第百四十一話「古い蜜壺と、治癒魔法が届かぬ傷の深さ」
その日の午後、第二王子フリードリヒは、騎士団の訓練中に、珍しく深い傷を負った。傷口は、通常の治癒魔法では治りきらず、魔力の耐性を持つ、しつこい菌に感染し、赤く腫れ上がっていた。
王城の治癒士たちは、光属性の強力な治癒魔法を試みたが、その菌は、魔法の波動に抵抗し、傷の治癒を頑なに拒んでいた。
「くそっ、なぜだ! これほどの魔力をもってしても、この傷が癒えぬとは!」と、フリードリヒは、自分の身体の限界に苛立っていた。
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マリアンネ王女は、傷口の菌を解析し、驚愕した。
「この菌は、現代の治癒魔法の波長に、完全に耐性を持っているわ。まるで、魔法の進化を予期していたかのような、異質な生命体よ」
王城の進んだ科学と魔法が、古代から存在する単純な生命体の前で、無力になっていた。
シャルロッテは、兄の苦痛と、科学が持つ限界という、冷たい空気に心を痛めた。
「ねえ、モフモフ。現代の魔法で治せないなら、古い魔法を使ってみるといいんじゃないかしら」
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シャルロッテは、モフモフを抱き、王城の誰も使わない、最も古い薬草庫へと向かった。そこで彼女が見つけたのは、何千年も前から薬として使われてきた、木製の古びた蜜壺だった。
シャルロッテは、蜜壺の中の、濃く、深い琥珀色の蜜を、指先に少量だけ取った。彼女は、その蜜に、治癒魔法とは全く異なる、自然の恵みの力が宿っているのを、感覚的に知っていた。
彼女は、その蜜に、光属性の治癒魔力を込めることはしなかった。その代わり、水属性を応用し、蜜の持つ「浸透圧」と「酸性度」を、傷口に最適化するよう、極めて微細な調整を加えた。
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シャルロッテは、フリードリヒの傷口に、その琥珀色の蜜を、優しく塗布した。
フリードリヒは、傷口の痛みが、蜜の温かい感触によって、一瞬で和らぐのを感じた。
シャルロッテは、その蜜が持つ、三つの異なる力について、可愛らしく説明した。
「あのね、蜜はね、とっても甘いから、悪い菌さんの体から、全部お水を奪っちゃうのよ!」(※蜂蜜は糖分濃度が極めて高いため、浸透圧の作用で細菌の水分を奪い取るのです)
「それからね、この蜜は、ちょっと酸っぱいでしょう? 悪い菌さんが、生きていられない場所にするの!」(※蜂蜜は強い酸性(pH3.2~4.5)を持つので、多くの細菌が生存できない環境を作るのです)
内なる光: 「そして、蜜の奥には、誰にも真似できない、お花さんの持つ、特別なお薬が入っているの。それが、悪い菌さんの魔法を、止めちゃうんだよ!」(※蜂蜜に含まれる酵素が過酸化水素を生成し、これが消毒剤として働くのです)
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翌朝、フリードリヒの傷は、嘘のように完治していた。現代の魔法が数日かかっても治せなかった傷が、一晩で癒えたのだ。
マリアンネは、蜜の残留物を解析し、その複合的な治癒メカニズムに驚愕した。
「なんてことかしら。古代の知恵が、現代の魔法技術の限界を超えたのよ! これは、純粋な自然の力が、最先端の耐性菌を打ち破った事例よ!」
フリードリヒは、妹を抱きしめた。
「シャル。大事なことは、最先端の剣術や魔法ではなく、シャルが教えてくれた、古くて、温かい知恵にあるのだな」
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、古くて温かいものの方が、新しい魔法より、ずっと可愛いんだもん!」
シャルの天真爛漫なその様子が、今日も王城のすべての人々を癒すのでした。




