トトという詐欺師の少女
遅くなってすみません。以前のように鏡の前に立って叱っときますんで平にご容赦を。
さて、『四騎士の塔』編の話はだいたい残り半分となり、ここらで一つ、重要な幕間でも挟もうかとこんな話をねじ込みました。話の展開としても、ここが一番違和感ないかなってことで。
四騎士である現リンメート。名をトトという少女は、詐欺師の家系に産まれた。
父は元商人。母は詐欺師。母方の親戚も九割方が詐欺師。そんな家の長女として、トトはこの世に生を受けた。
──言葉には魅力がある。
例えば、二つのベッドがあったとしよう。それはどちらも銀貨十枚ほどの価値だ。そこに、片方のベッドにだけ『銀貨二十枚のところを、半額の銀貨十枚でお売り致します』と付けるとどうなるだろうか。無論、半額の理由は『贔屓にしてもらうため』など、適当にでっち上げた上での話だ。
結論、人は何かを付け加えた方を買う。人とは面白いもので、銀貨十枚の物に銀貨十枚払うよりも、銀貨二十枚だった物に銀貨十枚払う方が圧倒的に多い。使う金額は同じだというのに、目に見えない価値で得をしようとする。
トト、覚えておきなさい。どんなに無価値なものでも、言葉を添えれば価値はいくらでも付けられるんだ。
トトが父から教わったのは、そんな言葉であった。商人としての経験で得られたものは、そうして一人娘に注がれた。
──行動には強制力があるの。
何もしない物乞いが、ただ入れ物を置いて『私のために金をくれ』なんて、あからさまに情に訴えかけても半分の人間だって動きはしない。
でもね。世の中は偽善者まみれだから、お金なんて簡単に稼げるわ。
例えばね、硬貨入れを持って『孤児のためにご協力くださーい』なんて言えば、その辺のおばさんはハエのように群がってくるわ。適当に銅貨一枚でも孤児にあげれば、嘘をついたことにはならないし、子供の頃は私もこれで足りないお小遣いを稼いだの。懐かしいわぁ。
不思議なものでしょう? 大多数の人間は、他人のために動く他人に協力するの。自分のために動く他人には非協力的で、自分からは動かないくせに他人が誰かを救おうとする行動には賛同するのよ。
トトが母から教わったのは、そんな行動力だった。子供ができる簡単で危ない生きる術。実際にはトトがそれを行うことはなかったし、強制されたわけでもないのだが、母の幼少期に培った経験がこうして娘に受け継がれた。
結果、人の懐に入りやすい明るい性格。活発で周囲に元気を与えるような、一見人当たりの良い娘としてトトは育った。父と母の稼ぎにより、トト自身は稼ぎにいく必要がなかったから、というのが大きな理由だったのかもしれない。
嘘を吐くのは二流というのがこの家系の家訓である。一流は本当のことと、どうとでも取れることを使い分け、相手が勝手に騙される流れに持っていく。だから訴えられようが、相手に非があることになる。つまるところ、この家系は詐術を飯の種にしようが法の範囲を踏み出すような間抜けなことは一切していないのだ。
そうして、王都フィシアムにて悠々と育てられたトトは、何不自由なく十五歳となり、成人式の日を迎えることとなった。
「ネズミかぁ、君って何かできたりする?」
召喚の終わった帰り際、手のひらに己の従魔を乗せて歩くトトは疑問を口にした。魔物も、従魔も、一見した様子からは分からない、常識からかけ離れた特技を持っている場合がある。例えばただの鳥が火を吹いたりなど、動物にはあり得ない特徴だ。
そして、トトに問われた従魔は手のひらの上で尻尾を掲げ、逆立てた。ただのネズミの尻尾が、刺々しい剣山のようになったのだ。
従魔はそれを左右に振り回し、召喚者にアピールする。トトは自分の従魔がとった行動の意味を探り、少し考えた後、答えを出した。
「……あっ、戦えるよってこと?」
「キュッ」
短かな返答だけれど、これは肯定なのだろうとトトは理解する。なぜならば、手のひらのネズミが「そう、それそれ」と言わんばかりに首を縦に動かしているからだ。むしろこれが否定であるのなら、もうこのネズミのサインをトトは何も信じられなくなってしまうだろう。
「そっかー。でも私、外には出ないからねー。町中での用心棒かな。これからよろしくね」
「キュー」
人差し指で頭を撫でて交わした挨拶。ネズミの尻尾は元に戻り、目を閉じて声の伸ばす。トトはそんな様子に可愛いという感想を思い、歩を進めた。
成人式の列、椅子は早い者勝ちであり、召喚は最前列から呼ばれることになる。すなわち成人式を早くに終わらせるのも早い者勝ちというわけだ。
トトはその日、何かする予定もなかったということで、朝早くに教会へと赴き、空いていた一番前の椅子に座った。
トトが召喚を終えたのは昼前の出来事だ。まだ朝と言える時間帯であり、両親が熱心にも商売に励んでいる時間でもある。要するに、家に帰っても帰らずとも、予定のないトトにはどちらも意味を見出だせなかった。だから自宅までの帰路、何とはなしに、従魔と一緒に寄り道でもしようかと考えたのだ。
普段は寄ることのない壁付近の道をトトは歩く。目的としては、従魔に四騎士の塔の一つでも見せようかというものだった。
「改めて見ると、凄く大きいね」
いつも遠目に映るものの一つだったからか、わざわざ近寄ってまで見ることのなかった塔。トトは初めて間近で見た塔の圧倒的な大きさに感嘆の声を漏らす。トトの手の上にいるネズミも、鼻をひくつかせて塔を見上げていた。
そんなときだ。悲鳴と獣の叫び声が混じった騒音が、トトの耳に入った。方角としては壁伝い、門がある向きから聞こえてきたとトトは察する。
時折、通行税を渋って従魔を使い、暴れて騒ぎを起こす者がいる。トトはそんな人間がいるという知識を持ち合わせてはいたし、今回もそういった類いだろうと考えた。だから当然、巻き込まれたくないトトは、門から離れるように足を動かそうとする。
しかし、ふとおかしなことに気がついた。喧騒が聞こえるのならまだ分かる。だが、悲鳴だけとはどういうことだろうかと。獣の声が複数聞こえるのは、どういうことだろうかと。
何やら言い知れぬ不安を感じたトトは、手のひらにいる従魔に声を掛ける。
「ねぇ、あなたの名前ね。何にしようかなって考えてたんだけど、ピギンっていうのはどう?」
「キュッ!」
首を縦に振る肯定。ピギンの返答を聞いたトトは微笑んでその頭を撫でる。
「そう? よかった。ならピギン、私ね、ちょっと走りたいんだ。だから頭にしがみついててくれない?」
ピギンを乗せた手をトトは頭の上まで上げた。
走るとき、片手を振らずに走るよりも両手を振った方が速いのは自明の理だろう。ならば、トトが口外に言いたいことは全力で走りたいということで、すなわちピギンが立つ手も振るわけだから、当然酔う酔わないの次元ではない。
それを読み取ったピギンは、さっさと安全なトトの頭に移動した。そもそも拒否するような理由もないのだから、ピギンの行動に無駄な停滞などなかった。
(考えられるのって集団で起こした犯罪とかだよね。勿論、騒ぎを起こした人の声が小さくて聞こえないって可能性もあるけど)
自宅へと走るトトは考える。狼のような遠吠えが聞こえるばかりで、既に門の方向からは悲鳴が響いてこない。だが、更に中心区へと向かうように悲鳴は続いていた。悲鳴を上げている人が移動したのか、悲鳴の原因が移動しているのか、狼の声が広がっていることを踏まえれば、どちらかなんてことは明白だろう。
(家があっちじゃなくてよかった。でも、衛兵も四騎士も何をしてるんだろう)
一向に治まる気配を見せない騒ぎに、トトはそんな思いを抱く。
真っ直ぐに、およそ走る一点に置いては完璧な姿勢のトトは、しかし、その見た目に反して凄まじく体力がなかった。それもそのはずだ。両親の仕事は言わずもがな力仕事ではないし、唯一力を使いそうな商品の移動は母親の従魔が基本している。
父親の勧めからトトは外に出るよりも読書をすることが多かった。ちょっとしたお高い本も、収入に関してはあの手この手で安く感じさせている商品があるので安定しており、トトの私室は簡易的な図書館のようになっていた。
無論、学校には通っており、学友を使って話術の練習など、卒業日には友達百人突破する成果を残したのだが、この辺りの話は今は関係ないだろう。
要するに、トトは走って早々に、息を切らして歩きに戻ったというわけだ。それでもそれなりの距離を進んだのは、走る形だけは良かったからなのだろう。
「これだけ距離があれば大丈夫だよね」
ピギンに聞いたって答えが帰ってくるわけでもないのだが、言わば自分に言い聞かせるようにして、トトは荒い息の中呟く。それは少なからず今の状況に違和感を感じている証拠だった。
そんなところでだ。トトの呟きを否定するかのように、トトから見てすぐ近くの路地で何かが動く。その姿は誰がどう見たって人ではないことは確かだろう。
(あー、もしかして騒ぎを起こしてる従魔かな)
気づかれたくなくて声は出さなかったが、トトはそっと後ろ向きに逃げようとする。
そこへ、ゆっくりと路地から出てきたのは一匹の狼だった。トトがいる大通りへと躍り出たその狼は、トトに目を合わせると襲い掛かるでもなく、遠吠えをした。
今の状況と、遠吠えの意味を考えれば、自ずとトトも立ち位置が見えてくる。
「ピギン、戦えるんだよね」
一対多、仲間を呼ばれたのなら、このままでは勝ち目が見えなくなるのは必然だろう。だからトトは、ピギンに問う。このまま逃げれば間違いなく狼が追ってくる。ないし、襲ってくる。けれど、何もしなければ状況は悪くなっていくだろう。そう考えれば、助かる術は一つだけしかない。
「キュッ!」
狼を前にしても、変わらず頼もしく返事をするピギンは、トトの身体を滑るようにして地面へと降りる。
そこでようやく狼は、取るに足らないネズミなんぞの存在を認識した。狼の獲物は人間だ。子供は報告し、大人は殺す。故に、小動物には一々目をくれていなかった。
けれど、そんな小動物がわざわざ自分の前にやって来る状況で、狼も流石に無視はしない。小腹の空いてきた頃合いで、丁度良さそうな肉が走って来ているのだ。仕事は子供を逃がさなければ良いだけ、ならば目の前のそれを飲み込もうが、支障はない。
トトから目を離さなかった狼は、直線上のピギンへと目を移す。だが変わらずトトは視界に収めている。仮に、トトがピギンを囮に逃げようものなら、真っ先にトトへと狼は走ることだろう。しかし、そのような様子もなく、ただピギンが狼へと走り寄るだけ。
狼と比べれば小柄も小柄のピギンは、全力疾走の言葉が似合うに足る素早さで、狼に詰め寄るのに数秒。その出来事の結果が確定した時間で言えば、全てはその数秒で終わったと言えるのだけれど、トトにしてみれば理解をするのにもう少し長い時間を要した。
狼がピギンに食いつかんと動いたとき、ピギンは尻尾を逆立てて狼へ向けて振るう。それが鼻頭にでも当たったか、狼は悶えに悶え、地面に壁にと鼻を擦り付ける。それでも鼻先の激痛は止むことはなく、むしろ増したかのように痛覚を蝕み続けた。
もはやトトのことなど眼中にはない。ピギンのことなど些末事でしかない。何が起こったという疑問と、酸性にも似た激痛に、狼は耐えることしかできなかった。
「えっと……逃げるよピギン!」
「キュッ」
取り敢えず、狼が動けなくなったということを理解したトトは、ピギンを呼んで走る。もうほとんどない体力を無理矢理にでも使って、全力で走る。ピギンはそれに並走し、トトは今更ながらに気がついた。
今トトがいる大通りは普段、人通りが盛んな商売区画の一部で、このようにこんな時間帯で人はトトだけという光景はあるはずがなかった。
あまりに遠くの音は建物が遮って聞こえない。この王都フィシアムは東西南北四つの門が存在している。そして最初に気づいた騒ぎから離れたところで狼と出会したことを合わせれば、答えは簡単だろう。
(二つの門から……ううん、中心区に向かってるってことは、最悪四方から。つまり)
トトは呼吸に挟むようにして、現状最もあってはならない、しかし起こり得てしまっているかもしれない予想を口にする。
「王都が、包囲されてる」
はい、長すぎたのでカットしました。
前後編となります。現在、日曜日に投稿できたらなっていう夢と希望を抱えております。
つまり、一日で3000~4000文字。
へへっ、やってやろうじゃあねぇの。今までの付けを払わせてやるぜぇ!(鏡)
ちなみにピギンの名前は二つ考えてたんですよ。
ピギンorロズ
ロズはローズ、要するに薔薇みたいな尻尾ってことを言いたかったんです。
ピギンはギンピーギンピー、神経毒のトゲを持つ植物の名前から考えました。
次代リンメートがパリトキシンなんだから毒繋がりが良いかなってのがピギンとなった後押しですね。




