俺はドラゴン
「父さん母さん帰ったよー」
家に着いて僕は帰宅を知らせる。まぁ鍵の掛かった玄関を開けたんだから僕が帰ったって分かるんだけど、こういうのは気持ちの問題だと思うんだ。
「おう、お帰り。従魔はどんなだった?」
この近くの教会は小さいから親同伴は駄目なんだ。それを許すと教会が人で一杯になって成人式どころではなくなるから。教会正面にある道路の通行の邪魔にもなるしね。だから父さんと母さんは僕の成人式という日に自宅で息子の帰りを待っていたんだ。
「ほら、水の従魔だってさ」
「おぉ、でっかいミルクの塊みたいだな」
「そうそう、ミルクはミルクでも」
「おち……」
「お父さん? そんなだからマテルは貴方に似てきたのかしらね?」
母さんと母さんの従魔、ペチが父さんに鋭い眼光を向ける。全くこんな下ネタ大好きおじさんに似るとかマテルってやつはどうしようもないやつだ。まぁ知り合いでもないやつに下ネタトークできるほど似たくもないんだけどね、マテル君としては。
「はは、いや、そ、そうだ! 水の従魔って言ったら綺麗な水作ってくれるんだったか? これで毎月の水代が浮くな!」
狼に睨まれた父さんは目を逸らしながら話を逸らす。確かに雨水だとかを貯めて綺麗にすれば水に関しての問題が無くなる。母さんも話が逸らされたと分かっていながらも、そうねと相槌を打つ。
「じゃあ取り敢えず実験として」
父さんは煎茶でも飲んでいたのか、コップのそれを持ち出した。当然意図を察する僕は腕の中の従魔を近くのテーブルの上に置き、ちょっと待てと指示を出す。
「よし、いくぞー」
そう言って父さんはお茶で濁ったそれを僕の従魔にかけた。そして、そのお茶は一滴すらテーブルには落ちず、僕の従魔の上で消えてなくなった。その様は吸収されたと言っても過言ではなく、事実従魔の表面を沿うようにしてやがて消えた。
「おおっ!」
本当に水分を吸収したその様子に僕ら一同は驚嘆の声を上げる。さぁ次だ。次は綺麗になった水。透明な水が出てくるはずだと僕らは観察をする。新しい家族だからか見慣れないからかは知らないが、ペチも興味深そうに僕の従魔を見ていた。
「……で? いつになったら水が出てくるんだ?」
「もしかして僕が待てって言ってるからかな? ほら、もう出していいよ。しーしー」
「やめろぉ! それで出てきた水なぞ飲みたくない!」
「……二人とも、いい加減にしない?」
母の顔は三度まで。残り一回か、使いどころが難しい。
などと茶番を挟んでみたけれど結局僕の従魔は水を出すことはなかった。もしかして変換レートがとてつもなく高いのではないだろうか? とそんなことを考えてしまうくらいには家族で話し合ってみた。
「疑問解消とはまた別に、ふと思ったんだけどさ」
「何を?」
「こいつ水以外も食べるのかな?」
そんな新たな疑問を僕は挙げた。従魔はなんらかの物を食べることができる。生物とは違い食べ物を食べなくても死にはしないが、それでも食べたときの方がそうじゃないときに比べ、調子が良くなるのは明らかになっている常識だ。
ここで難しいのは何を食べて何を食べないのか、例えば母さんの従魔は肉とかを食べるが野菜は食べない。父さんのは言わなくても分かるだろう。
それで難しい話。僕の従魔は何を食べるのだろうかという疑問。水はもう見ているけれど、他に何か食べられるものはあるのだろうか?
「ということでここに取り出しましたるは我が家のタンポポ」
「……ッ!?」
父さんは驚愕に染まっているが遅い。僕は圧倒的速度で僕の従魔にタンポポを投げ入れる。するとどうだろう。ジュワ~っと熱湯に入れた氷のように溶けたではないか。
「タ、タンポポォッ!」
「こらマテル、あんまりお父さんのタンポポいじめちゃ駄目よ?」
そんなこと言って、母さんだって外に咲くあのタンポポにペチがマーキングしていたのを黙って見ていたじゃないか。……あれ? あ、やっべ僕は従魔になんてものを食べさせたんだ!
「食わせてなんだけど、な? いい子だからさっきの吐き出しなさい? ほら」
「マテル……」
なぜか僕の従魔に返却を求めると父さんはこちらに希望を見せた。なんか久しぶりに親孝行した息子に向けるような眼差しで見られているけど、でもそんなことは二の次だ。
「あればっちぃから、ね?」
「え? マテル!? ばっちぃってどういう意味だ!? え! 俺のタンポポがなんでばっちぃんだ!?」
母さんはそんな一部始終から笑いながら目を逸らした。正直言って自分だけ卑怯だと思う。
結局、僕の従魔はタンポポを吐き出すことはなく、父さんのタンポポは再び家の前で咲き直すこととなった。
この世界の絶対不変のルールとして一つ。従魔は召喚者が死ぬと消えてなくなるというものがある。しかし、これは一方的なもので反対はない。従魔が消えても召喚者は死なないし、そもそも召喚者が生きている限り従魔が死ぬこともない。
仮に姿も保てないほどのことが従魔の身に起こり、この世から消え去ったとしても、数分後には召喚者の近くに従魔は現れる。またこのとき現れるのは消える前と同じ個体であることが確認されている。従魔の研究者が言うところによれば、なんでもこれは従魔全てにある傷を再生させる特性の延長線上のことなんだとか。
現在、僕は僕の従魔を頭に乗っけて家の前に咲くタンポポに水をあげていた。勝手にタンポポを引っこ抜いたことに対する罰である。雨水の貯水槽からバルブを捻ってじょうろへと水を入れ、それをタンポポのところまで運んで掛けるのだ。
「これくらいかな。残り飲む?」
あまりやり過ぎるのもタンポポに良くないから僕は頭の上に問う。するとぴょんと跳んで地面に降り立ち、僕の従魔は可愛らしくも水をくれと催促するように跳ね続けた。そんな姿を見て僕も気分が良くなり、いつか見た時代劇物の喋り方を真似してしまう。
「ははは、愛いやつめ、そんなにはしゃがなくともくれてやろうて」
振り掛けるのは金貨ではなく雨水なのだけれども、それでも嬉しそうに吸収する従魔に僕も心が踊る。そんなときだった。突然、僕の肩を誰かが叩いたのだ。
「よぉ、マテル!」
「曲者ッ!」
急ぎ振り向くと見知った顔のやつがいた。小さなドラゴンを召喚し、あの場の注目を集めた僕の幼馴染みだ。数秒遅れて足下が濡れたと気づいて慌てて飛び退ける鈍いやつ。いわゆる鈍感系の困ったちゃんだ。
「うわっ、というかマテルじょうろ仕舞えよッ」
「いやいや、僕は今水やりをしていたんだ。そこに水を差したのはゴネットでしょ?」
勢いのままに半円を描いた水の跡は、現在タンポポの反対側で大きく広がっていた。するとどうだろう。僕の従魔は賢くも水の跡を追って水を浴びに来たのだ。タンポポよりも頭がいいぞ。
「だからって水を掛けられる謂れはない。あっ! それよりもなんで教会の前で他人のふりしたんだよ! そのことで話に来たんだ!」
「いやぁ、だってねぇ?」
僕が出ていくときに教会前にあった人だかり。その中心にはゴネット君こと彼がいた。どこから嗅ぎ付けてきたのか、色んな役職のお偉いさんがドラゴンを召喚した彼を手に入れようと勧誘しに来ていたのだ。
ドラゴンはどんなに小さくとも成長すれば力強くなるし、運搬業界からすれば彼は期待の新人にして磨けば輝く宝石なのだ。だから僕がそんな中に割り込むのはお門違いだし、何よりも見ないふりをして「あれ~? ゴネット君帰ったのかー。じゃあ僕も帰ろっと」ってした方が楽に決まっている。
「その方が僕の面倒事が少なくて済むじゃん」
「そんな清々しい顔で言われてもな。……はぁ、知り合いが一人でも入れば俺の精神の負担が減ってたのに」
なぜか呆れられたような表情を向けられる。
ゴネットは僕の幼馴染みだ。だから昔から彼の夢は聞いていた。なんでも旅に出て世界を見てまわりたいらしい。僕も概ねその意見には賛同していて、僕が召喚する巨大なドラゴンで一緒に旅をしようぜ的なことをよく話し合っていた。まぁ、立場が逆転しそうではあるが。それでも彼は旅に出る意思は変わらないらしい。
「じゃあ勧誘は全部断ったの?」
「ああ、俺はこいつと世界を見てくるよ」
ゴネットは足下に目を移す。そこには水を飲み終えた僕の従魔と彼のドラゴンが戯れていた。さっきからなんかうるさいなとは思ってたけど、僕の従魔はぬかるんだ地面でピチャピチャと跳ねて、ドラゴンはそれに応えるように鳴いていた。まるで会話をしているみたいだ。
「へぇ、旅立ちはいつになりそう?」
「早くて明日かな? 準備自体は昨日終わってるけど心の整頓が済んでなくてな。今まで世話になった人達にもしばらくの別れを言っておきたいし」
もう水の出ないじょうろを握ったまま僕は彼の話を聞いていた。
ゴネットはしゃがみ、自身のドラゴンの頭を撫でてなんとも言えない顔になっている。きっとそこには旅立つ町に思う、断ち切れない感情が含まれているんだろう。僕だってそうだ。明日旅立とうと今決めたとはいえ、両親としばらくの別れは踏ん切りが付けづらい。
(まぁ、ゴネットに寄生でもしないかぎり町の外なんて一般人の管轄じゃないし、僕死んじゃうよね。今から急いでゴネットの予定に合わせないと……)
僕はじょうろを片手に今後の人生設計を思案する。




