第百十七話「銀の鍵盤と、王家の『愛の即興演奏会』」
その日の午後、王城の音楽室は、静かで、しかし豊かな空気に満ちていた。シャルロッテは、祖母の時代から受け継がれた、象牙の鍵盤を持つ古いグランドピアノの前に座っていた。
彼女が弾き始めたのは、特定の曲ではない。それは、彼女の心に満ちている、「愛と幸福感」という、純粋な感情をそのまま音符に変換した、即興の旋律だった。
その旋律は、水が岩を優しく削るように、静かで、しかし確かな力を持って、王城の廊下へと流れ出した。
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最初にその音に気づいたのは、近くの広間を掃除していたメイドたちだった。彼らは、手を止め、その優しい旋律に耳を傾けた。それは、日々の肉体的な疲れを、温かい光の粒子のように洗い流す、癒やしの音色だった。人々は、誰もが、その音の源へと、静かに惹きつけられていった。
やがて、音楽室の扉の前には、使用人や騎士、そして公務の合間の貴族たちが、静かに立ち並び、耳を澄ませ始めた。誰もが、その旋律の持つ、無垢な優しさに魅了されていた。
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その音は、兄姉たちの耳にも届いた。
イザベラは、自室で抱えていた、外交文書の難しい解読を中断した。彼女は、すぐに部屋に飾ってあった、繊細な装飾が施された銀のフルートを手に取った。
マリアンネは、研究室の実験を中断。彼女は、音楽室へ向かう途中、廊下の装飾として飾られていた、古木の彫刻が施されたチェロを、衝動的に手に取った。
アルベルトは、執務室でペンを置き、静かに立ち上がった。彼は、楽器の経験はないが、父である国王から贈られた、王家の紋章が刻まれた、重厚な指揮杖を手に取った。
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三人は、音楽室の扉を開け、シャルロッテのピアノの横に立った。
シャルロッテは、兄姉たちの闖入に、驚きつつも、笑顔になった。彼女の奏でる旋律は、途切れることなく、彼らの楽器を招き入れた。
イザベラのフルートが、シャルロッテのピアノに寄り添うように、優雅で華やかな、月の光のような旋律を添えた。その音色は、王妃の優雅な微笑みを思わせた。
マリアンネのチェロが、低音で、大地の奥底から響くような、知的で深い、愛の土台を支えた。それは、彼女の研究への真摯な情熱を映していた。
そして、アルベルトは、指揮杖を振る。彼は、音を出すことはないが、その静かな動作と、金色の瞳の集中が、四人の旋律の間に、完璧な調和という名の結界を築いた。
四人の兄姉妹による、愛と個性と才能が融合した即興のセッションが始まった。
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その豊かな旋律は、音楽室の扉の外に集まっていた全ての人々を魅了した。それは、技術的な完璧さではなく、家族の、最も純粋な愛が音符になった音楽だった。
誰もが、その音楽に、自分の疲れや、孤独が癒やされるのを感じた。
一曲が終わり、静寂が訪れたとき、扉の外からは、拍手ではなく、温かい、静かな溜息と、感謝の空気が流れた。
ルードヴィヒ国王は、扉の外で、この光景を見て、涙ぐんだ。
「ああ、エレオノーラ。彼らは、言葉よりも雄弁に、この王国の愛の原理を奏でたのだな」
シャルロッテは、兄姉たちに抱きしめられ、心から満たされるのだった。
「えへへ。みんなの音、世界で一番可愛い合奏だったよ!」
王家の「愛の即興演奏会」は、その日、王城の最も美しい思い出となった。




