第百三十二話「石畳の一歩と、歩くことの『虹色の喜び』」
その日の午後、シャルロッテは、モフモフを抱き、王城の庭園を越え、城下町の裏側の、人通りの少ない石畳の道を、ただひたすらに歩いていた。彼女の心は、何の目的もなく、ただ「歩くこと」そのものに、深い安らぎを見出していた。
履き慣れた革靴が、石畳に触れる、その微かな音だけが、世界に響いている。
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しかし、その「静謐な散歩」の裏側では、王城の護衛隊が、極度の緊張状態にあった。
執事オスカー・フォン・ヴァイスは、騎士団の精鋭数名を率い、シャルロッテ姫殿下の「静かな歩行」を、周囲の建物の屋根や、路地の影から厳重に護衛していた。
「姫殿下は、ただ歩かれているだけだ! だが、その無防備さこそが、最も危険なのだ!」
オスカーは、静かに騎士たちに指示を出したが、その静謐な歩行速度と、周囲のあまりの静けさが、逆に彼らを混乱させた。
騎士の一人が、屋根の瓦の上で、猫につまずき、音を立てて転びそうになった。オスカーは、その音を打ち消すため、咄嗟に大袈裟な咳払いをしたが、それが逆に周囲の不審を招いた。
「姫殿下は、なぜこんな何もない道を歩かれるのだ! くそう、何もないことが、こんなに恐ろしいとは!」
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シャルロッテは、立ち止まり、足元の石畳をじっと見つめた。彼女の目には、その微細な水滴が、僅かに光を反射し、虹色の、小さな世界を作り出している。
彼女は、その「今、この一歩」の真理に集中し、「歩くことの喜び」を享受していたため、頭上や周囲で繰り広げられる、オスカーたちのユーモラスなドタバタには、全く気づいていなかった。
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そこに、城下町の老いた行商人が、重い荷車を引いて、ゆっくりと通りかかった。商人は、疲労困憊で、道の途中で立ち止まり、深い溜息をついた。
シャルロッテは、商人に金銭的な施しをするのではなく、「今、ここに、自分が立っている」という、最も根源的な喜びを分かち合いたかった。
シャルロッテは、商人の隣に立ち、再び、石畳を踏みしめた。
そして、土属性魔法を応用した。彼女の魔法は、石畳の表面に、歩くたびに、ごく微細な「温かい弾力」を与え、石畳が、「歩く者の足の裏を、優しく労う」という、純粋な愛の行為をさせた。
商人は、再び歩き始めた。彼の足の裏に伝わってきた、今までに感じたことのない、柔らかく、温かい反発力に、彼は驚いた。
「おや……? この道は、先ほどよりも、ずっと優しい……歩きやすいぞ……?」
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その光景を見ていたオスカーは、感銘を受けていた。
「我々が、剣と隠蔽で護衛している間に、姫殿下は、愛と魔法で、この道を浄化した……。我々の護衛の流儀とは、なんと大袈裟で、無粋なことか」
商人は、空を見上げるのをやめ、足元の石畳に目をやった。彼の足元には、シャルロッテの魔法が施された、優しく光る、虹色の水たまりが点在していた。
「ね、おじさん。歩くことって、楽しいでしょう?」
シャルロッテは、歩くという「今」の中に、人生のすべての喜びを見出した。彼女の純粋な「可愛い」の哲学は、「ただ生き、歩いていること」への、究極の肯定と感謝をもたらした。
オスカーは、その後、静かに騎士たちに指示を出した。
「我々の任務は、姫殿下の肉体を守ることではない。姫殿下の『愛らしい哲学』という聖域を、誰も汚さないように、無言で護衛することだ」
その日の午後、シャルロッテの静謐な歩行と、護衛隊のドタバタは、温かい愛というコントラストの中で、優しく調和したのだった。




