トト・リンメートという四騎士の一人
へ、へへへ、やってやったぜ。
3000? 4000?
違う違う。
5000文字さぁ。へへっ。
適当な路地に入りながら、真っ直ぐ逃げないように心掛けるトト。現状音でしか確認は取れていないが、狼の群れが中心区に向かっていることを考えれば、そちらに逃げることは愚策。そこから段階的に狼、ないしその仲間がいると考えるのならば、外側、壁の方は手薄のはずである。ならばそちらに逃げるのが得策だろう。
事実、トトはいくつもの遠吠えを聞いたというのに、外壁寄りの商売区画では一匹の狼しか見ていない。偶然遭遇していないだけということもあり得るが、外側に向かって数が少なくなっている可能性の方が高い。
だからトトは、こっちの方が安全なはずと足を止めない。走ることが疲れて、脇腹を押さえながら息を切らし、歩き続けているのだ。
「ねぇ、ピギン。ちょっと、狼がいないか見てきてくれる?」
しかし、動く限界というものもある。そこそこに歩いた足は震えて、力が入らなくなった今のトトはどう見ようと過呼吸を起こしていた。
ゴミ置き場のまだ回収されていない物陰でしゃがみ込み、トトは暴れる鼓動に手を当てている。そんな姿を見て、ピギンは短い返事の後、周囲を確認するためにその場から出ていった。
(日頃から運動しておけばよかったなぁ。もう遅い話だけどさ)
できるだけ隠れられるようにと、トトは身体を丸めて小さく見せる。その周りには生ゴミの詰められた麻袋でもあるのか、鼻が曲がりそうな臭いが漂っていた。
長居すれば病気になりそうなそれに、トトの呼吸は自然と遅くなる。けれど、それを我慢してまでもここに隠れたのには意味があった。
(流石にこの臭いから私は見つけられないでしょ)
狼の嗅覚を警戒してのゴミ置き場。どこまで誤魔化せるかをトトは知らないが、剥き出しで倒れるよりかは良いだろうとこんなところで身を潜めているのだ。
ところで、世の中は慢心や油断をした時点で、想定していた事柄を崩されることが多い。お父さんもお母さんも従魔が強いから心配しなくても大丈夫だ、なんて思っているトトは、同じようにこの場所なら大丈夫だろうと高を括る。
だから、何かを嗅ぐような、鼻で強く空気を吸い込んだような音が聞こえたとき、トトの心臓は高鳴る。それの足音が丁度目の前で止まったことに恐怖を覚える。
「お? こんなところにガキとは、なんだ? ゴミと一緒に捨てられたのか?」
そして、目の前の異形に理解が追いつかなかった。
ゴミ袋を持ち上げられた先、トトの目に映ったのはどうしようもなく人のような姿をした狼だった。言い表すのならそれが的確で、付け加えるのなら人の言葉を使っているということだろう。
二足歩行の動物のように立ち、服を着た狼。トトの持つ常識からしてそれは見たこともない生物だった。近くには人間がおらず、だから従魔の類いなのか、魔物の類いなのか、トトには判別ができない。が、少なくともそれは言葉を扱えるほどの知性があるということだけは理解できた。
「俺が怖えってのは分かるが、何か言ってみたらどうだ?」
「あ」
「あ?」
「あなたは、従魔なの? それとも魔物?」
トトが本当に聞きたかったのはそんなことではなかった。目の前のそれが騒ぎの主犯なのか、味方か敵か、その辺りが非常に気になる中で、トトは相手の情報を求める。
これはコミュニケーションの一環だ。相手のことを知りたがるのは相手に興味を持っているから。それが理解できる知性があるのなら、友好的な関係を築けると、トトはそう考える。
「はぁ、従魔、魔物ねぇ。ちと難しい話だな。まぁ魔物ってことになるのか?」
「そう、学校だと魔物は人を襲うって聞いたのに、先生は嘘つきだったのかな?」
「知らねぇだけだろ。ほら、人間だって良い奴と悪い奴がいるじゃねぇか。それと同じだ」
声も仕草も成人男性、つまるところ人間とそっくりな狼。名称で表すのなら物語に出てくる狼男が似合う彼は、トトに手を差し伸べて立ち上がらせる。その際、トトは反対側の路地でひっそりと状況を窺っているピギンを発見した。
一瞬目が合って、そうしてトトは何事もなかったかのようにピギンを無視した。それで伝わってくれと願いながら、トトは顔に出ないように変わらぬ態度を保ち続ける。
「ところでお前、従魔は召喚してねぇよな?」
力の抜けたトトに手を貸した狼男は、ふと思い出したかのように質問をする。いやに人間側の物事に詳しい理由を、今の立場でトトは聞くことができなかった。質問に別の質問で返すのは相手を不快にさせるかもしれないからだ。
「あのね、確かに今日は成人式だけど、狼が襲ってきたんだよ。そんな状況で呑気に召喚なんかできないよ」
だから、トトは質問に答えた。答えなんて言ってはいないが、全て事実なのは違いない。
ここで馬鹿正直にピギンの存在を教えれば、もうトトには打つ手がなくなる。狼男は例えを述べて、「魔物にも良い奴がいるのさ」なんてことを言いたかったのだろうが、仮にそれが真実だったとしても、そこに狼男が良い奴だなんていう情報は一切ない。
トトは父親から、その手の話術は仕込まれていた。だからこそそんな間抜けな勘違いをするわけがなく、状況証拠からして騒ぎの主犯はこの狼男だと仮定して会話をすることにした。
この状況で、ピギンとはトトの奥の手のようなものだ。狼男が敵であったとき、後ろから奇襲で攻撃をしてもらう最後の手段。
ピギンがなぜすぐにでもトトの下に駆けつけなかったかというと、理由は簡単だ。トトが会話をしている相手だから即座に攻撃に移らなかった。しかし狼であることから敵かもしれないと、様子を見ることにしたのである。
その決断を強めたのはトトがピギンに気づかないふりをしたこと。そして、気づいている上でのあんなトトの一言だ。そんな言い回しをするということは、「ピギンはこの場に出ないで」と言っているようなもの。だからピギンは影に身を潜める。いざというとき、すぐ動けるようにと。
そして、狼男はトトの答えに呆ける。動きが固くなり、まるで石になったかのように動かなくなった。遅れて開かれた口はそんな石像に亀裂が入ったように見え、狼男は一つの言葉を反芻する。
「キョウガセイジンシキ……」
「そう、今日が成人式だったの。でも──」
「今日が、成人式ッ!?」
次に大きな声を出して現実を叫んだ。狼男にとってそれは、やってしまったという後悔に近い声であった。
「てぇことはあれか? 俺は一日寝過ごしたのか!? マジふっざけんなよ俺ッ!」
頭を抱えて膝をつき、ウォンウォン鳴く。泣いているんじゃない。鳴いているのだ。まぁ、悲しみに暮れるという意味では同じことなのだが。
「えっと、どうしたの?」
「あ、あぁ、すまん。急に大声出して怖がらせたか。単なる自己嫌悪だから気にすんな」
狼男はトトのことを思い出し、言い訳をしながら立ち上がる。それからハッキリとピギンを目視すると、自然な動作でトトを持ち上げて、その場から走り去った。
「……えっ?」
「すまんな。こうするしかなかった。少し前から近くに監視か何かの従魔がいてな。言いたいことは後から聞く。今は黙ってろ」
「その従魔は私のです」なんてトトは言わないが、それでも気づかれていたなんて思いもしておらず、驚きの声を漏らしてしまった。だが、都合良く狼男は勘違いをしたようで、全く違うことに謝罪をする。勿論、トトは持ち上げられて運ばれている状況に驚いていないわけではないのだが。
「くっそ、しくじっちまった。回収できる数が減っちまったじゃねぇか。途中だったから良かったものを……」
狼男は一人言をぶつくさと並べて走る。トトはこっそりと後ろを見やるが、ピギンは全くもって追いつけてはいなかった。
やがて、狼男は堂々と門から外へと出ていく。門は無数の狼が占領しており、それらは欠片とも狼男に襲い掛かろうともしなかった。トトはやっぱりかと納得して運ばれるままに運ばれて行く。
外の草原では門とは違う群れとして、狼が一ヶ所に向かって何かをしている。狼男は「まだか」と言葉をこぼし、トトはその群れから次々と上空へ吹き飛ばされる狼を見た。
吹き飛ばされた狼は地面へと着地、または落下すると再び群れの中心地へと駆けていく。トトはそんな行動が疑問でしかなく、不思議に思った。
「おう、てめぇら! 一旦止めろ!」
大声の命令に狼達は獲物から距離を取る。その中心から姿が見えてくるのは一人の人間だった。
鎧姿に刃が潰れたような鈍重そうな剣。赤茶色の髪をした四十代。呼吸が荒かったというのに、長く息を吐いて吸う一手間で呼吸を整えてしまう、いや整えたように見せてしまう生粋の戦闘兵。
「お戻りかな主犯君」
「流石四騎士様ってところか? 従魔を消されても戦えるなんてよぉ」
「別に、ラナーがその群れのおやつになったところで、私の強さとは関係がないさ。怒りで容赦なく剣を振るってしまう、という意味では少々関わっているけれどね」
四騎士という単語にトトは反応する。そして、そんな四騎士の従魔が倒されたという事実に、トトは恐怖のような、助かる望みが薄まったような感覚を感じた。
一方そんな四騎士であるアーリ・ヘンスは笑っていた。何が楽しいとかではない。嬉しいだとか、そういった感情による笑みを浮かべ、剣を構える。
「ちなみに、その子はどうするつもりかな? 女児誘拐犯君?」
「それは──」
「今日で成人しましたぁ!」
「……女児と言ってすまない」
「……おう、すまねぇ。そういやそんなこと言ってたな」
果たして、いったいどこを見て二人はトトを女児だと決めつけたのか。この世には解き明かされなくても良い謎も混在しているのだ。
そのときである。遠方、王都フィシアムから何かが走ってくる。狼男に抱えられたトトはそれに気づくことはなく、耳を小刻みに動かす狼男は「そういうことかよ」と愚痴垂れる。
「知らねぇふりして、俺を謀りやがったな」
「いやいや、何を言う。『君は従魔か、それとも魔物か』と聞いたのは文字通りの意味だとも。要は在り方さ」
「……くそ、じゃあ俺は従魔だよ」
「ほう、言って良かったのかな?」
「そうじゃなきゃフェアじゃねぇ。一方的ってのは嫌いなんだよ。だからこうなった」
そのまま、後ろを見ないままに、狼男は頭部を狙ってきたラナーの脚部に回し蹴りを打ち返し、打ち勝つ。折れ曲がった右足を垂れ下げて、左足で跳んでラナーはそこから一旦離れる。
「お前もお前だよなぁダチョウ。素早さにものを言わせて、奇襲のつもりで頭部狙い。今までそれで終わったのかもしれねぇが、俺には通用しねぇって学ばねぇのか?」
イラついたように狼男は言葉を紡ぐ。なんてったって最初の邂逅で一回、その後アーリと選手交代したと思わせて回復した瞬間に二回目、頭部目掛けて蹴りをかまそうとしたのだ。どちらも防いでいるというのに、同じ馬鹿の一つ覚えで単調に尽きる。
ラナーが狼達のおやつになったのだって、同じことの三回目で狼男が鬱陶しく感じたからだ。だから頭部を噛み砕いて子分に向かって放り投げた。
つまり、今回は四回目となる。いくら敵だろうが頭の悪い再演は、狼男にとって腹立つのに足る理由だった。
だからそれは偶然とも言えるだろうし、偶然噛み合った必然的結果だとも言える。世の中、慢心や油断をした時点で、想定していたものが崩れる、崩されるなんてざらなのだ。トトが狼男に見つかったように、狼男もやってくる存在がラナーだけだと油断をしていた。
「痛ッ」
ふくらはぎに走る激痛に、狼男は顔を歪める。それは抱えていたトトをつい落としてしまうほどの衝撃であり、落ちたトトはアーリが無事救出した。
しかし、狼男はそんなことに意識を回せるほどの余裕がなくなっていた。咄嗟に下を向けば、そこには一匹のネズミの姿がある。勿論、去っていく姿だ。
これは偶然であり、必然でもある。具体的に時系列で説明すると、まずトトを追いかけていたピギンが門でたむろしている狼に見つかり、小柄を活かして奮闘を始める。そこへアーリのところへ向かおうとするラナーが、なんだなんだとやって来て、狼の群れを蹴り散らす。ピギンはラナーに事情を説明し、双方の敵が同じであることを知った。
そこで、ラナーが囮となり、ラナーに乗ったピギンが、頭部への蹴りに合わせて狼男に跳んで接近。足下に落ちて、アーリが察したのを確認すると尻尾を逆立てたという流れだ。
ちなみに、アーリが笑ったのはラナーの頭の上でネズミが手を振っていたからだったりする。それでおおよその予想を立てて、こんな救出劇を演じたというわけだ。
「クソッ、クソッ、クソがぁ!」
狼男の悪態が草原に響き渡る。いわゆる形勢逆転。何もかもが失敗続きで、それが自分の不注意が理由なのだと自覚をしている。だから狼男は激しい苛立ちを叫び散らしたのだ。
だから、この時点で狼のときと同様に、結果は決まったと言える。
え? 終わりが中途半端? 何言ってんですか。この幕間は三部作ですよ。
え? 前回に前後編って言ってたって? そうですよ。
『前』
『後』
『編』
です。起承転結的な。あぁ次が編ですね。
え? 言い訳が苦しい? 予定より話が膨らむんだから仕方ない。




