其の百四十二 勇魔狂奏・鎮魂曲第七節
【あ、嗚呼ぁあああ。━━━死んで?】
咄嗟のことであり、さらに片手に【草創】の魔王の核を持ちながらも、振るわれたのは過去最高の一閃。
その身に沁みついた最良が自身とブレンデン団長の命を救ったのだ。
(ッ!!!)
即座に態勢を立て直し、剣を握り直す。左手に持つ核を確認し、息を呑む。
「やるしかない…っすね」
直後、地面を突き破るようにして襲い来る茨たち。それを極限の集中で持って避け、集め───
「───斬ッ!」
自身の知りうる限り最高の技量を持つ男の技を、模倣る。
同時に放たれた二本の斬撃が、集められた茨を断ち切った。
「斬ッ!斬ッ!斬ッ!斬ッ!」
息つく間もない連続斬り。振るった腕の勢いを押し殺し、無理を通して剣を振るう。当然、無茶な軌道と速度で振るわれるそれにより全身の骨が軋み痛むが、それでも。
(少しでも、陣地を作らなければっ!!!)
周囲は既に緑の領域。地中に根付くものは仕方がないにしても、地上のそれだけでも切り捨てなければならない。
「死んでも、邪魔はさせねぇっす」
今もなお、ブレンデン団長は集中力を乱すことなく剣を振っている。意識的か、本能か、最低限致命的な場所は避けているものの、いつ草木に足元を掬われるかはわからない。
「───集、中!!!」
研ぎ澄まされた感覚が恐怖を消し去り、無駄な力みが消えていく。
【嗚呼、あ。ああ? ━━━血喰らい】
「っす」
迫る赤薔薇を避け、弾き、切り裂く。僅かに触れた部分は即座に削ぎ落とし、妖術で以て止血する。
(さっきまでは使ってなかった技。存在感からしてわかってたことっすけど、こいつは本体により近い個体っぽいっすね)
剣に風を纏わせ、見境なく放たれた花粉に対処しつつ思考を巡らせる。
なぜ、今になってこいつはここに来たのか?
先ほどまではわざわざここに来るだけの余裕がなかった?
あるいは、本腰を入れて消しに来るほどの脅威として見られていなかった?
あるいは───、
「なりふり構わず消しに来なくちゃなんないほど、焦っている」
思えば、いつの間にか周囲が静かになっている。戦場の各地で響いていた怒号が聞こえない。
戦闘音はない。しかし、戦闘が終了したにしては、静かすぎる。
「そういうことっすか」
剣を強く握り、振る。団長だけを除外して周囲の全てを豪快に吹き飛ばす。
「今日くらい、贔屓してくれていいっすよ、世界さん!」
思い返すは、ついさっき、教えられた技。
あの小さな魔王のそれも、齢を感じさせないほどに暴れていた老大将のそれも。自分が好きなように戦うためのルールを世界に刻み、他者に押し付けていた。
ならば、俺がイメージすべきは。俺にできる、唯一の領域は。
「俺の望む領域を、今、ここに!!」
剣を大地に突き刺すと同時、波動が世界を駆け抜ける。
「〈我が、騎士道〉」
放たれた波動は周囲に降ろされた檻を破壊し、元の戦場へと、広がり続ける。
「遅いぞ!!」
「これでも、よくやったほうっすよ」
【草創】の魔王が閉ざしていた空間を破壊するとともに、そんな文句を言いながら一人の女が現れた。なぜか、その先の戦場は燃えていたが。
「「いざ、参る!」」
───騎士が二人
役者は未だ、揃わない。
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時は少し戻り、シオンが【乾いた世界】を発動数よりもわずかに前のこと。
「はぁっ、はぁ…! さすがに! これ以上は厳しいものがありますね!」
元第三騎士団の担当区域は現在、第一騎士団の熟練兵二人によって担当されていた。
「何を弱音を吐いている! そんな余裕などどこにもないぞ!」
斬っても切っても、次から次へと湧き出る茨。あるいは花弁、茎や根。そして、虎や狼を模った植物獣。
「ッ!」
「次は助けられんぞ!!」
「わかってます!」
龍のような超生物を模ったものこそ現れないものの、たった二人の一般兵の手で相手取るには荷が勝ちすぎる戦場であった。
「これはいよいよ、辞世の句でも詠むべきですかねっ!」
「はっ、それは良い! 第三の奴らへの恨み言でも一句詠んでおくか!?」
「それ! 一句で足ります!?」
「足らんな!!」
「なら、今死ぬわけにはいきませんね!」
軽口を言い合い、折れそうになる心を震わせながら、死地の中で笑みを作る。
「私ら、これが終われば昇進でしょうか!」
「さぁな! だが、せめて金払いはいいといいんだが!」
「…給料、でますかね?」
「これだけ共闘しておいて今更切り捨てられることはないだろう! もしあったら団長に辞表突き付けて特攻してやるわ!!」
「はははっ! その時は、ご一緒しましょう!」
言葉だけを聞いていれば、あるいは余裕のあるようにも思える彼らだが、着実に、刻一刻と終わりは近づいていた。
「っくぅ!」
「ッガァ!」
気合一閃。体に絡みつく茨を力任せに引き千切り、迫る植物獣を切り裂く。
気丈に振る舞い、剣を握って立ち続ける彼らだが、その全身から血を流し、動くたびに命を削るような有様であった。
「こんな時、つくづく自分が只の人間であることをよく思い知りますよ」
「何を──」
「もし私が龍なら、この程度の傷に何の意味はないはずだ。獣人なら、森の民なら…、あるいは精霊の加護があれば、簡単に傷を癒すことだってできるかもしれない」
「……ぬぅ」
「せめて私に何か特別な才があるならば、この窮地に活路を見出すことができたのかもしれない」
血を流し、命を零しながらも、若い騎士は喋るのを止めない。その剣を振るいながら、迷いを消すように、事実を再確認するように、言葉を紡ぐ。
「私に才能はない。ブレンデン団長のような稀代の才能もなければ、ヨハン・ラファラン程の才能さえ持ち合わせていない。それでも。それでも私は生きている。何の因果かこのような死地においてもなお、未だ死に抗うことができている」
剣を振るう。斬り損ねた茨が左腕を貫き、それを片手で剣を振るって切り落とす。
「五体満足とはいかなくとも。ここまで生き残れたことは誇るべきだ。そしてきっと──」
取り落とした愛剣。自らの血で汚れ、長期間にわたる酷使によってくすんだ刀身が自身を映すことはない。
「運命の女神は未だ、私たちを見捨てない」
倒れるながら掴み取った剣。その軌跡はぐるりと弧を描きながら回転し、体中を茨に貫かれ、植物獣に嚙みつかれながらも立ち続ける騎士を見た。
「ッカ、確かに。女神はいたらしい」
燃え尽きていく茨と植物獣。穴が空き、緩やかに倒れようとした体を支えたのは、一人の女。
「アタシが女神に見えんなら医者に行ったほうがいいぜ」
「知っとるわ、『魔女』め」
「おう、お前らを助けた『魔女』様だ。感謝しろよ? ………って、気絶してやがる」
『魔女』アントロッド。世界で数少ない【魔王】以外の『魔』の称号を持つ者。人間でありながら人間の範疇を超えた埒外の化け物たち、この戦争には不参加を決めていたはずの、金級冒険者の一人である。
「あー、こっちも気絶してやがる。まあ放っときゃ勝手に生き返んだろ、気持ちわりぃ光もあっしよ」
そう言って、彼女は周囲の植物を焼き払った後に瀕死の騎士二名を地面に投げ捨てた。どうせ死なない奴らの扱いなど、所詮はこんなものであった。
「まじ、意味わかんねぇ範囲に回復効果かけ続けるとかキモすぎんだが?」
そんなことを言った、直後のこと。
─── 【乾いた世界】
「あ?」
僅かに馴染みのある、おどろおどろしい気配が過った瞬間、世界は干ばつに見舞われた。
「・・・・・あぁ?」
全身で感じた、自らの脳を震わせる可能性。
「待て。待て待て待て! マジか!? マジカマジカ!?」
全身の感覚を拡張し、今度こそは逃さないとばかりに鋭く虚空を睨みつけて待つ。
そして。
─── 【龍燐光】
「ッッッッッッツゥ!!!」
今度こそ。今度こそ捉えた、馴染み深い異質な力の波動。
「キッッッッタッッァアアアア!!!」
『魔女』はこの戦場に、魔力の波動を見た。凡そダンジョンにのみ存在し、今の世界では扱う者のいないはずの、「魔力」の波動を。
「ここに! 【真の魔王】がいんのかよっ!!!」
神話の時代を過ぎ、現代には失われてしまったはずの「魔法」を扱う者が、ここにはいる。その事実に、『魔女』は歓喜したのだった。
勇者と魔王の戦いに続々と現れる役者たち。
その一方、毎日投稿の夢はいとも容易く途絶えたのだった。
ごめん!




