第42話 九州統一の総仕上げ
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第42話 九州統一の総仕上げ
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永禄8年7月。
西部方面軍と東部方面軍にジワジワと浸食されていく薩摩。
両方面軍の被害はそれなりにある。
やはり島津は強い。
1歩後退したら、1歩半前に進む。
そんな戦いをしていると、島津は息切れを起こす。
いくら薩摩隼人が屈強でも、交代が利かない連戦ではすり減る。
一方宗像は後方から兵を送り、兵数を減らすことなく、士気も落とさず、戦線を維持し続けた。
物量のなせる業だ。
永禄8年9月。
とうとう島津が内城に籠った。
前線に回した木砲は使い切っていることから、無理攻めはせずに包囲して補給を絶てと命じた。
そして、儂も出張る。
「殿。出向いたします」
「うむ」
貞安に言葉少なく頷く。
門司城から走破船1隻、疾風船3隻、韋駄天船10隻の船団で薩摩まで向かう。
ああ、そうそう。
今年の5月に史実通り、足利義輝が死んだ。
三好三人衆と松永久通が京の二条城を急襲し、足利義輝を弑逆したのだ。
畿内は九州と違って史実通りに歴史を紡いでいる。
儂が九州を統一しても、畿内にはそこまで影響しないのだと思う。
儂は芽衣を遠賀城下の屋敷に移した。
これは家臣たちとの約束だ。
本来であれば鍋寿丸もその屋敷に移り住むはずだった……。
鍋寿丸を殺した者は絞り込まれた。
正三でも手古摺っていたが、判明したからには報いを受けさせる。
儂はこの恨みを絶対に忘れない。
走破船は波にを切り裂いて進んだ。
関門海峡を進むと、マストの上にいた水夫が叫んだ。
どうやら四国側から船団が近づいてくるのが見えたようだ。
マストの上にいる見張りの水夫には、望遠鏡を持たせてある。かなり遠くまで見渡せることだろう。
しばらくすると、船団が見えてきた。
「河野の水軍衆ですな」
望遠鏡を覗く貞安が言う。
四国の伊予国に勢力を持つ河野家の水軍か。
たしか村上水軍と結んでおり、毛利に近い勢力だ。
「攻撃してくるか?」
「警戒だけだと思います。こちらから攻撃しなければ、我らが通り過ぎるのを遠巻きに見ているだけでしょう。もし近づいてきても、海の藻屑にしてやりましょうぞ」
頼もしい言葉だ。
「任せる」
「はっ」
儂らが佐多岬を通り過ぎ、豊後水道を南下していくと河野水軍は見えなくなった。
そもそも、こちらの船速についてこられないという問題もある。
彼らは今でも関船と小早を主力にした和船の船団だから、こちらのほうが圧倒的に速いのである。
数日で大隅海峡を通りすぎ、鹿児島湾へと入った。
桜島が見える。
煙がもくもくと出ている。
阿蘇山もそうだが、桜島も頻繁に火山灰を撒き散らしている。
東部方面軍は内城の東にある東福寺城を拠点にし、包囲を行っている。
そして西部方面軍は内城の南西にある上山城を拠点にし、包囲を行っている。
両方面軍合わせた兵数は25,000で、対する内城に籠る兵数はおよそ2,500。
無理して攻めてないことから、1カ月近く包囲が行われている。
東部方面軍長の吉田兼致と、西部方面軍長の占部氏時が走破船に乗り込んできた。
「殿、お久しぶりにございます」
「長らく苦労をかけているな、弾正忠(吉田兼致)」
「いえいえ、武士としてこれ以上ない栄誉にございます」
前線でもしっかり食べているようで、吉田兼致の顔色はいい。
「また大きくなられましたかな、殿」
「いきなりだな、右馬助(占部氏時)。だが、大きくなっているぞ、6尺2寸(187センチメートルくらい)になった」
もうちょっとで190センチメートルになりそうだったが、儂も21歳になったことからもう成長はしないだろう。
「公方様のこと、お聞きしました」
「殿が三女神様の寵愛を受けていること、身に染みております」
「「秋月殿のこと、申しわけなくございまする」」
2人が深々と頭を下げた。
芽衣のことは、儂が強く拒否できなかったこともある。
だから、すでに水に流している。
「鍋寿丸様のことも、断腸の思いにございます。お悔み申しあげまする」
「お悔み、申しあげまする」
皆が神妙な表情で再び頭を下げ、儂は言葉少なく頷くだけに留める。
「うむ……。さて、儂がここへやってきた目的を果たそうか」
「「はっ」」
内城は沿岸部に築かれた平城だ。
沿岸部にあるおかげで、走破船に装備した大筒が使える。
この時代、南蛮で運用されている大筒は主に3種類ある。
カルバリン砲は長距離砲で、海戦でも攻城戦でも使える。
カノン砲は巨大な砲丸を放ち強力だが、やや射程が短い。
フランキ砲は後装式の小型連発砲だ。
史実の大友宗麟は、フランキ砲を南蛮人から購入して使ったらしい。
されはさておき、我が宗像の大筒は、2種類ある。
筑前砲と名づけた大筒は長射程で、豊前砲と名づけた大筒は中射程で破壊力に優れる。
筑前砲の有効射程は10町から60長(1キロメートルから6キロメートル)、豊前砲の有効射程は3町から30町(300メートルから3キロメートル)くらいだ。
共に後装式で、連射性に優れているものである。
有効射程の定義は、艦砲射撃で命中率5割以上というものにしている。
命中率を捨てれば、共にもっと長い距離を飛ばすことも可能だが、大筒に使う火薬が馬鹿にならないので、無駄撃ちはしたくない。
南蛮の大筒で命中率5割なんて絶対にあり得ないが、それを可能にしたのが我が宗像の大筒だ。
その大筒で、内城を狙う。
「撃てぇっ」
貞安の号令の下、1門の豊前砲が火を吹いた。
同時に轟音が耳を襲い、衝撃波が全身を貫く。
「内城左1町に着弾!」
砲撃主任(砲撃の責任者)が望遠鏡越しに着弾場所を確認し、補正値を伝える。
「次弾、準備よし!」
その言葉を聞き、貞安が2発目の砲撃を命じる。
「城門破壊を確認!」
さらに砲撃主任の指示が飛び、3発目が発射される。
「城内着弾! 角度そのまま、斉射準備!」
「斉射準備完了!」
「撃てぇっ」
貞安の命令で、走破船の側面から覗く10門の砲門が同時に火を吹く。
1門ではそこまでだったが、10門の斉射になると船体が大きく揺れた。
ほぼ全ての砲弾が内城内に降り注いだ。
赤と白の旗が振られる。
両方面軍への総攻撃の合図だ。
この日、島津貴久は降伏した。
城内に籠っていた2,500の兵のうち、1,000ほどが砲撃によって建物の下敷きになるなどで死亡している。
城内はまさに地獄絵図だったらしい。
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