トト・リンメートという一人の少女
此度で幕間終了!
眠たい中で書いたので、誤字とか内容が分かりづらかったらすみません。
足を押さえて、狼男はトトを睨みつけた。逃げていくネズミの方向を、目で追った先にいたのがトトだったからだ。こんな激痛を贈ってくれたネズミの飼い主を見つけ、そこでようやく自分が騙されていたことに気がつく。
「おいガキッ!」
「ガキじゃないですー!」
「……あぁうぜぇッ!」
アーリの後ろで反論するトトは、確かに子供のようだった。無論、意味はある。狼男の目線がトトに移ったことで、草むらに隠れて追撃をしようとするピギンに目を向けさせないためだ。こうすれば注意を引ける、こうすればピギンに意識が向かないはず、そんな考えでの反論だった。ただし、一度目の反論は計画性のない素である。
「俺に、同じ手が二度も効くと思ってる辺りが、完ッ全にガキなんだよッ!」
「ッ、ピギン!」
咄嗟に叫ぼうとしたために息を飲み、トトは従魔を呼び戻そうとした。けれども、狼男が爪を立て、無情にも草の影を引き裂く。空中に舞ったのは、千切れた雑草と、腹部を抉られたピギンだった。濡れた雑巾のように、地面に打ちつけられたピギンはぴくりとも動かない。ただのネズミであるのなら致命傷だが、従魔であることがせめてもの救いだろう。
「クッソッ! どいつもこいつも、死なねぇからって捨て身をしやがって、あぁクソがッ!」
今度は攻撃に使った手を刺されたようだ。狼男の手の甲は赤く腫れており、苦痛に顔を歪ませる。それでも強がって見せられるのは、彼が人間の定義から外れた存在だからだろう。
トト達に対して向かい風であったから、匂いでは気づかれないはずだ。雑草が揺れているから、ピギンの足音は聞こえないはずだ。そんな考えすらも通用してくれない相手に、もうトトは為す術を思いつかなかった。
得意の会話も、ピギンが知られた時点でほぼ意味がなくなったのだ。反論は、最後の抵抗のようなものだった。
「もういい。結局、使用済みだってんなら用はねぇ。好きにしていいぞ、狼共ォッ!」
狼男は叫んだ。それは命令ではない。許可だ。今の今まで傍観させていた、見ることしかできなかった狼の群れに、自由行動を許したのだ。
散々にアーリに吹き飛ばされて、動きに動いた獣はさぞや腹を空かしているだろう。最も早く喰らいつきたいとばかりに、牙を覗かせた狼の群れがトト達に迫り来る。
けれど、このような事態だ。王都内部にさえ獣が溢れる状況で、一人の四騎士がどこにも見えない不可思議。そして、周知とされるアーリの従魔、ラナーがアーリ担当の塔から門へ、門から外へと出ていった。その際、門では奮闘もあったのだ。
決定打は狼男の叫びだろうか。流石にここまで判断材料が提示されれば、アーリを探す者は勘づくしかあるまい。アーリの塔へと確認に来た者は、例えラナーが去った後に立ち寄ったとしても、狼男の叫びは聞くことができただろう。
つまり、彼は噛み合った偶然により、ここに辿り着いた。
「こんな忙しいときに、こんな場所でどうしたんだ? アーリ、もしかして苦戦中か? なんなら僕が、手でも貸してあげようかい?」
トトに飛び掛かろうとした狼の喉笛を、空中を飛ぶ何かが掻き切った。そんな何かは、新たに現れた声の方向に帰っていく。
そこにいたのは二十代に見える男だった。黒い前髪をたくしあげ、キザったらしく白い歯を見せる若い男。共にいるのは従魔なのだろうとトトは感じるが、それは動物のどれとも似つかない。端的に浮遊物にしか見えなかったのだ。
それは鏡のような従魔だった。乱暴に割れたような、大人の腕ほどにある鏡面が、数にして七枚。どれも端は鋭利に輝き、彼の周りで当然のように浮かんでいた。
「ああ、助かるよショーン。私一人では、そこのお嬢さんを守りきれる自信がなかったものでね」
「別にいいさ、いつものように報酬で飲み代を奢ってくれるのなら、僕は誰にだって手を貸すよ」
「うわばみだからって、敵にまで手を貸さないでくれよ」
「なら敵の分まで君が払うといい。助けの貸し切りだ」
片や四騎士が一人、アーリ・ヘンス。
片や四騎士が一人、ショーン・ナコディ。
塔が隣であるが故に、彼らは時たま共闘をすることがある。そして今回も、いつものようにお約束のような会話を交えた二人は、勝つことを確信したような自信を持つ。
そして、不敵に笑い合う者らを前に、狼男は不快に笑う。
「あぁ、その顔、その従魔、名前がショーンか。本当に、嫌になるな。仕事は大失敗ってわけだ」
「諦めるのは早いんじゃないかな? 報酬は時間制でね。君が粘れば粘るほどアーリの懐を攻撃できるんだ。ほら、一矢報いてやろうって気になるだろう?」
果たしてどちらの味方なのかと、誰もが言いたくなるような応援をするショーン。しかし、それとは裏腹に、彼の従魔は縦横無尽に飛び回り、トトに近い狼から順に突撃を行っている。尖った切っ先が首に深々と突き刺さったら、無慈悲にも羽上がるように鏡面は動き、別の狼へと飛来する。
その内、七枚の中の一枚が噛み砕かれた。だが、無意味だ。大小様々に散った破片は集合し、即座に回復する。それに気を取られれば、別の鏡面が喉に刺さる。天気が晴れているというのも、狼には不都合だった。攻撃しようにも眩くて仕方ないのだから。
「そうだな。なら、残業頑張れよ」
呟くように、満面の笑みで答えた狼男は、天高く響くような遠吠えを発した。当然、それは王都にも届いてしまっただろうし、地を這うように響き渡ったことだろう。
未だ生き残っている狼は、耳に届いた声を合図に、一斉に王都へと駆け出した。鏡面を追いかける狼も、アーリに飛び掛かる狼も、一切の区別なく、全ての狼が走り出したのだ。
そして、王都周辺の地面が盛り上がる。別に山ができただとか、丘ができたという話ではない。よくよく見れば分かることだろう。それは、地下に隠れていた獣が外に出てきたというだけの話なのだから。
そして、それらもまた、王都へと駆け出した。
「うっわ、アーリこいつ任せた」
「だから煽るな侮るなと日々言ってるんだ。ラナー、足はいいな? ショーンを早く連れてってくれ」
先は逃げに転じていたラナーだったが、もう足は元に戻っていたようだ。だからラナーはアーリの言葉を聞くと、任せろと言う風にショーンの襟元を咥えて走り去っていった。その速度に悲鳴は上がるけれど、大事の前でそんな些細なことは気にしていられないだろう。
アーリに剣を向けられて、心底疲れたと感じさせるため息混じりに、狼男は話を持ち掛ける。
「どうせ、この足じゃあ逃げられねぇからな。そんなに気構える必要はねぇと思うぜ」
「どうかな? 今のような手を打つ相手だ。まだ隠された策があるんじゃないかい?」
「はん、終わりだ終わり。俺はもう捕まるしかねぇからな。予備切って、俺以外に仕事を託したんだ。だから、俺のできることはもうねぇんだよ」
つまらなさそうに吐き捨てて、狼男は後ろに倒れ込む。ただし、それは狼男の意思によるものだ。彼が完全に獣であるのなら、それは服従のポーズにでもなるのだろうが、意味としては彼なりの何もしないという格好であった。
「ところで、お嬢さん。名前を聞いていいかな?」
狼男から目を逸らさずに、アーリは問う。果たしてなぜ、このタイミングでそんなことを聞いてきたのかと、トトは訝しみながら返す。
「……私はトト。あなたはアーリさん、でいいんだよね」
「そうだとも。アーリ・ヘンスとは私のことだ」
笑いながら、アーリは続ける。核心に触れるように、心を見透かしたかのように、トトが思っていることを代弁する。
「それで、トト。君は彼の存在が気になっているんじゃないか?」
「それは……」
ここで気にならないと言えば、それは嘘になるだろう。しかし、正直に聞いたところで知りたい答えが返ってくるなどと、トトはどうしても思えなかった。なぜならば、目の前の彼はどう見たって自分の知るところにない存在だったからだ。だと言うのに、アーリはその正体を不思議がることもしない。
これで秘匿されていないと思うのは、トトには難しかった。勿論、その秘密を共有する規模がどれほどのものなのかは知らないが、その一端に足を踏み入れた感覚を、確かにトトは感じた。
「まぁどちらにせよ、聞いてほしい。我が国には、秘匿法というものがあるだろう」
フィシアム王国法の一つ。アーリが名前を出したものはそれだ。
『国家の不利益になり得る情報を、一般及び歴史に開示しない』
長々と書き記された文章を纏めれば、そういった内容になる。主に王位継承権を手放した王族が、ひっそりと隠匿生活を送るために作られたとされる法律。
一般的に、学校の授業などではそういった王族を守るための法律だと教えられる。これがなければ、その王族は政治に利用されるからと。現在の王位を持つ王族が意図的に根絶でもされれば、傀儡王が誕生してしまうから、だから王位を持たない王族は秘匿されるべきだ、という話。
「彼はその秘匿されるべき情報の一つでね。王族というわけではないが、公になると非常にまずい者の一人なんだ」
「てめぇも──」
「話の腰を折らないでくれると助かるな」
「へぇへぇ、負け犬は黙っておきますよ。おら、ネズミもう平気なんだろ? 話し相手になりやがれ」
両手を振って狼男は無害のアピールをする。そして、やや近くに同じく倒れていたピギンに小声で話し掛けた。だから後半の言葉はトトらには聞こえていないだろう。
二人と言うか、二匹と言うか、お互い先程までは敵同士だ。けれど、本当に、狼男に戦う意思はなく、ピギンはそれを感じ取ったのだろう。死んだふりは止めて、狼男に近寄った。
そして、それもアーリとトトは気づかない。いや、アーリは気づいたのかもしれないが、それに対して何も言わなかったのはピギンと同じ理由なのだろう。
「あー、だからだね。そんな秘密を見た君を、私は英雄として迎え入れたいと思うんだ」
「はぁ、英雄……」
「そう、英雄。王都を救った英雄だ。事実、私だけでは決定打に欠けていた。彼を捕まえられたのは君のおかげだ。ならば、王都を襲撃した主格を倒したのは君だ」
「そういうことにしろって、話ですか?」
「そういうことも何も、それだけの事実しか一般には知らされないってだけの話さ。残念ながら、彼は特殊な魔物だったと勘違いされることもあるだろう。倒したという話が変化して、彼という魔物は死んだことになるかもしれない。だが、君の活躍は揺るぎないものだ」
秘匿されるべきものを知ったから、早い話、知らない側から知る側へと引き込まれていく。殺されないだけ温情だ。身に覚えのない罪で監禁されないのは優しさだ。
きっと、ここでトトの前に立つ者が、アーリ・ヘンス以外だったのなら、トトがどうなっていたかは分からない。魔物を手引きした犯罪者、成人式を待たずして召喚を行った犯罪者、そんな汚名を被せられたのかもしれない。もしくは、魔物に殺された、だとか。
そんな予想がトトには思いついてしまった。目の前の四騎士が、英雄という身を守る立場を用意した意味を、トトは理解する。
だから、彼女が四騎士になったのは、偶然が重なったことによる必然的な結果だった。狼達の襲撃がなければ、彼女は詐欺師として生きたのかもしれない。トトの人生の分岐点は間違いなくそこだった。
やがて、その英雄の座を彼女が一人の青年に受け渡すことになろうとは、このとき、本人を含め、誰も予想することができなかった。そして、それがどういった意味を持つことになるのかを知るのは、約二年後の話となる。
もうシリアスしたんだし、次くらいはシリアスしなくてもいいんだよね。
さて、ピギンの尻尾を逆立てる行動が攻撃の前準備みたいなことが分かったところで、三話前の話を読み返してみましょう。
トトをとられたと思って嫉妬しているピギンが見れますよ。
そうなるとマテルへの返事も別の意味に……。




