第百十八話「庭園の『石の置き方』と、ハンスの譲れない流儀」
その日の午後、庭園の石畳を歩いていたシャルロッテは、庭師長ハンス・ミュラーの作業をじっと見つめていた。ハンスは、庭園の小道の脇に置く、ごくありふれた、灰色の小石の配置に、尋常ではない時間をかけて悩んでいた。
彼は、石を置いては離れて見て、また拾い上げては、数ミリ単位で角度を変え、再び置く。その行為は、他人から見れば、まったくの時間の無駄に見えた。
「ハンスさん、どうしたの? その石、どこに置いても、同じじゃないの?」
シャルロッテの純粋な疑問に、ハンスは、真面目な顔で首を横に振った。
「いけません、姫殿下! どこに置いても同じ? それは、庭師の魂を否定する言葉でございます!」
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ハンスは、小石を手に取り、シャルロッテの前に差し出した。
「姫殿下。この石は、ただの石ではございません。この石は、『苔の生え方』と『影の落ちる位置』と『見る者の歩幅』という、三つの運命を背負っているのです」
「運命?」
「そうでございます! この石を、1センチ右に置けば、この石は、『歩く者の邪魔をする、無愛想な石』になります。しかし、2センチ左に置けば、この石は、『歩く者の視線を一瞬止め、花に気づかせる、優しい案内人』になるのです!」
ハンスの熱弁は、まさに、日常の些細なこだわりを、究極の美学へと昇華させていた。
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シャルロッテは、彼の熱いこだわりを、とても面白がった。
「わあ! じゃあ、ハンスさん。その石を、宙に浮かせてみたら?」
シャルロッテは、浮遊魔法で、その石を、地面から10センチほどの高さに、そっと浮かせてみせた。
ハンスは、その光景に、目を丸くした後、怒るでもなく、真面目な顔で腕組みをした。
「いけません、殿下! それは、石の流儀に反します! 石は、大地に足をつけ、影を落とし、そこで何十年も語り継がれるのが、流儀でございます!」
「うふふ、石に足はないよ、ハンスさん!」と、シャルロッテは可笑しそうに笑った。
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その時、アルベルト王子が、その二人の、真面目な顔をしたユーモラスな問答を聞きつけた。
アルベルトは、ハンスの熱弁に感銘を受けつつも、妹の浮遊魔法の使用に、思わず微笑んだ。
アルベルトは、ハンスに優しく言った。
「ハンス。君の流儀は、王国の誇りだ。しかし、シャルロッテの言うように、石も、時々は『流儀からの解放』を夢見るのかもしれない。ただ、君の情熱が、その石を最も美しい場所に置くことを、私は知っているよ」
ハンスは、国王の跡継ぎに、自分の「些細なこだわり」を肯定されたことに、心から感動した。
「王子殿下! 流儀は、破るためにあるのではなく、磨くためにあるのでございます!」
シャルロッテは、ハンスのこだわりが、どれほど温かい情熱に支えられているかを知り、満面の笑顔になった。
「えへへ。ハンスさん。一番可愛い流儀で、石さんを、一番可愛い場所に置いてあげてね!」
その日の庭園は、ハンスの「些細なこだわり」と、シャルロッテの純粋な肯定によって、温かい笑いに包まれたのだった。




