あなたと二世の契りを
「龍之介様は、あの時一緒にいたのが俺だって分かってたのか? 清姫じゃなく?」
「断片的な記憶だけじゃ全然だったけど、昨晩するっと思い出したな。そもそもあの火の手があがった屋敷に俺が飛び込んだのはお前が逃げ遅れてるって聞いたからなんだぞ」
「そう……なんだ?」
しばしの沈黙、俺はなんと返事を返していいのか分からない。
「んで、貴澄、俺の話を聞いての感想は?」
「俺のせいで龍之介様を死なせてしまって悪かった」
「ぶふっ、真面目か!」
「んなっ、俺は本気でっ!」
琥太郎はひとしきり腹を抱えて笑い、その後「俺はお前のそういう生真面目な所が大好きだったんだ」と、また俺の頭を撫でた。
「俺は前世でも幸せだったって言ったよな、やっぱそれ間違ってなかったわ。俺は幸せだったよ、お前はあの時、俺の事を好きだと言ってくれたもんな」
「っ……」
確かにあの業火の中で俺は龍之介様に「お慕いしていた」と告げたのだ。何も言えないまま死んだ俺のたった一回、最後の告白。俺はなんだか気恥ずかしくなってぷいっとそっぽを向いた。
「そんでもって、今生でも懲りずに俺の傍に居てくれたんだ、こんなに幸せなことはそうないだろう。なぁ、貴澄……」
肩に乗っていた琥太郎の顔がこちらを向いて、ずいっとこちらに顔を寄せるので、俺は思わず後ろに引く。
「ああ、もう近い! 普通に話せよっ、ここ学校だぞ!?」
「学校じゃなかったらいいのか?」
完全な揚げ足取りに俺はまたぐっと言葉に詰まる。
「間違いじゃなかったら、貴澄、お前はまだ俺のこと……」
「言うなよ! こっちは必死に忘れようとしてるのに!」
「忘れたいのか?」
俺に寄りかかる様にしていた琥太郎がすっと上体を起こして身を引いた。
「そうか、忘れたいのか……」
「だって……前世は前世、今とは違う、お前だって嫌だろう? こんな俺なんかに好かれたって……」
どんどん語尾が小さくなる、この感情は多分に清太郎の感情を引きずっている、だから俺には分からないのだ、これが愛情なのか、それとも行き過ぎた友情なのか。
清太郎は龍之介様を色々な意味で慕っていた、それは間違えようもなく清太郎の初恋だったがその恋心は子供らしく憧れに近いもので、それ以上のものではなかったのだ。
けれど今は違う、俺はあの頃よりも成長していてその感情には色々なものが付随する、その全てを俺はまだ自身の感情として受け入れきれてはいないのだ。
「俺は初めて会った時から貴澄の事は気になってた。それが何故だか分かってなかったけど、思い出したら全部繋がった。俺はお前に会いたかったんだ、でも貴澄はそうじゃなかったんだな……」
「っ……! お前、俺の話の何を聞いてた!? 俺だって会いたかったに決まってる、でも……」
「でも、なに?」
静かな瞳がこちらを見やる。やめろ、見るな、俺の全部を暴こうとするのはやめてくれ……
「俺は、お前の可愛い姫になんてなれないだろう……」
瞳を逸らしてそう言うと、しばしの沈黙の後、琥太郎がぶふっと吹きだした。
「んなっ!」
「おまっ、そんなの気にして、ふひっ、ホント、いや、マジ可愛い~やべぇ」
ひーひーと笑い転げる琥太郎、俺はそれを憮然と眺めやる。けれど一向に笑い止まない琥太郎にイラっとして俺はぐいっと琥太郎を押し倒した。
「これでもまだ可愛いとか言うのかよっ!」
「え~なに? 貴澄はそっちがいいの?」
「は……?」
「俺は別にどっちでもいいんだ。龍之介はお前が育つの待ってたって俺、言ったよな? それどういう意味だか分かってる? 貴澄が俺のことをまだ好きなら、俺はそういうのどうでもいいんだ」
押し倒したのはこちらなのに、そのまま首に腕を回され抱きしめられ身動きが取れなくなった。
「ちょ……やめっ、ここ学校だって言ってんのにっ!」
「先に押し倒してきたのはそっちだろ~」
それはもう楽しそうに琥太郎は俺に抱きついて離れない。
「確かに俺は夢の中で腕に抱いてたのは姫さまだと思ってた、そりゃ女物の着物着て顔も見えてない状況で何度もあんな夢見てたらそうだと思うだろ? でも思い出した、俺が求めてたのは姫さまなんかじゃない……」
「お前だよ」と耳元で囁かれて震えが走った。こんなの反則だ。
「お……まぇ、ずるぃ」
「なにが?」
「俺がお前に逆らえないの知っててそういう事……」
「意味が分からないな。逆らいたければ逆らえばいい、今の俺達には年齢での上下もなければ身分差もないんだから、全部お前が決めればいいんだぞ?」
腕立て伏せの要領で身を起こそうとすると、その琥太郎の拘束はするりと解けた。俺はそれにほっとすると同時にどこかがっかりしている自分もいて心境は複雑だ。
「お前、絶対俺の事からかってるだろ?」
「そう見える?」
寝転がったままの琥太郎はやはりけらけら笑っていて、彼の心の内はまるで見えない。けれど空に向かって両腕を伸ばした彼は伸びをするように「良い時代になったよな」とそう言った。
「好きな奴に正直に好きだと言える、こんな解放感、あの頃にはなかったもんな」
あっけらかんと琥太郎は笑っているが、今だって同性相手に告白なんてそう簡単なことではない。
俺はそんな琥太郎の横に体育座りで「昨日までふっつうに何の疑問も持たずに姫川さんと付き合ってたお前の言葉なんか信用できるか、馬ぁ~鹿」と悪態を吐いた。
「ふはっ、辛辣」
「前世から拗らせ続けてる俺の気持ち舐めんな」
「俺の方も好きだって言ってんのに」
言葉にされた「好き」という単語に、俺の心臓はこりずに飛び跳ね、真っ赤になって顔を伏せたら琥太郎にまた笑われた。くそっ。
「龍之介様はそんな事言わない!」
「昔は昔、今は今って言い続けてたのお前だよ、貴澄。俺は龍之介じゃなくて琥太郎だ」
「今になってそういうの、ホントずるぃ……」
琥太郎はやはりけらけらと笑い続ける。
こんな感じで俺達の関係は琥太郎が前世を完全に思い出したことで少しだけ形を変える事になった。
燃え盛る炎の中、顔を上げる少年の瞳は濡れこちらを見上げた。
「龍之介様、お慕い、申し上げておりました」
「清、そんな何もかも終わったような顔をするな」
「ですが……けほっ」
立ち込める煙に身を屈め、その小さな身体を抱き締める。
「人生とはかくも儚きものなのだな、だが私は自分の人生に悔いはない。清、もしお前が嫌でなかったら、来世も私と共に……」
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