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第一章の名前を『旅立ち』に変更しました。
これによる物語の変化はありませんのでご安心ください。
例えば、ゴネットが何かをするとして、早くて三日後と彼が言えば、それは必ず三日後の話となる。二日後でも四日後でもなく、きっちりと三日後。つまり彼、ゴネットの見立てに狂いの割り込む余地は今までなかったと言える。
ゴネットの立てる計画、設計に関しては完璧としか言いようがない。彼の実家が建設を主とする仕事をしているおかげか、昔からゴネットはそういった計算に慣れていた。観察眼が優れているとも言えるだろう。
ともかく、ゴネットが早くて明日旅立つというのだから、それについていくには明日までに準備をしないといけない。
現在、言いたいことも言って帰っていくゴネットに手を振り、僕は自室で物の選別をしていた。昔にピクニックで使っていたリュックサック。それに折り畳まれたテントだとか替えの服だとかを詰め入れる。その際僕の従魔はその周囲を跳ねていて、改めて僕に従魔がいることを実感させられた。
でもそれとこれとは別に、視界の中でうろちょろされるのは鬱陶しいので大人しくしてもらおうと声を掛けようとする。
「あ、そうだ。名前無いんだった」
そこで僕は従魔にまだ名前を付けていないことに気がついた。一々呼ぶときに指定できないのは面倒臭い。だから名前が欲しかったのだけれど、特にこうしたいっていう名前を僕は考えてはいなかった。おのれ昔の僕め、ドラゴンとか夢見ちゃうくらいなら名前とかも考えていろよ。
「うーん、まぁ白でいいか。分かりやすいし。ほらこっち来い白」
自分が呼ばれたということを理解したのか、僕が広げている腕の中に飛び込んで僕がキャッチ。まるでバウンドしたボールを掴んだような感覚だ。それでつるつるとした表面を撫でながら僕は白に言い聞かせる。
「僕の名前はマテル。君の名前は白だ。分かったか?」
僕がそう言えば白は頷くように体を揺らす。やはり賢い。
それで僕は白に大人しくしているように言っておいて、着々と準備を進める。火に関してはゴネットのドラゴンがいるし、食料に関しては現地調達で大丈夫だろう。もちろんいくつか保存食は買って持っていくけれど、そんなに数はいらないはずだ。
(問題は道中の魔物だけど、一応ナイフを二本くらい買っておこうかな)
この世には人の住む領域とそうじゃない領域がある。それは町と町の外という線引きで分けることができる。
人が住まない領域には当然、人ではない野生動物が住み着いていたりする。それらは確かに脅威ではあるし、注意をしなければならないのだけれど、対処ができないわけではない。知恵を絞れば人間だけでもなんとかできる存在だ。
だが、そうではないものが外には存在する。それはおおよそ規則性のある野生動物とは違った見てくれで、統一感はない。種の存続ではなく、ただ個として過酷な環境を生きるためだけに尖った身体能力を有する。有り体に言って怪物。人はそれを魔物と称した。
魔物がどうやって生まれるのかには諸説ある。誰もその瞬間を見たことがないからだ。だから野生動物の突然変異だとか、何かしらのエネルギーから生まれ落ちただとか、それこそ魔物の外見のように様々な話が作られている。
とはいえ、いくら謎に包まれていようと魔物は存在し、確かに外にいる。きっと空や海の底よりも身近な謎だ。
魔物は人を襲う。積極的というわけではないが、縄張りに入ったり、魔物の腹が減っていたりすると人は簡単に狩られてしまう。人と魔物との力関係は圧倒的に魔物の方が上なのだ。いくら知恵を絞ろうとも覆せないほどに。
しかし、それが覆せないのは人間だけでなんとかしようとしているからだ。事実、町も立てられないほど不安定な大昔は魔物同士をけしかけて争わせ、その隙に繁栄して文明を築いたという。
そしてそれは昔の知恵であり、今では従魔が魔物を退ける力となっている。無論父さんのタンポポでは無理なのは分かるが、ドラゴンなど、魔物を圧倒できるほどの力を持つ従魔という存在が人の味方にいる。だから国は生まれ、町が守られ、人の生活をある程度安定させられたのだ。
で、僕はそんな安全な場所から一時的とはいえ離れ、外に出る。他の町に行くにしろ外には魔物だっているのだから、僕の命が危ない。白がどれほど戦えるのかは知らないけど、明らかに手放しで頼っていい戦力ではない。むしろ戦力として数えない方が賢明だ。
歴代、どのような貧弱なドラゴンでも最低限、魔物の頂点に君臨するような強さはあった。だからそちらを頼る方が自然だし、安心感が違う。
「よし、あとは買い揃えて終わりかな?」
成人式が昼に終わって、今の準備が終わったのは夕暮れのなり損ないみたいな空の時間だった。まだ暗くなってないから近所のお店は開いているはずだ。急げば余裕で間に合うだろう。
早速僕は財布を持って、部屋から出ようとしたら白が勝手に僕の背中に飛びつくが、それは無視して玄関に向かう。
「ちょっと買い物に行ってくるね」
「あら、自分から夕飯のお使いに行ってくれるの? ありがとうマテル」
家から出ようとして母さんに呼び止められた。これは口外に夕飯の材料を買いに行けと威圧しているのだ。だが僕はそんな圧力には屈しない! 余計な時間の消費と労力はしない主義なのだ!
止まってしまった足を、重りもないのに重たい足を僕は動かす。一歩、たった一歩だが、僕は進んで振り向かない。聞こえなかった。そう、さっきの母さんの言葉は聞こえなかったのだ。僕が止まったのも偶然で、止まりたくなったから。
「忘れ物、してるわよ? 買い物袋とお金。はい持って」
「えっと、ほら、父さん今日仕事休みじゃん?」
「そうね。だから家で休んでるんでしょう? だから手を開きなさい? そんなに固く握り締めても結果は変わらないわ。諦めなさい」
くそ、駄目だ正論だから言いくるめない。
結局、僕はお使いもすることとなった。母さんの意思は固く、なんとしても僕に行かせると目が物語っていた。ペチに行かせればいいのに、あいつ僕よりも賢いと思うんだけど。あれか、口を利けないと駄目なのか。
取り敢えず、さっさと買い物を済ませるためにお店を探して店内に入る。表には特に何もなく、客入りが多い場合の待ち椅子がいくつか並んでいる。けれど今の時間帯は客入りが微妙なのか意味を成しておらず、がらんとしていた。
「へいらっしゃい。何にします?」
前にはいくつかの窓口があって、そこにもお店の人と対面するように小さな椅子が置かれている。そして僕がそこに座ると話し掛けられた。
何にしますと言われても店内に何もないじゃないかと僕が疑問視すると、どうもここは防犯として店内の裏、壁一枚向こうの奥の部屋で商品を管理する形で、注文をすればお店の人が商品を持ってきてくれるらしい。更に何が欲しいかを言えばその系統のカタログを出してくれて、そこから細かな注文ができるんだとか。
確か母さんは、今日が僕の成人祝いだから焼き肉用の肉を買ってこいと言っていた。調味料諸々は家にあるから買うのは肉だけでいいと。
「取り敢えずどんなカタログがあるか見てもいいですか?」
「えぇ。はい、どうぞ」
どさりと僕の目の前に並べられるカタログの数々。それぞれ色は違うけれど表紙に装飾はなくてシンプルな形だ。その中から適当に赤色のカタログというそれっぽいものを選んで開く。するとどうだろう。予想通り、目的のカタログだったようで様々な種類の商品が描かれていた。
せっかくの成人祝いなんだから、そこそこに高いものを買っても罰は当たらないはずだ。だから一ページずつカタログを見ていって、僕は良さそうだと思うものを見つけた。だから僕はそれを指差して注文をする。
「よし、これを二つ。買います」
「へい毎度あり。赤の棚! 三十二番! 二つお買い上げ!」
注文を聞いた窓口の人は奥の部屋の方へと大きな声で伝達する。少しして、向こうの部屋の扉が開き、別の店員さんが赤色の飾りのついた木箱を二つ、重ねて持って出てきた。それを窓口の人が手を上げてこっちだと導き、受け取る。
窓口の人は木箱を一つずつ開けて僕に見せ、商品に間違いがないかを確認した。その後、僕はカタログに書かれていた枚数の金貨を渡して、木箱ごと商品を貰った。
(さらば、僕の貯蓄)
保存食用に少し残して今までコツコツと貯めていた僕のお金が無くなった。あの金額までかなりの時間を掛けて貯めたのに、散るのは一瞬だったなぁ。うん、でもまぁいいか。気に入ったナイフは買えたし、あとはさっさと肉を買って家に帰ろう。
と、そんなことを考えながら店を出て道を歩いていると、僕はあることに気がついた。すなわち、安い肉を買えば浮いた金が僕のものになる、という天才的な発想だ。
(……いやまぁ、分かってはいたさ。同じ血族だもの。考えることは同じだよね)
お肉屋さんに辿り着いて、お肉屋さんで開いた、母さんから渡された財布には安い肉しか買えない程度のお金しか入っていなかった。お釣りなんてない、きっちり計算し尽くされた金額だ。
少しは信用してよ母さんと僕は悲しみに暮れる。勿論以前使った手口がバレたから警戒されているだけなんだけど、どっちかというと騙せなかったことが悲しいというか。うん、この話終わり。




