればバレないバレない」
正当とは。
聞いている限り、どうなんだろうね。アーリさんに王都周辺の警備を押しつけて、報酬は四分の一だっけ。でも、アーリさんに頼まれたことはちゃんとしてるみたいだし、現に僕らはお世話になってるんだけどさ。
うーん、後半がアウトな思考なんだよなぁ。同じ立場なら僕もそうするけどさ。ゴネットの手前だとできないんだよねぇ。意地汚さを見せたくないプライドは、一応僕にはあるからさ。うん、僕にはあるから。
ところで、最大料金のやつを頼めば、余剰金は出ないんだよね。うん、トトには感謝してるからね。酔い止めとか、ここら辺りで恩を返しておくのが妥当かな。
(最大料金のコースってどんな料理が出てくるのかなぁ)
あー、そう言えばこの『相棒ry』
なんと! 累計PV数が1000!
の一歩手前なんですよ!
そのわりに最近評価変わってないですけど
まぁまだまだ評価もつけられない拙文なんでしょうね
これからも精進して更新頻度向上を目指します
……今回は夏イベが時間を吸い上げてってな。「オラァQP稼がんかいッ!」って脅されてん。仕方なかったんよ。今回のイベントは。




