第百三十四話「お菓子工場のレールと、どちらの『可愛い』を救うべきか」
その日の午後、王城の製菓部門の裏手にある、「お菓子運搬用のミニレール」の前で、マリアンネ王女と、シャルロッテは立ち尽くしていた。このレールは、焼き上がったクッキーと、飾り付け用のマカロンを、それぞれ別の最終工程へと運ぶためのものだ。
しかし、目の前のレールが、魔力的な故障で分断されていた。
状況を整理しよう。
1.レールの上を、最高級の焦げ茶色のサクサクなチョコレートクッキー(フリードリヒの大好物)が満載されたトロッコが、猛スピードで接近している。
2.もう一方のレールの上を、パステルピンクの、芸術的に美しいマカロン(イザベラの大好物)が満載されたトロッコが、同じく接近している。
3.レールは、あと1分で、両方のトロッコを同時に脱線させ、全てのお菓子を粉砕するという構造になっている。
マリアンネは、切り替えレバーを前に、顔面蒼白になった。
「大変よ、シャル! このレバーを引けば、クッキーは助かるけれど、マカロンが脱線して粉砕されるわ! 引かなければ、両方が壊れてしまう! どうすれば、『より多くの可愛さ』を救えるの!?」
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シャルロッテは、モフモフを抱き、その「可愛いトロッコ問題」を、真剣な顔で考えた。
彼女の脳裏には、「クッキーのサクサク感」と、「マカロンの芸術的な美しさ」という、異なる種類の「可愛い」の価値が、激しく衝突していた。
【クッキーの価値】:フリードリヒの満面の笑顔、素朴な愛情、そして「みんなで分け合える」という実用性。
【マカロンの価値】:イザベラの優雅な喜び、芸術的な美しさ、そして「見た目の完璧さ」という究極の可愛さ。
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「うーん……サクサクも可愛いし、パステルカラーも可愛いし……」
シャルロッテは、論理的な選択を放棄し、「愛の最大化」という、独自の倫理に従うことにした。
シャルロッテは、切り替えレバーには触れなかった。
代わりに、彼女は、時間魔法を、ごくごく微細に応用した。その魔法は、トロッコの速度を、わずかコンマ数秒だけ、遅らせるという、神業的な操作だった。
そして、彼女は、風属性魔法と土属性魔法を応用した。
彼女の魔法は、両方のトロッコの直下に、パステルピンクの、極めて柔らかい、巨大な「綿菓子のクッション」を、一瞬で生成した。
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トロッコは、脱線する直前、その綿菓子のクッションの上に、フワリと着地した。
つまり、クッキーも、マカロンも、一つたりとも粉砕されることなく、助かったのだ。
マリアンネは、その光景に、驚愕した。
「シャル! あなたは、両方を救ったの!? 論理的な解決は、両者の破滅しかなかったはずなのに!」
シャルロッテは、にっこり微笑んだ。
「お姉様。だってね、どっちの可愛いも、同じくらい大切なんだもん。両方救うのが、一番可愛いでしょう?」
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その日の午後、フリードリヒとイザベラは、無事に助かったクッキーとマカロンを前に、妹の愛の深さに心から感謝した。
アルベルト王子は、妹の「愛の最大化」の行動原理を分析し、「真の倫理とは、選択による犠牲を前提とするのではなく、愛の力で犠牲を無効化する試みにある」という、驚くべき結論を導き出した。
シャルロッテの純粋な「可愛い」の哲学は、「倫理的ジレンマ」という大人の問題を、「愛の力による、完璧な第三の道」で、優雅に解決したのだった。




