第七百三話「星々の交差点と、姫殿下の『透き通った放射点遊び』」
夜の空気は、すっかり磨き上げられた硬い水晶のようでした。天の川の岸辺では、数千の燐光を放つ林檎の木が、チリリ、チリリと冷たい風に葉を震わせているに違いありません。王城の屋上に寝そべったシャルロッテは、天球を横切る巨大な車輪の音を、その小さな耳の奥で聴いていました。
「ねえ、アルベルト兄様。お空の向こうで、誰かが銀色の火薬をまき散らしているよ?」
横で天体望遠鏡の筒を撫でていたアルベルトは、蒼く透き通った酸素を深く吸い込み、静かに夜空を指差しました。
「あれは流星群だよ、シャル。宇宙の塵が、僕たちの住む世界のヴェールに触れて、一瞬だけ燃え上がる命の火花なんだ。……。見てごらん、不思議だとは思わないかい? 星たちは皆、あの北の星座にある一点から、噴水のように噴き出してくるんだ」
アルベルトの言葉通り、降り注ぐ光の矢は、すべて空の一点から四方八方へと逃げていくように見えました。シャルロッテは、前世で覚えた図学の幾何学的な風景を思い出していました。それは並行な線が遠くで交わる「消点」と同じ、透視図法が生み出す目の錯覚、放射点の仕掛けでした。
「ううん、違うよ。あれはね、お空の『待ち合わせ場所』なんだよ。みんながあそこに集まって、せーの、で世界中にプレゼントを配りに行くの。……。ほら、見て! いま、あおぞら色のご馳走が流れたよ!」
シャルロッテが光属性の魔法をそっと指先で弾くと、空の放射点の周りに、透明な琥珀色の環がいくつも浮かび上がりました。
彼女の魔法は、星の軌道を歪めることはしませんでした。ただ、空の奥行きを強調し、見えないはずの「宇宙の広がり」を、立体的な青いレンズとして家族の目に映し出したのです。
すると、降り注ぐ流星たちは、ただの火花から、鉄道の線路を駆ける小さな機関車の車輪のように見え始めました。ガタゴト、ガタゴト。そんな音さえ、冷たい夜風の中から聞こえてきそうです。
「わあ! お星様が、おしくらまんじゅうをしながら飛んでいるね! モフモフ、見て。あの子はきっと、お砂糖の袋を運んでいるんだよ!」
モフモフは、シャルロッテの膝の上で、光る尾を追いかけて首を左右に振っていました。そのたびに、短い尻尾がパタパタと、夜の静寂を小気味よく叩きました。
「……。放射点。……。なるほど。私たちは平行に並んで走る光の列を、一点から生まれる奇跡だと信じていたのだな。だが、その錯覚さえも、宇宙が用意した最高の演出なのかもしれない」
アルベルトの知性は、もはや数式で星を捉えるのをやめていました。彼は、妹が創り出した「星々の万華鏡」の中に身を浸し、ただ一人の旅人として、無限の闇に咲く光のひなげしを眺めていたのです。
「えへへ。だって、難しい地図で線を引くよりも、お空の交差点で『いってらっしゃい!』って手を振るほうが、世界は絶対可愛いんだもん!」
シャルロッテの銀色の髪が、夜の重力から解き放たれたようにふわりと舞い、翠緑の瞳は流星のスペクトルを吸い込んで、金剛石のように煌めきました。
王城の夜は、理屈を超えた壮大な祭典となっていました。星たちが放つ冷たい燃焼の響きと、少女のあたたかな笑い声は、銀河の果てまで届くほど、どこまでも澄み渡っていったのでした。




