第百三十五話「モノクロームの部屋と、世界を彩る『リンゴの赤』」
その日の午後、王城の誰も使わない、古い時計台の最上階の部屋は、奇妙な空間となっていた。
マリアンネ王女は、その部屋を、「知識の限界を試すための、実験室」として使っていた。部屋の壁、床、天井、そして置かれた家具の全てが、純粋な白と黒のモノクロームで統一されている。色彩は一切存在しない。
マリアンネは、その部屋に、「色彩を一度も見たことのない、完璧な知性を持つ」という設定の、魔力的な存在(一種の思考実験の仮想対象)を作り出し、その存在が、「色の知識」だけで、「色を見る感覚」を理解できるかを試みていた。マリアンネはこうした特異な実験が大好きだった。
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シャルロッテは、モフモフを抱き、そのモノクロームの部屋に闖入した。
「わあ! お姉様! 素敵なお部屋! ……でも、ここ、全然可愛くないよ!」
マリアンネは、妹の乱入に驚いた。
「シャル! 実験中よ! 邪魔しないで! ここは、知性のみが支配する、論理の聖域なの!」
しかし、シャルロッテは、その論理の聖域で、大きなリンゴを一口食べた。そのリンゴは、彼女の魔法によって、世界で最も鮮やかな「赤」を放っていた。
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部屋の隅で、座っていた仮想の「知性体」が、リンゴの「赤」を見た瞬間、回路に過負荷がかかったかのように、奇妙なノイズ音を発し、そのモノクロームの体の一部が、不規則に痙攣し始めた。
「知性体」は、マリアンネから、「赤は、特定の波長を持つ光の刺激である」という、完璧な知識を与えられていた。しかし、目の前のリンゴの「赤の情熱、赤の暖かさ、赤の美味しさ」という、感覚と感情が伴う「赤の真実」は、その知識を完全に超えていた。
シャルロッテは、リンゴの断面を、その知性体に見せつけた。
「ね、リンゴの赤はね、甘くて、美味しい匂いがするんだよ。こんなに可愛いのに、どうしてこっちを見ないの?」
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シャルロッテは、風属性と光属性の魔法を融合させた。
彼女の魔力は、リンゴの「赤の情熱」を、リンゴから引き剥がし、部屋の壁全体に、強烈な「赤」の色彩として塗りつけた。部屋は、一瞬で、モノクロームの論理から、狂おしいほどの「赤の感情」に支配された。
知性体は、狂気に満ちたノイズを発しながら、立ち上がった。そして、部屋の中を、不規則な動きで走り回り、壁の「赤」に触れようと試みた。
マリアンネは、妹の「狂気と夢想の力」に、打ちのめされた。
「そうか……! 知性は、世界を解体する。しかし、感情と感覚は、世界に意味を与えるのね!」
それは彼女が哲学的な理解に達した瞬間だった。
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シャルロッテは、リンゴの芯を、知性体の手の上に置いた。
「ね、もう大丈夫だよ。リンゴは、食べると美味しいの。それが、一番大切なことなのよ」
知性体は、リンゴの芯を受け取り、その冷たい金属の体が、微かに、安堵の光を放った。知性体は、マリアンネの予測に反し、論理的な知識ではなく、「感覚と愛」によって、自己の存在と、色の真実を理解したのだ。
シャルロッテの純粋な「可愛い」の哲学は、「知性は、感覚という感情の器があってこそ、真の美を持つ」という、究極の真理を、マリアンネの論理の聖域にもたらしたのだった。




