第二百三話「忘れた手袋と、姫殿下の『優しい満員御礼』」
その日の午後、シャルロッテ姫殿下は、雪の降り始めた庭園を散策中、ベンチの上に、誰かが忘れていった、ごく普通の、古い毛糸の手袋を見つけた。手袋は、色あせ、指先には小さな穴が開いている。
姫殿下は、その手袋の中に、「誰かに使われることを待つ、孤独な空間」の魔力を感知した。
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シャルロッテ姫殿下は、その手袋を、モフモフに持たせて、薔薇の塔に持ち帰った。
「ねえ、モフモフ。この手袋、『誰でもいいから、入ってきて』って、言ってるよ」
姫殿下は、その手袋に、「空間の拡大」という、奇妙な魔法をかけた。手袋の大きさは外見上変わらないが、内部の空間だけが、無限に、しかし温かく、広がり続けた。
その魔法は、手袋を、「愛と共存のための、優しい小さな世界」へと変貌させた。
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次に、シャルロッテ姫殿下は、その手袋の「新しい住人」を探し始めた。
まず、小さな子ネズミが、寒さから逃れるために、手袋の指先に入り込んだ。
次に、庭師ハンスが大切にしている、極彩色の、小さな熱帯の鳥が、手袋の中の温かさに気づき、子ネズミの隣に収まった。
さらに、マリアンネ王女が実験用に育てていた、光る苔が、湿気を求めて手袋の掌の部分に定着した。
そして、最後には、フリードリヒ王子が訓練中に失くした、小さな銀の剣のチャームが、手袋の温かさに引き寄せられるように、穴から転がり落ちてきた。
手袋の内部は、「子ネズミの静かな息遣い」「鳥の温かい体温」「苔の微細な光」「金属の冷たい質感」という、本来、相容れない、多様な存在で満員御礼となった。
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その日の午後、兄姉たちは、シャルロッテ姫殿下のベッドの上で、静かに膨らんでいる手袋を見て、驚愕した。
「シャル、これは一体?」と、マリアンネ王女が尋ねた。
「ねえ、お姉様。見て! この手袋、『みんな、バラバラなのに、みんな仲良し』なんだよ!」
シャルロッテ姫殿下は、手袋から、「共存の喜び」という、温かい魔力が溢れているのを感知した。
アルベルト王子は、姫殿下の純粋な愛の力に感銘を受けた。
「シャルは、争いのない、究極の多様性を、この小さな手袋の中に創造したのだな」
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、『みんなで、ぎゅうぎゅう』な方が、『一人でいる』よりも、ずっと可愛いでしょう? それにとってもあったかいんだもん!」
姫殿下の純粋な愛と魔法は、小さな手袋という限られた空間に、「多様な存在が、愛によって共存する」という、世界の理想の姿を創り出したのだった。




