其の百四十三 勇魔狂奏・鎮魂曲第八節
世界に光が戻り、『魔女』は理性を取り戻した。
「こうしちゃいられねぇ! どいつだ!? どいつが【魔王】だ!?」
『魔女』アントロッドはドサッと大の字に寝ころび、目を閉じた。全身で感じた「魔力」を頼りに【真なる魔王】の所在を探り出す。
「違う、違う、違う」
この場にいる魔王は三体。そのうち、異質な気配を漂わせているものは、二体。
「どっちだ? いや、どっちでもいいな。両方会いに行きゃ解決だ」
地面を叩いて起き上がり、あたりを付けた場所へと駆け出そうとして───
───【緑の世界】
世界は再び、緑に包まれた。
「あぁ?」
それと同時に。
「こっちじゃねぇ」
【魔王】の所在も、確定した。即座に向かおうと足を踏み出し、僅かな煌めきを見てやめる。
「………ッチ! 貸しってことになんねぇかァ?」
高められた視力により、ようやく見ることのできた移動の軌跡。
遠く、勇者が駆ける。次いで、英雄もまた大地を駆ける。その先にいるのは、ようやく見つけることのできた待ち人。
彼らが閉じられたセカイに入ったことを確認し、こちらに残された彼我の戦力差を確かめる。
「……強ぇのはいねぇな。体のいい雑魚処理係ってとこか。まあいいぜ、しょうがねぇから従ってやんよ」
こちらの世界に生まれ落ちた植物は、その量こそ多いものの強さはそこまで、といったところ。とはいえ、その「そこまで」とは彼ら強者の弁であり、一般兵には十分な脅威であることは間違いがないのだが。
「……こんなもんか。〈業火に燃えろ、獄炎流〉」
残存妖力の半分を使用された【地獄】の焔を模倣した火術により、世界は三度天変地異に見舞われる。
「悪くねぇ。消費がでけぇのはうぜぇが、対象指定っつーのはいいな。なんも気にせずぶっ放せる」
『魔女』は思い付きで作った妖術の使用感を振り返りつつ、一部、自身の焔の影響下にない戦場の存在に気付く。
「場所は二、いや、三か………三、でいいのか?」
戦場中心部に二か所、大陸下の中空は端から範囲外。だが、戦場外縁部は鳥かごにでも閉じ込められてるかのように炎が広がらない。
「まあ、いいだろ。炎が広がんねぇならそこに敵はいねぇってこった、適当な結界でも貼ってあんだろ」
それでも、自身の技をもってしてまるで削れた感覚がしないというのも変な話だが。そんなことを考えながらも、わけのわからないこととして思考の隅に追いやり、次に為すことを考える。
「ま、戦果稼ぎにでも行くか」
ごく短時間の熟考の末、子守りは面倒、と倒れている騎士を放って歩き出した。その先にあるのは自身の焔が回ることなく存在する二つのドームのうちの一つ、待ち人のいない方であった。
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「ヨハン!」
「この馬鹿っ!!死ぬっすよ!?」
「お前が守ればいいだろう!」
「ホントに救えないっすね!!」
死地に似つかわしくない漫才のような掛け合いをしながら、騎士と女は剣を振るう。
「そこはダメっす!」
「何をっ!?」
空間に溶け込み、餌の訪れを待ち構えていた食人植物が女を捕らえ、騎士によって斬り捨てられる。
「何も考えず突っ込みすぎなんすよ!あと大振りすぎ!そんな力入れなくても切れるんすからもっと細かく!」
「注文が多いぞ!」
死地の中、されど、騎士は女に稽古をつけるように指導する。
「でも、できなきゃ死ぬだけっす」
その言葉に温度はなく、ただ事実のみがある。
「変わらなきゃなんないんすよ、俺らに力はないから」
彼は自分の弱さを知った。自身の実力とこの戦いに求められる最低限の差異を理解し、死地においてその潜在能力を覚醒させた。彼は今、役者となった。
【創草】の魔王が明確な敵意と共に攻撃するのは、この場に二人のみ。ブレンデンと、ヨハンである。
現状、シャーロットは多少邪魔だから攻撃されるだけの端役に過ぎない。
この大舞台に立つには、まだ力が足りないのだ。
「ッ〜〜〜〜〜!!!!」
だが、そんなこと。この極めて短い戦闘の中でシャーロットも当然理解している。
この場において、自分だけが分不相応なことも。助けに来たつもりが、足を引っ張る可能性のほうが高いことも。
「シャルッ!」
「うるさい!」
助けようとする手を拒んで、自分の命が削られようとも一人で窮地を脱する。しかし、ついでとばかりに飛ばされた血喰らいは、飛んできた斬撃に消されていった。
「ッ!!」
自身の弱さに、助けられなければならない己に歯噛みする。
目の前には討ち滅ぼすべき敵がいる。
目の前には守らなければならないものがいる。
目の前には、自身がライバルと思い、相棒とさえ思うものが戦っている。
(なぜ!私は!最前線にいるべきは私だろう!?)
女は、第二騎士団団長シャーロット・ブーリエンヌは、胸の内でそう慟哭する。
彼女は本来、どれほど強大な敵を前にしても怯えを見せることはなく、誰よりも早く、その最前線で戦い、その純白の鎧の輝きと戦果で皆を鼓舞する。皆の憧れ、英雄にふさわしい存在であった。
そしてそれは、彼女自身の夢の結実でもあった。
───英雄願望。
正義を知り、騎士を志した彼女の始まりにして、最大の原動力。
誰よりもかっこよくありたい。
誰よりも強くありたい。
誰よりも輝きたい。
誰よりも、多くを救いたい。
辛く苦しく、険しい道を前にしても逃げることはせず、真正面からそれを踏破する。
そんな英雄に、彼女はなりたかった。
───なのに。
「っくそ!」
眼前を埋め尽くす赤薔薇の花。地中に隠れ、地表に飛び出た根を切り裂くと同時に現れた、不可避の罠。
(触れたら、死ぬ)
本能がそう訴えるが、抵抗の術は、ない。
「斬ッ!!! ッシャル!?」
後方、ヨハンの叫ぶ声が聞こえた。
だが、奴はいまブレンデン団長を守るためにその剣技を放ったばかり。それは集中力を要する三方向同時斬撃、そのうえ体は反対を向いている。今の彼では、どうあっても、助けることには間に合わない。
(終わり、か)
死を前にして加速する思考、生きるために使われるべき思考はいま、諦観していた。
走馬灯が脳裏に過るが、打開の術は見えてこない。ただ、懐かしさだけが浮かんだ。
気づけば、記憶は現在に追いついて、未来を映した。
戦争の終わった後の世界。民が魔王に連れ去られ、しかし酒を掲げて宴に興じている。
そこには敵も味方も区別なく、ただ、戦友としてそこにある。勇者も魔王も老兵も、龍もブレンデン団長も、ヨハンだってそこにいる。なのに、自分だけがそこにいない。
(っぁ…)
途端、やるせなさだけが胸中を埋め尽くし、視界は暗転する。
これで終わり。
後の宴には、出られない。
「何ッ! 諦めてんだ馬鹿野郎ッ!!!」
眼を開けば、そこには。
「俺だって、天才といわれるだけの才は、あるんすよ!!」
「ヨ、ハン?」
若き天才が、赤薔薇の壁を切り拓いていた。
「な、んで」
あり得ない。あり得てはならない。だって、そんなこと。ブレンデン団長にだって、できないはずだから。
「団長がこの戦いの切り札とされる理由は何か、俺にはわからない。ただ、あのちび魔王はこういった。こいつをレイザンで斬るよう伝えろ、って」
「これは」
「持ってろっす」
そういうと、彼は一本の剣を宙空から呼び出し、二本の剣を両手で構えた。
「必要なのは手数、慣れなくとも、多少は使える」
そう呟き、これまで以上の速度で舞うように剣を振るいだした。
「いいっすか、俺は成長、覚醒したっす。でも、一人じゃミスれば終わり。俺は俺の役割を果たしてる。だから今度は、そっちの番。とっとと追い越せ、相棒」
淡々と、しかし、強い信頼を滲ませた、命令。その声は、戦いながら発された言葉であるにもかかわらず、やけに胸に響いた。
そして、
「なんだぁ?せっかく来てやったのに、いちゃつく余裕あんならアタシの助けはいらねぇかぁ?」
「いるっす。うちの暴れ姫はどうやら寝坊中らしいっす」
「姫かぁ?随分汚れた姫もいるもんだな?」
「こんな時に震えて守られるだけの綺麗な姫はいらねぇっす。で、あんたは誰っすか?」
「ハハッ、面白れぇ。悪くねぇ男だ。アタシはアントロッド、巷じゃ『魔女』なんて言われてたりもっすっかなぁ?」
「げぇっ、また強ぇのが来たっすね」
「ハッ、悪くない気分だ。さっきの、空間を斬って歪めやがったろ。アタシでも多少苦労すんぜ?」
「できないわけじゃないってのが答えっす。それより。そろそろ助けてくれると嬉しいっす」
「仕方ねぇ。特別に守ってやんよ」
「助かるっす」
その感動は、怒りへと転じた。
「ッッッッッッ!!!!!!」
内から湧き上がる衝動。堪え難い、苛立ち。
それはきっと、蚊帳の外にされたから、ではない。
心を弄ばれた、そう感じたからだ。
「全部、消す」
怒りは理性を破壊し、箍を外した。今この瞬間、彼女はあちら側へと至った。
「〈戦乙姫〉」
GW…ですね?
もうちょっと更新したい…。




